第3話 カリスマ大神官
大神官の家?あのステキな屋敷は大神官の家だったのか。青ざめて生気のないエルンデが、冗談を言っている様には見えなかった。でもそんな阿保な。
「私は何もしてませんよ?」
「思念波を屋敷にぶつけたでしょう。」
「ただ、見ただけです…。」
「リサさんは、莫大な神力を持ちながら、自分で制御が出来ていない、たちの悪い能力者なんだ。私達には見えていない物まで見えているじゃないか。」
今まで神力なんて無かったのに、納得できない。私はそうアイギル小神官に噛み付いた。
「……おそらく、神力審査石板がリサの能力を目覚めさせたのだろう。」
嘘だ。そんなはずない。
私は彼等が言っている事が嘘だと証明しようと、丸石に視線を投げ、先ほどと同じ感覚で思念波なるものをぶつけてみた。
やめなさい!とアイギル小神官が叫ぶのと同時に、ゴン!と低い音がして丸石は二つに割れた。
「わ、割れた!?」
やだっ、マジで?
「頼む、これ以上何も壊さないでくれ!」
私は二人に涙ながらに懇願された。
自分で自分が分からない。……本当に私があの屋敷を?だとしたら相当ヤバイんじゃないだろうか。
私、絶対弁償できない。
というか、弁償などでは済まされないだろう。
私達三人は、誰に命じられるでもなく、何故か正座してナーヤ小神官の帰還を待った。
ナーヤ小神官はかなり私達を待たせてから戻ってきた。彼の視線は入室するなり、パックリと真っ二つに割れて転がる丸石に向けられ、驚愕に見開かれた。だがお小言が飛んでくる事は無く、彼はどこか疲れた様子で言った。
「アイギル小神官と秘書はもう結構だ。長旅ご苦労だった。リサとやら。今から大神殿に行く。大神官様がお待ちだ。」
大神殿に行ける。
しかも神職の頂点にいる大神官に会えるらしい。
サル村民が聞いたら卒倒しそうなくらい有り得ない事だ。だが私は別な意味で卒倒寸前だった。屋敷を壊した私にはどんな懲罰が待ち受けているのだろう。
一様に厳しい顔をした神官達に囲まれて、私は中央神殿を出た。そこから馬車に乗り、小高い丘を上り、先ほど広場から見上げた白い大神殿に着いた。
頭の中がパニック状態になっていて、何を見て、どこを歩かされたのか自覚がない。気が付くと私は広間の様な所で、天井に届きそうなほど背もたれの高い、細かな装飾が施された椅子の前に膝を付き、待たされていた。
椅子の後ろには幾重にもカーテンが引かれ、やがてそのカーテンが揺れたかと思うと、一人の男が現れた。
大神官様だ、と頭では分かっているのに、私は礼儀作法にならい、頭を下げるのも忘れて見惚れてしまう。
大神官は超絶美形であった。
絹糸の様に滑らかそうな金の長い髪は腰まで垂らされ、彫りの深い色白の顔から、金色に近い薄い茶の双眸がこちらを見つめていた。
大神官は鷹揚な仕草で椅子に座ると、言った。
「そなた私に何の恨みがあったのだ。」
私はびくりと震えてから、やるべき事を思い出した。ポケットの中を探り、財布を出してから、土下座をすべく床に頭をつけた。勢い余って額を硬い大理石の床に強く打ち、一瞬本気で気を失えるかと思った。
「申し訳ありません。お屋敷のことは、決して故意ではありません!自分に神力があるなんて露ほども思っていなかったんです。」
私はひとしきり詫びてから、自分の薄っぺらい財布を両手に乗せ、前に差し出した。
「私の全財産です。お納めください…!」
お話にならないくらい足りない事は分かっていたが、これでも私が村で六年かけて貯めた全財産だった。とりあえず誠意だけでも示さねば。
あの時屋敷に人がいなかった事を祈るしか無い。下敷きになった人がいたら、と思うと財布を持つ手が震えた。
「とても足りぬ。そなたが金で弁済する事など私は期待しておらぬ。だがそなたには類い稀な能力があるそうだな。これが見えるか?」
そう言うと大神官の背後に揺らめく炎が上がった。濃い紫色のそれは、さきほど私が見た炎と比較すると、遥かに大きな物だ。
