結目ライカはラブコメが書けない

御都米ライハ

結目ライカはラブコメが書けない

「これ、ラブコメか……?」


 私、結目ライカはラノベ作家志望である。現在大学3年生。所属している文芸サークルの部室にてそんな私は疑問した。

 目の前にあるのは3年ほど使い古した愛機のノーパソ。画面には今では広く知られる小説投稿サイトの執筆ページが映し出されている。そしてページに書かれている内容はこれから書こうと考えている小説のプロットだった。ジャンルはラブコメだ。出来上がったので内容を見返したのだが、これがどうにもラブコメっぽくない。

 ラブコメっていうと、やっぱりヒロインが主人公の周りに沢山いて面白可笑しい学生生活を送るのが鉄板だろう。だが私が作り上げたプロットは著しく鉄板のラブコメとは乖離していた。

 否、別に鉄板のラブコメと乖離していたって良いのだ。ラブコメと呼ばれる作品の中にもそういう作品は勿論ある。最近は1人のヒロインとの甘々なカップル生活にフォーカスした作品も売れてるようだし。ただ今回の作品はそういうものと意図していない作品なわけで、どうにも製作意図と実際の作品がずれてしまっているのだった。


「御堂さん、ちょいと見てくれない? これラブコメって言えるかな?」


 私はちょうど向かい側に座る同期に問いかけた。

 名前は御堂レレイ。本名は知らない。というのもウチのサークルはメンバーをペンネームで呼ぶのが伝統だからだ。そのため私もサークル活動をしている時には『結目ライカ』というペンネームで通している。

 御堂さんを一言で言い表すならば、手心を知らない批評家と言うべきだろう。彼女の手に掛かればどんな名作であっても欠点が埃のように出てくる。

 とんでもない『目』の持ち主である彼女は、しかしプロットを見もせずにこう言った。


「そもそもとしてファンタジーばっか書いてきた人間がまともなラブコメ書けると思ってるの?」

「ぐっふぅぅぅぅ!」


 結目ライカ、創作歴6年、書き続けたのはファンタジー。それ以外は書いたことがなく、それ以外を書こうともしてこなかった。私はそういう人間だ。確かに御堂さんの言う通り、全く知らないジャンルを上手く書こうなんて思いは驕りだと思う。

 御堂さんは傲慢な私に対して不快げに目を細めるとこう問うてきた。


「なんでラブコメ書こうと思ったの? いつも通りファンタジー書いてれば良いじゃない」

「いやさ、最近ラブコメ流行ってるじゃん? だから流行りに乗ろうと思って」

 

 最近のラブコメラノベの勢いは凄い。人気投票だとラブコメ以外も強いけど、ジャンルごとの総数を見るとラブコメが一番売れてるんじゃなかろうかってくらい売れてる。なんというか売れてる作品の数が多いイメージがある。端的に言ってマジでやばいとしか言いようがない。だから流行りに乗ってラブコメでも書いてみよっかなーなんて思ったのだ。


「それに美少女ゲームのテキストに近いものもあるだろうし、そっちもやりたいから書いてみようと思って」

「美少女ゲームとラブコメのラノベじゃあ、分量とシーンの置き方が変わってくると思うのだけど。媒体が違えば書き方も変わってくるは同人ゲームのシナリオを書いた経験を持つなら分かるでしょ」

「う、仰る通りです」


 超有名シナリオライターが書いたラノベにもあったように、ライトノベルとゲームのテキストは違う。そのラノベに上げられていた注意点のようなものを参考にしながら私はゲームシナリオを書いたけど、やっぱり最初は上手くいかなかった。内容、というよりは雰囲気やテンポの良さの違いが大きい。媒体が違うというだけで随分とまぁ勝手が変わってくるのである。


「第一、新しいジャンルに手を出すんじゃなくて、もっと足元を整えた方が身のためじゃないの?」

「例えば?」

「息が詰まる構成、キャラクター制作力の低さ、プロット書くのに慣れてないなどなど、課題は一杯あるでしょう? そこを得意なファンタジーで直していくのが良いんじゃないのって言ってるの」

「ぐうの音も出ない……」


 小説を書くとなると最も重要視されているのは文章力だろう。ただし書かない人の間では。

 実際6年も書いてみると文章力よりもっと大事なものがあることが分かる。そもそも文章力ってなんだ。文章書く能力なら誰でも持ってるやろがい。だからラノベは誰でも書けるって言われてるわけで。まぁコンテクストから考えると高尚な文章(?)が書ける能力とかそんな感じなんだろうけど。

