第3話 伯爵家のシンデレラ(3)
呼びつけられ急いで応接室に入ると、すでにお父様、お義母様、ジゼルと懇意にしている仕立て屋の女性がいた。
彼らの後ろには綺麗で様々なデザインのドレスが並べられている。
「今日はナディアのドレスを買うことにした」
「私のドレスですか?」
てっきりジゼルのドレス選びの着替えを手伝えと言われるかと思っていた私は信じられず、思わず聞き直してしまった。
「あぁ、オルガとジゼル。見立ててやってくれ」
いつもは平民が着るブランドも分からない服ばかり与えてきたというのに、どういう風の吹き回しだろうか。
訳が分からないまま私は義母とジゼルの着せ替え人形と化し、時々罵られながらも十着ほどの真新しいドレスを買い与えられた。
夜会に行くような華やかで豪華なドレスではない。家庭教師が着るようなお堅いデザインに近いデイドレスばかりだ
それでも今までの服よりはずっと上質なものばかり。そのまま着ているように命じられたドレスを鏡越しにもう一度見る。ラベンダーのような薄紫の生地は数年ぶりに纏う明るい色で、スカートを縁取る滑らかなフリルは可愛らしかった。
「素敵……」
お母様が亡くなってからの久しいドレスを前に、嫌でも気分は舞い上がりそうになる。
はじめは義母とジゼルが選ぶのだから、似合わないデザインばかりになると身構えていただけに拍子抜けだ。
けれども当然、この家族が心入れ替えた訳はなく。
「お父様、どうして急にドレスを買ってくださったのですか?」
「先日、第二王子クロヴィス殿下の側付き、つまり侍女としてジゼルを紹介するよう陛下から命じられた。だがジゼルではなく、ナディアを紹介しようと思う」
「どうして私なのですか?」
侍女になればもっとも王子の側で、自分を最大限アピールできる立場になる。見初められれば王子妃という、令嬢ならば誰もが憧れる地位につくことができる絶好のチャンスだ。
しかも我がエルランジェ王国の王族は見た目麗しい一族として有名。
この機会をジゼルではなく、私に与える理由が分からない。
「ジゼル、ナディアはそう言っているが……譲って良いんだな?」
「はい、お父様。だってもし何かあったら私、とても怖くて……っ!」
ジゼルは瞳いっぱいに涙を浮かべ、縋るように義母に体を傾けた。
「私の可愛いジゼル。これだけ可愛いんですもの、狂犬と呼ばれるクロヴィス殿下の前に差し出したらどんな目に遭うか。あぁ! 恐ろしいっ」
「狂犬ですか?」
「社交界の常識を知らないから教えてあげるわ。クロヴィス殿下の顔半分には醜いやけどの痕があり、恐ろしい見た目をしているのよ。それだけではないわ。性格は傲慢で横暴で冷徹。殿下に目を付けられ、不運な目にあった貴族は数知れないわ」
お義母様は思い出したかのように身震いし、同じように怯えるジゼルを抱きしめた。
王族に対して不敬極まりない発言ばかり。信じられず父に「本当か?」と視線を送れば、彼の表情も暗い。
「殿下は社交界にあまり姿を見せないため私も数回しか見たことはないが、まさに狂犬という名が相応しい。常に恐ろしい目で周囲を睨み、誰も近寄らせない雰囲気を纏っている。そのためか今まで他の名家からも令嬢たちが出仕したが、みな一週間も経たず音を上げ辞めていったそうだ」
令嬢たちに何があったのか、理由は明かしてくれなかった。だからこそ怖い。
「国王は本来、心優しいジゼルならクロヴィス殿下の心を溶かしてくれるのではと期待して声をかけてくださったのかもしれないが、見たこともなく噂だけで怯えるジゼルがこうでは強要できない。幸いにも辞退は許されている……しかし臣下としては何もしないわけにはいかないだろう?」
つまり私はジゼルの代わりに、生贄として狂犬に献上されるということらしい。お父様がこんなにも国に対して忠義を尽くそうとする人間だとは思わなかった。
いや、私が不幸な目に合えば大切な彼の家族が喜ぶからだろうか。
「私は引きこもり続けていることになっているはずです。陛下にはどのような説明をするおつもりですか?」
