第八話 シルヴィス教会
窓から日が差し込み、鳥達のさえずりが聞こえる。朝だ。
「おはようございます、マサミツ様。今日は教会に向かうんですよね」
オトハは先に起きていたようだ。
「うん。シルヴィス教会に行くよ」
宿の食堂で朝食を済まし、シルヴィス教会へ向かう。
シルヴィス協会は街の東部にあり、その周辺の一部の孤児院を管理している。サラが司教から伝言を預かってきたのはそのためだろう。
教会に着き、聖堂への扉を開ける。二重扉となっているため、二つ目の扉を開け、聖堂へ入る。
直後、オトハが悲鳴を上げた。
聖堂の奥、ステンドグラスから日が差し込む中央のステージ。
その上にある十字架に司教マルク・ブルイエが磔にされ、身体中を槍や剣、矢などで貫かれ、惨殺されていた。
時間がそれほど経っていないのか、まだ血が垂れている。
「一体何があったんだ……」
マサミツが近づく。オトハはマサミツの後ろに隠れ、死体を見ないようについていく。
司教は既に死んでいるため、もう回復魔法は意味がない。
「何をしているのですか?」
振り返るとそこには。
大司教ラモン・バルデス。
カルデローネ王国のフィーデム教団の最高権力者であり、彼にはフィーデム神の声が聞こえていると言われている。右手にはラモンの身長と同じほどの大きな杖を持っていた。
「司教に呼ばれ、来たところこの有様だった。亡くなっているかの確認を──」
「嘘をつくな!」
マサミツの言葉を遮り、大司教ラモンが叫ぶ。
「この神聖な場で罪を犯し、その上嘘をつくとは。なんたる悪行であるか」
「俺は嘘なんて──」
「たった今、天啓が下りました。勇者マサミツは罪人。ただちに処罰を与えよと」
「そんな……。俺はやってない!」
マサミツが叫ぶ。
……俺はやっていない。
……どうして疑われるんだ。
「そこまで言うのであれば、試してみますか? 【
マサミツの前に聖火台が現れ、火が灯される。
【
フィーデム教に入信し、司教レベルまで信仰を深めると行使できる魔法。善行神フィーデムの名の下、悪行を犯した生物はその炎に焼かれる。
身体と精神を同時に焼くため、いくら火への耐性があっても意味がない。
「さあ、聖火台に入りなさい。あなたが悪事を行っていないのであれば、この聖なる炎に焼かれる事はないでしょう」
マサミツが聖火台へ近づく。
オトハがマサミツの服を掴み、引きとめて。
「……大丈夫なんですか?」
「ああ。事実俺は何もしてないからな」
そう言って、マサミツは聖火台に足を踏み入れる。
直後、炎が激しく立ち昇る。
「ああああああああああああああ!!」
炎に焼かれ叫ぶ。悪人しか焼かないはずの聖火。その炎に焼かれ、困惑する。
大司教が魔法の行使を止めた。
「これでわかったでしょう。あなたは悪人です。聖火に焼かれた以上、言い逃れはできませんよ」
オトハがマサミツと大司教の間に入る。
「マサミツ様は人殺しなんかしていません!何かの間違いです!私は昨日からずっと一緒に行動していました!」
「なるほど、あなたは共犯者だということですね。ですがいくら証言しようとも無駄ですよ?。神はあなたの嘘を見抜いておられます」
「私もマサミツ様も嘘はついていません!」
それを聞き、大司教が顔をしかめた。
「わからないのですか? 神の審判は絶対です。神に悪人と判断された以上、その男は悪人なのです」
「オトハ、もういい」
「よくないです! どうしてやってもいないことを認めないといけないんですか! マサミツ様が悪人だと言うのであれば、神様が間違っています!」
大司教が持っている杖を強く床に打ちつけた。
杖と床がぶつかり、耳を劈くような甲高い音が鳴り響く。
「聞き間違いでしょうか。神が間違いだと。それは神への冒涜ですよ? 【
大司教が杖を掲げる。
直後、空中に魔法陣が現れ、そこから仄かに光る鎖が勢い良く飛び出した。
鎖はオトハに勢いよく向かっていき、オトハは避けきることができず、捕らわれてしまった。
「オトハ!」
「私は大丈夫です! 気にしないで逃げてください!」
オトハが言った。
しかし、オトハを置いて逃げるなど、マサミツには到底できなかった。
……オトハをこの街に連れてきたのは俺だ。
……なのに辛い思いをさせるわけにはいかない。
「オトハを離せ!」
「なりません。この少女は神を冒涜しました。反省し、制裁されなければいけないのです。それに、悪人の言葉を聞いて釈放するなどという愚かな真似を誰がするのでしょうか」
淡々と、静かに語りかけるように言った。
とても話し合いで解決できそうにない。
マサミツはそう思った。
「仕方ないか……。【
闇の大鎌が複数現れ、オトハに繋がれた鎖を断ち切る。
闇魔法は光魔法を、光魔法は闇魔法を打ち消すため互いに相性が悪い。
そのため、純粋な魔法勝負となる。
「【
土の壁を作り、時間を稼ぐ。その後、魔力強化にて身体能力を上げた。目にも止まらぬ速さでオトハの横まで移動する。オトハの身体を抱え、跳躍し、大司教と距離をとる。
教会は密閉空間なので、すぐに外に出ることはできない。オトハをそっと離し、大司教の方へ振り返る。
大司教は下を向いて固まっていた。
「何度も言うが、俺達は何もやっていない」
「……許されません。許されません許されません許されません許されません! 【
巨大な光の聖なる剣が二人を斬らんと迫ってくる。
……このままでは埒が明かない。
「魔力域、展開!」
マサミツを中心として、辺りの空間がマサミツの魔力で満たされる。
光の剣は霧散し、大司教が更に発動しようとしていた魔法も、全て発動せずに終わった。
「オトハ! 行くぞ!」
「はっ、はい!」
オトハの手を引き、教会の出口へ向かう。
今、教会内部はマサミツの魔力で飽和しているため、マサミツの支配領域となっている。
この魔力域内では大司教が魔法を行使するのは困難となる。
「待ちなさい!」
大司教が前に立ち塞がった。
──【
マサミツが唱えた。しかし、何も起こらない。
……発動しない!?
……また魔法が使えなくなったのか!?
「【
水のロープが大司教を拘束し、教会の柱と繋いだ。大司教はそこから動くことができず、叫んでいる。
「待ちなさい! 神はお許しにはなりませんよ!」
その声を背に、二人は教会を出た。
しばらく走り、教会から離れた場所で【
魔力域は自然に分散していくので特に問題はない。
「これから……どうしますか?」
「どうしようか……」
ウィルは王城にいるだろうが、おそらく大司教からすぐにでも報告がされて城には近づけなくなるだろう。ウィルを頼ることはできない。
……正直こんなことは思いたくないけど。
……サラが俺を嵌めようとした……?
そんな思考が頭をよぎる。もしくは、大司教がそれを狙っていたのかもしれない。
「とりあえず街を出よう。門は警戒されているだろうから【
「はい……。あの、マサミツ様」
「どうした?」
「サラさんとウィルさんはいいんですか?」
「……またどこかで会えるさ」
手を繋ぎ、【
そうして、二人はカルデローネ王国の首都、テナシャエルを後にした。
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