第十話 ルオラス国

 一方、首都テナシャエルを出て国境付近の森に入ったマサミツとオトハの二人は、森の中をあるいていた。


「もう少し歩くと国境を超えるよ」


 次に向かう国は、今いるカルデローネ王国と交易を多少しており入国しやすい。国を脱出し向かう国としては都合が良かった。

 そのまま歩くと、近くの道から貨車の音がした。立ち止まって音のする方向を見てみると、行商人のような荷車に乗り、ホワイトウルフに引かせている男女がいた。


 どうやら追っ手ではないようだ。

 少し離れた位置から確認したあと、また歩き出した。【隠密ハイド】の魔法を使っているため、気づかれることは無いだろう。

 そう思った矢先。


「こんにちはー」


 ……気づかれた?

 こちらの場所はもうバレているのか…?

隠密ハイド】はあくまで気配を消し、相手の気に留められないようにする魔法。例えば、道を歩いていてそこに落ちている石など普段見ることは無い。【隠密ハイド】の効果はまさしくそれだ。気づかれることが少なく、気づかれたとしても注視されなければ見つかることは無い。

 逆に言えば、注視されてしまうともはや魔法の意味が無いのだ。


「もうわかっているんですから、【隠密ハイド】で隠れなくてもいいですよ」


隠密ハイド】を解除し、二人に近づく。

 二人の頭からは、二本の小さな角が後ろ向きに生えていた。後ろ向きの二本の角は、竜人の特徴だ。

 竜人は、才人と比べて耳と目が良い。しかし、それでも【隠密ハイド】を見抜ける理由にはならないはずだ。マサミツは二人のことが気になり、質問をした。


「あなた達は……?」


「僕はショウゴ。いろんな国を周って物を売ってるんだ」


「チャーリーです。彼と一緒に旅をして、世界中の珍しい物を集めてるの」


 ショウゴと名乗った男は、ウェーブのかかった少し長い黒髪、黒い目をしていた。チャーリーという女性も黒髪、黒い目で短髪である。

 二人に共通しているのは、頭から後ろ向きに生えている二本の角と、やや尖った耳という竜人の特徴だ。


「マサミツです。冒険者をやっています」


「オトハです。よろしくお願いします」


 竜人の二人と握手を交わした。互いに敵意がないとわかったようだ。


「ところで二人はどこまで? 方向が同じようだから途中まででもよければ乗せようか?」


「ルオラス国の首都までです」


「お、奇遇だな。僕達もそこに向かってるから、良かったら乗りな」


 そう言ってショウゴは後ろの荷台を指さした。

 礼を言って荷台に乗せてもらい、床に座った。



「これから向かう国はどんな国なんですか?」


「ルオラス国。フィーデム教変移派が統治する国で、首都の位置が頻繁に変わる国だよ。今の首都の位置がどこなのか実は俺も知らないんだ」


「今は南の方だって聞いてるよ」


 ショウゴが言った。

 ルオラス国の首都はごく頻繁に場所が移動することで有名だ。次の首都の場所は商人などを通して一部の人に広まっていく。故にそのような情報源が無ければ現在の首都の位置を知る方法は聞き込みをする以外ないのだ。


「変移派……。確かカルデローネでは善行派でしたよね? フィーデム教には他にも宗派があるんですか?」


「うん。善行派、変移派の他に保守派、節制派、調和派……。他にもたくさんの宗派があるよ」


 善行派、カルデローネ王国。

 変移派、ルオラス国。

 保守派、モルドエデマ公国。

 節制派、イラ共和国。

 調和派、サマンサ連邦。


 同じ宗派の人族が集まり築いた国はこの五つ。他にも人口が少なく、国家規模にならない宗派や、国を作ろうとしない宗派もある。

 全ての宗派に共通しているのは、フィーデムという神を信仰していることだ。善行神フィーデム、変移神フィーデム、保守神フィーデム……。同じ神の名を冠していながら、宗派ごとに違う二つ名を持つ、謎の多い神だ。


「二人とも、そろそろユーリガウムに到着するぜ。荷物の中に隠れてくれ」


 そう言われ、【不可視化インヴィジブル】と【隠密ハイド】を発動した。【不可視化インヴィジブル】は、名前の通り姿が見えなくなる魔法だ。貨物を入念にチェックされる検問では気配を消す【隠密ハイド】だけでは見つかってしまうため、この魔法も使うのだ。

 オトハが荷台からユーリガウムを見た。首都ユーリガウムは、ほかの国の首都と比べて街を囲む防護壁が低く、簡素だ。これは、頻繁に場所を移す為、簡単に移動できるようにするためだろう。


「止まれ。貨物検査をする」


 ユーリガウムの門にて二人の衛兵がショウゴ達の貨車を止めた。荷台に入って中身を確認している。箱を一つ一つ開け、禁止物などが入っていないか検査している。


「異常無し。ようこそ、ユーリガウムへ」


 特にトラブル無く到着したようだ。貨車から降りると、目の前には立方体の建物が並んでいた。この家も、簡単に場所を移すためだろう。

 少し大きめの道で貨車を降り、二人にお礼を言う。


「ありがとう。助かったよ」


「いえいえ、大したことはしてませんよ」


 チャーリーが微笑んだ。


「僕達は一週間くらいこの街にいる予定だから。なにか困ったことがあったら商会まで来てくれよ」


「ああ。わかった」


 握手を交わし、竜人の二人と別れた。

 街を歩きながら改めて見てみると、首都らしい豪華な建物は一つも無い。宗派によってこうも変わるものなのか。


「まずは宿を探して、泊まる場所を確保しよう」

「はいっ」


 街中を歩く人は、どうやら才人だけではなく、獣人、竜人、妖人などもいるようだ。

 そのまま歩いていると、一軒の古本屋が目に入った。吸い込まれるかのように中に入り、本を眺めていた。


「マサミツ様、なにか欲しい物があるんですか?」


「いや、ちょっとオトハに見せたい物があってね」


 そう言ってマサミツは店のカウンターへ行き、店主のおじいさんに声を掛けた。


「いらっしゃいませ」


「フィーデム神話はどこにありますか?」


「それならこちらの棚に」


 おじいさんがマサミツの左側を指さす。


「ありがとうございます」


 その棚の方へ向かうと、その棚一面にフィーデム神話の本が陳列されていた。その本は多種に及び、絵本のようなもの、持ち歩きやすいもの、辞書のように分厚いもの……。タイトルや内容もそれぞれ違う。しかしこれら全てがフィーデム神話なのだ。


「『フィーデム神話・どうぶつとのあそび』……。『フィーデム神話・村落防護全書』……。これ、全部同じ神の神話なんですか?」


「フィーデム教、変移派の教えは、物事とは移り変わるものというものらしいんだ。このたくさんの神話は、一般人が自分の好きなようにアレンジして書いたもので、オリジナルは他にあるんだよ」


 なんでも、神話でさえも時間と共に移り変わっていくものであるから、自分の好きなように神話を考えて書いていい、とオリジナルの神話が記された書物に書かれているらしい。


「でも原初の神話は公開されてないから、誰も内容を知らないんだ」


「不思議ですね……」


 せっかく店に入ったので、オトハのために『誰でもできる! 魔法入門』という本を買った。彼女に与えるというよりは、マサミツがどう教えるか、参考にするためだ。

 古本屋を出て、再び宿を探す。すでに日は傾き始め、マサミツとオトハの背中を照らしていた。

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