第6話

だとしたらどこから。

どこからかはわからないが、女の言った意味はわかった。

「おまえに用はない」

女はそう言っているのだ。

それを聞いた少女は驚いて走り出し、屋上を出て自分の部屋に戻り、そこで母親が帰ってくるまでがたがたと震えていた。


専業主婦だからといって全く仕事をしていないわけではない。

本部いくえがそうだ。

かといって仕事を広く募集しているわけでもない。

たまにむこうから依頼が来た場合だけだ。

ほんとにたまにしかないが。

今回は知り合いの知り合いのそのまた知り合いという、全く知らない人とからの依頼だった。

部屋の中にないかいる。

その男はそう言っていた。

ようするに怖いものがいるから祓ってくれ、ということだ。

本部いくえは霊能者だ。

いわゆる拝み屋というやつだ。

頼まれたときは数万円で請け負っている。

そしてこの日、依頼主の住む大型マンションにやって来た。

そのときマンションの入り口で感じた。

それもひときわ激しく。

いる。

とてつもないものが、ここにはいると。

あやかし、悪霊、もののけと呼ばれるもの。

それも今までに本部が祓ってきたものとは、明らかに次元が違うもの。

おまけにこの邪悪なるもの、本部はなぜだか知っているような気がしたのだ。

相手の正体がまだよくわからないにもかかわらず。

気にはなったが、依頼主をそのままにしておくわけにはいかない。

男の部屋に行くと、確かによくないものがいたが、大した相手ではなかった。

自分の全力を使って、少し人を驚かせることができる程度のものだった。

実害はほぼない。

マンションンの入り口で感じたやつと比べると、同じ悪霊と呼ばれるものでもこれほどまでの力の差があるのか。

依頼主のところは簡単に祓うことができた。

箸の上げ下げ程度の力で。

お気持ちという名のお祓い料を受け取って、部屋を出た。

封筒の中身は五万円だった。

どちらかと言えば多い方か。

丸一日かけて半ば命がけで祓ったのに、一万円だったこともある。

しかしこの商売に決まった相場はない。

懐が潤ったのは嬉しいが、本部にはあまりにも気がかりなことがこのマンションにはあった。

とてつもなく強力で邪悪なもの。

しかもそれほどまでに明確に力はわかるのに、相手の正体がほとんどつかめない。

その上なぜだか知っているような気がするという。

霊能者を自負して三十年以上になるが、こんな経験は本部にとっても初めてだ。

――見極めねば。

本部はそう心に強く決めた。

相手の正体を探り当て、その対処法をつかむ。

それまでこのマンションに何度でも来てやる。

本部の決意は硬かった。

そして本部はその通りにしているのだ。


これで何回目だろう。

本部はそう思った。

邪悪なものの正体を見極めるために、マンションに来て霊視する。

それを何回も繰り返しているのだ。

しかしいまだにわからない。

それなのに知っているような気がするという想いは徐々に強くなってきている。

しかもこのマンション、飛び降り自殺者が連続している。

もちろん本部にはわかっていた。

ただの自殺ではない。

ようするに邪悪なものにとり殺されたのだ。

警察にもマスコミにも、それどころか自分の夫をふくめて誰にも言うことはできないが。

こいつはその存在を知るだけで危険だ。

知らなくてもこのマンションに住んでいる人はみな危険なのだが。

――どうしてくれよう。

そう考えていると、原付を押す若い女が目に入った。

集中して霊視をしているときは、たとえ目の前に人が来たり話しかけられたりしても、微塵も気にすることがないというのに。

少し離れたところでただ原付を押している女に意識がいったのだ。

本部はその若い女を見た。そして確信した。

この女はマンションの邪悪なる存在と、なんだかの関係があることを。

そして悪霊側の人間ではない。

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