ありのままを説明すると、大神官は満足そうに頷き、肩先から火を収めた。
「神力は神官が怒りの感情を持つと、具現化される。その色は神官の個性を表し、大きさは神力の強さに比例する。だがそれを目で読み取る事が出来るのは高位の神官のうちでも、ごく限られた者達だけなのだ。」
私はどんな懲罰が待ち受けているのかという緊張でいっぱいで、大神官の話が殆ど頭に入ってこない。
家を突然破壊された割に、妙に大神官が悠然とした物腰である事が逆に空恐ろしく感じられた。
「そなたは、世にも珍しい、歩く神力分析器としての使い甲斐があるようだ。」
「はあ…。」
「そう気の無い返事をするな。そなたに重要な任務を与えよう。受けるのならば、屋敷を倒壊させた事は不問に処す。」
私はその話に食いついた。不問に処す、という言葉がやたらにくっきり私の脳内に響いた。
「本当ですか?是非受けさせて下さい!」
大神官がゆっくりと微笑んだ。慈愛に満ちた笑顔ーーーでは無く、何故か意地の悪さを感じさせる笑みだった。
「二言はあるまいな。そなたは、これより一月の間、ここで修業を積み、その後各地を渡り、大神官の妻となるに相応しい女性を選出してくるのだ。」
私は言われた事を理解するまで時間が必要だった。理解すると、目を丸くして大神官を見上げた。妻を選ぶ?聞き間違いだろうかと暫し悩んだ。
それは予想もしない任務だった。
慎重に言葉を選びながら、尋ねる。
「ええと、それは大役を賜りまして……。でも私などがどうやって大神官様の奥様になる方を選ぶのですか…?」
「元来は候補となる女達に大神殿まで来て貰い、その神力の強さを基準に選んでいた。既に候補となる女達は推薦されている。だが歩く神力分析器の暇なそなたが回れば、手間が省けるではないか。どの様な辺境の村の女であろうと、確かめられるというものだ。無論、無給なのは言うまでもない。」
私は辺境の村に住んでいたのでそれに異存は無かった。だが奇妙な仕事だ。
「大神官様の為に、各地を回って神力の強い女性を選んでくれば良いのですね?」
「いかにも。任務を終えたら、サレ村に戻れば良い。屋敷の弁償と比べれば法外に容易な仕事であろう。そもそもそなたは如何なる重罰であれ、不平を言える立場には無いのだ。」
大神官は私のいた村の名称を覚えていない様だ。だが地図にすら載っていないのだから仕方ない。家を壊した後ろめたさから、指摘するのはやめておいた。
「ではこちらにおいで。」
私が受諾したと見るや、大神官は優雅に手招きした。私は数歩分彼に近づいた。
「何を遠慮している。もっと近くに来なさい。」
私は更に数歩前に進んでみた。正直、私の正面に座る大神官は、同じ人間とは思えないくらい異彩を放つカリスマ性があり、近寄り難かった。最初は金色なのかと驚いた瞳も、近くで見れば薄茶だとわかったが、それでも美し過ぎて恐怖心が芽生えるくらいだ。
牛歩で進み、立ち止まった私に業を煮やしたのか、大神官は苛立った声で言った。
「私はそなたをとって食したりはせぬ。私の手が届く範囲に来るのだ!」
命じられてしまえば従うしかない。ビビりながらも大神官の近くに行き、膝をつく。
大神官は椅子から立ち上がり、右手を私の顔の前に差し出すと、何やら聞き取れそうで聞き取れない大きさで、何かを呟いた。
ついっ、とその手が私の顔に近づき、私の額に大神官の指先が軽く当たる。
「っいだっ!!」
その直後、額に電流が走った様な痛みがあり、私は反射的に顔を引いて額を手の平で摩った。
「そなたの破壊的な神力は封印させて貰った。屋敷を壊さねば、これだけで本当は済んだ筈だったのだよ。……だが代わりにこちらは得難い才能を見出せた。こころして職務に励むが良い。」
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