難攻不落の忘却魔法《オブリヴィオン》

おがめ

 第一章

第一話 プロローグ

 大陸の東側に位置する、ところどころに建物の跡のようなものが見える、一面に広がる荒野、グアラス。


 この荒野は大陸の東に位置し、西にある人族の街からは遠く離れている。動物はおろか、植物すらほとんど生えていない地。本来なら誰もいないはずのその場所には、二人の人影があった。黒い外套を纏った男と、勇者のような服装の男だ。


「【深淵爆砕戦槌アビソエル・エクスプロージョン・ハンマー】」


 黒い男がそう言うと、手元に漆黒のハンマーが作られた。大きく振りかぶり、地面を叩くと、たちまち爆発が起きた。爆風は勇者を襲い、包み込んだ。、しかし、勇者は少しの怪我は負ったものの、致命傷ではないようだ。


「【災禍複属万象爆裂ルイン・アトラ・ディトネーション】!」


 勇者のその掛け声とともに大地から爆発が起こり、辺り一面が凄まじい光と衝撃波に包まれた。

 荒野からは建物の跡のようなものやわずかに生えていた植物は全て無くなり、残ったのは一人の男のみだった。


 それから、荒野は静寂に包まれた。







 彼の名前はマサミツ アイダ。

 勇者として、魔王討伐を目標としていた。日々鍛錬を重ね、そしてたった今、その目標は達成された。


「よしっ……」


 荒野に響くのはマサミツの声のみ。周りには誰もいない。彼の功績を讃える者もいない。


「帰るか……」


 マサミツが踵を返し、帰ろうとした瞬間。


 ドクンッ──。


 突然動悸と頭痛がした。とても激しく、苦しく、痛い。

 ……息ができない。

 頭が重い。視界が回る。心臓が飛び出しそうになる。


 しかし、しばらくすると動悸、頭痛は何も無かったかのように治まった。


「今のはなんだったんだ……」


検査インスペクト】の魔法で軽く身体を調べるが、目立っておかしい場所はない。

 念の為、街へ行ったら念入りに身体検査をしよう。

 そう思いつつ、マサミツは国王に報告するため、【転移ワープ】と唱えた。


 発動しない。

 いつもなら魔法陣が足元に出現し、転移を開始するはずが、始まらない。

 どうなっているのだろうか。何度試みても成功しない。

 ……妨害されているのか?

 ……だとしたら誰に?


「飛んで帰るしかないな……。【輝翼飛行ウィング】!」


 マサミツの背中から光り輝く翼が生える。

 物理的実体など無さそうな、半透明な翼だ。

 マサミツがその翼をひとたびはためかせると、マサミツの身体が空高く飛び上がった。


 そして彼の姿は最寄りの城下町の方向へと消えていった──。










 大陸のどこかにある洞窟の中。

 本来は完全な暗闇のはずだが、しかしそこは人工的な明かりが灯され、装飾品で飾られていた。

 中央には大きな椅子があり、そこに一人の男の魔族が座っている。

 その左右には護衛兵が立っている。

 そんな空間に、魔族が走って入ってきた。


「報告致します! グアラス荒野にて、エドゼル様が勇者マサミツによって討伐されました!」


 椅子に座っていた魔族は立ち上がり、両腕を大きく広げる。


「フフフ……。ついに、ついにか! ついに俺が魔王になる時が来た!」


 そう雄叫びを上げた男の背中には、血にまみれたかのような色の大きな翼、頭からは大きな黒い角が生えていた。


「親父ィ……。不甲斐ない親父に代わってこれからは俺が世界を支配させてもらうぜ……。フフフフ……フハハハハハ!!!」










 しばらく飛び、サンドラの大森林を過ぎた頃。二時の方向、遠くに炎が見える。

 確かこの辺りには人族の村があったはずだ。


 マサミツはそちらへ向かう。より強く翼をはためかせ、速度を上げた。


 マサミツが到着したとき、そこには衝撃の光景が広がっていた。

 今まで人族の住む地域に干渉はしてこず、生息域から出てこなかったはずの魔物が、村に攻撃を仕掛けてきていたのだ。


 魔王が討伐されたから暴れだしたのか……?

 魔王への服従の強制力が切れた……?

 もしそうだとしたら他の村でも同じことが起きているのか……!?


 まずい。これはまずい。

 各村に最低限は警備の者がいるだろうが、今まで魔族が攻め込んで来なかった分、手薄だろう。

 そこに大量の魔物が流れ込めば、村が壊滅するのは時間の問題だ。

 それが大陸中で起こっているとすれば、事態はさらに深刻なものとなる。


 とりあえず、目の前の敵を処理することにした。



 マサミツはその村の状態を把握するため、村の上空を通り過ぎた。村の正門は既に突破され、家が次々と燃え上がっている。村の至る所から悲鳴が聞こえてくる。


 一箇所、村の広場のような場所に人が集まっていた。

 周囲を魔族に囲まれていたが、中心に女性や子供、そしてその外側を農具を持った男性で守っていた。

 しかし、いつ襲われ蹂躙されてもおかしくない状況だった。


 マサミツはそこが最優先だと判断し、上空から魔物に向かって魔法を放った。


「【光矢エメル・アロー】」


 数多の光の矢が降り注ぎ、魔物が次々と倒れていく。

 もちろん村人には当たらないようにしている。

 そして、【地障壁グラド・ウォール】で村人を隔離するように壁を作った。


 これで中央は大丈夫だろう。あとは他の場所の救援だ。


「【感知サーチ】」


 これは名前の通り散策の魔法で、生体反応を感知することが出来る。。

 一箇所だけ反応があった。


 村の南のはずれにある一軒の家からだ。

 襲撃によるためか既に崩れてしまっている。

 魔物がいる様子はないが、生体反応がある。

 マサミツは地上に降り立ち、【輝翼飛行ウィング】を解除した。


「……──けて……」


 どこかから女の子の声が聞こえてくる。


「たす……けて……」


 声が聞こえた方を見るが、姿は見えない。


 家が崩れたあとの瓦礫の山の中から声が聞こえてくる。

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