「お前の母が亡くなって五年、立ち直ったことにすれば良い。今まで夜会や茶会に招待されても断り続けていたお詫びと、咎められなかった感謝の印として自ら名乗りをあげたことにする。人がおらず困っているようだったから、断られることはないはずだ」
「そういうことなの。お義姉様、私の代わりにどうかお願いしますね」
「もうドレスは用意したのよ。マスカール伯爵家の恥にならぬよう行きなさい。何か問題を起こしたら、二度と門をくぐれないと思うのね」
お母様が亡くなってからまともな淑女教育を受けさせなかったのに、王族の前に突き出して失態しない方が難しい。わざと私に問題を起こさせ、家から追い出す口実が欲しいのでしょうね。
今までの嫌がらせも家出をして欲しくてやっていたのかもしれない。素直に使用人の真似事をしてきたことが虚しくなってきた。
すると目の前に光の球が下りてきた。パールちゃんだ。
もちろんお父様たちには見えていない。
パールちゃんは私の胸の中に飛び込み、何度も光を点滅させた。私にはそれがエールに見えた。
どうせ拒否権はない。そして三人は私との縁を切りたがっている。それなら――
「お父様、マスカール伯爵家を代表する身として殿下の前で粗相しては大変です。これまでお義母様やジゼルの希望で様々な手伝いをしていましたが、侍女の仕事に専念するため、今後は一切関わらなくても良いとお約束ください。自分たちが粗相の原因にはなりたくありませんよね?」
「……確かに、分かった。オルガとジゼルも良いな?」
どこか不満そうにしていたが、ふたりは頷いた。
「それから住まいを本邸から研究棟に移し、ひとりで暮らす許可をください」
「……そこまでする必要があるのか?」
「私は使用人の真似事をするために、ここにいたも同然。仕事がなければ本邸にいる必要もないですし……何より皆さんも私がいない方が家族水入らずで過ごせて良いかと思いますが?」
その方があなたも罪悪感がないでしょう? と問うようにお父様を見つめれば、彼が静かに息を飲んだのが分かった。
私の姿を見るたびに母に責められるような気分を味わっていたのは前から薄々気付いていたが、図星だったらしい。
「旦那様、ナディアの希望通り研究棟に移ってもらいましょう。もうあの女の影を見なくて済むんですもの。わたくしも穏やかに過ごせるようになるわ」
「お父様、私からもお願いですわ。お義姉様の姿を見るたびに、私のせいで殿下の元に行くことになったという罪悪感も和らぐと思いますの」
義母とジゼルが賛同するのは予想通りだ。
嫌がらせができないのなら私は用済みで目障りなだけ。父が反対できるわけもなく、私の主張は通った。
偽りの家族から離れ、尚且つ大切な温室からは離れずに済みそうだ。
本邸を出ていくのだから掃除や食事について本邸の使用人に助けを求めてはいけない、という条件は付け足されたが問題ない。逆に侍女の給金は直接受け取れることになった。
きちんと書面に残し、サインもした。
「では契約は成立ですね。さっそく私は研究棟に移る準備を致しますので失礼いたします」
「出仕の日程は追って連絡する。それまでに終わらせておけ」
「かしこまりました」
深く一礼してから退出した。
本邸の自室に戻り、ホッと深いため息をついた。
「最後、随分と満足そうな顔をしていたわね。パールちゃんも見たでしょ?」
あれは侍女の仕事が長続きせず、お金も尽きて困る私の姿が見れることに期待している顔だった。
要望を簡単に受け入れて私に期待を持たせ、失敗させて突き落とす。
「ふふ、上等よ」
見初められるとは一切思っていない。
けれども侍女としてクロヴィス殿下に認めてもらい、ずっと働くことができればこの家族から干渉を受けずに生きていける。侍女でいる間は殿下の庇護下にあるため、お義母様とジゼルでも私に手が出せないはずだ。
こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
「パールちゃん、応援してね」
私がニッと笑うと、パールちゃんの光は強く輝いた。
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