 ぶっちゃけ小説を書く上で文章力ってのはそれほど大事じゃない。いや大事なんだけど、文章力云々を説く前にもっと身につけなきゃいけない力がある。それらは物語の構成力、魅力的なキャラクターを作る能力などなどだ。いわば物語を書く前準備。骨子となるそれらが上手くなきゃいくら文章力を付けようとも宝の持ち腐れとなる。とはいえ私だって全部が全部分かってるわけじゃない。作ってるうちに朧気ながら必要なものが浮かんできただけだ。きっと物語ともっと向き合ってきた人ならば私なんかより多くのことが見えてるだろう。

 ただそんな未熟な私でも力が足りない部分が出てきた理由は分かる。


「二次創作に時間を費やしてきたからね。文章力を鍛えたり、物語の構成力は結構鍛えられた思うけど、キャラクター作りの力は鍛えられなかったんだよ」

「完成度が高いキャラクターを借りられちゃう弊害ね。キャラクターを活かす力は身に付くと思うけど」


 それに二次創作の場合、世界観や設定も借りるからそっちの方面も鍛えられない。『物語を書く』力を身に着けたいなら二次創作は有用だけど、『物語を作る』力を身に着けたいならあんまり向いてなかったりする。


「だからね、話を最初に戻すけど、ファンタジーに戻ってちゃんと自分の課題を見直しなさい」

「いやでもさ、まったく異なるジャンルに挑戦することで見えるものがあるのは確かじゃない?」


 同じジャンルばっかり書いているとジャンルのお約束に囚われて、いつの間にかお約束に甘えてしまう場合が出てくる。お約束だから説明不足とか、描写不足とか、そういう足元を掬われる可能性があるのだ。

 だからこれまで書いてこなかったジャンルを書くのは凝り固まった創作スタイルを見直す良い機会になる。旅をすることで自分がこれまで生きてきた世界とは異なる世界があることを知るようなものだ。


「まぁ、それを言って良いのは6年もファンタジーに固執してた人間じゃなくて、いろんなジャンルの作品を幅広く作ってきた人間だけどね」

「そう言ってくれるなよー、御堂さんさー」

「事実じゃない、まったく。慣れないことをすると、逆に遠回りになるわよ」

「急がば回れって言葉もあるだろー」

「『急がば回れ』は迷子じゃないの。目的地見えてる?」

「まぁ、見えてないってわけじゃないかな」


 書きたいなーって思ったから書いた。それ以外に理由はない。創作なんてそんなもんだろと声高に主張したいけど、私がラブコメを書いた事情はちょっと違ってる。最近はラノベ作家志望としては書きたいからじゃダメなこともわかってきているから。

 プロになるということはお金を得るということだ。だからお金を払ってもらうためには常に消費者を見て小説を書く必要がある。売るという感覚、その取り込み。流行りに乗るといった商業意識の獲得はこれから頑張っていかなくちゃならない。

 

「今は途上って感じ」

「煮え切らないわね。まぁ、良いわ。だけど――」

「だけど?」

「――だけど流行りに乗るならラブコメじゃなくて、別の流行りにしたら? 前言ってたTRPGのシステムを取り込んだ次世代の架空eスポーツものを書くとか。聞いた感じファンタジーのノウハウ使えそうだけど。あれだって最近話題沸騰中のスポーツ――よね?――ソシャゲから着想を得たって言ってたじゃない」

「そうだけど流石に乖離しすぎだからさ、あまり流行りに乗ってるとは言い難い気がするんだよね」


 確かに着想は某ソシャゲだし内容もスポーツものであるのは間違いないが、しかし物語のジャンルはVRMMOだ。ちょっと今の流行りからは遠い。そもそも某ソシャゲがスポーツものだから受けてるのかという疑問もあるし。


「やっぱりラブコメっ、ラブコメは全てを解決する!」

「筋肉と同じこと言ってんじゃないわよ。科学的根拠があるあっちと違って、こっちには何もないでしょ」

「仰る通りで」


 でも、まぁ、さ。


「とりあえず作っちゃった作品だからきちんと作るよ。10万文字で終わる作品だし。それが作者が最低限果たすべき義務だから」


 作品を完結させる責任。それは読者に対する責任という意味もあるが、第一は作品に対する責任だ。物語は完結させられて初めて1つの個として成立するんだ。もし私が完結させなければ物語は一生世界に放りだされたままになる。私の物語を迎えが来ない迷子のような結末を迎えさせるわけにはいかない。中途半端なままで終わらせてたら、物語が可哀想じゃないか。

 私はこれからの創作に対して静かに闘志を燃やす。苦手だろうが初めてだろうが関係ない。絶対に完結させて見せる!

 そんな風に意気込む私に辛口乙女の御堂さんは目をすがめて言った。


「そういう立派なセリフはエタってる作品がない作家が言うものよ」

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