僕のままで愛して

たかなつぐ

第1話

 親に好きな子の名前を訊かれた時。同じ幼稚園で同じクラスの男の子の名前を答えたら、おかしいって言われた。


 それ以来裕介は、好きな子の話題になったら適当な女の子の名前を出す。みんなから人気のある、それでいて絶対相手にされない女の子。


 それで何とか、高校生まで誤魔化せてきた。自覚はあるが影が薄いのが幸いした。

 僕の好きな人なんて、……僕のことなんて、誰も見てやしない。その油断がまさかの展開を生んだのは、秋晴れの清々しい午後の体育。


 他のチームがグラウンドでサッカーをやっているのを見ていた僕は、ついいつもの癖で一人の生徒を目で追っていた。

 ──阪藤冬矢さかふじとうや。裕介と同じ美術部所属にも関わらず、味方にキレのあるパスを放る彼は、裕介が二年間胸に秘める『本命』だった。


 クラスでの交流はあまりないが、美術部ではたまに絵の見せ合いとか、二人で先生の雑用を手伝う程度。友人ですらなく、ただの同級生。相手は裕介のことを、そう思っていることだろう。

 裕介にとっても、それでよかった。変な期待を抱くのはごめんだし、バレて嫌われでもしようものなら、明日からどうやって生きていけばいいか分からなくなる。……そのくらい、惹かれてしまっていた。

 だからこの時間。晴れた日の体育は、裕介にとって至福の時間だった。遠巻きにだけど、いくらでも彼のことを眺めることができる。

 サッカーのラインまで、数メートル。誰が誰を見ているなんて、それも影の薄い僕の興味なんて、誰も構いやしないのだ。


「お前、俺のこと見てた?」


 たまたま美術部で二人になったタイミング。狙ったように、冬矢は僕に話しかけてきた。


「え、……なんだよ、急に」


「俺さ、実は人の視線とか意識の方向とか、すごく敏感なんだわ。球技とか割と得意なのも、それで相手の動き掴んでるから。……で、どうなの。今日の五限目、サッカーの時間」


「な……なんで、男の僕が、男のお前のことなんか見なくちゃならないんだ」


「お前、嘘下手な」


「……は?」


「男男って、それだと『男は男を好きになっちゃ駄目』みたいじゃん」


「……そんなの、当たり前だろ」


「俺の父さん、ゲイ。母さんと結婚して子供二人作って、弟の俺が成人したら離婚して、ずっと続いてる彼氏と籍入れるって」


「……は、……え?」


「ハハッ、そりゃ驚くよな。でも俺の母さんはそれを承知で父さんと結婚したし、俺も兄貴も父さんの好きにしたらいいって思ってる。……お前、俺のこと好きなんだろ? 頻繁にこっち向けられる視線、七、八割お前だからな」


「……ごめん」


「何で謝んの」


「自分の親ならまだしも、同級生の男にそんなに見られて……不快だったかな、と」


「はぁ。……あのなぁ、」


 初めて聞いた、冬矢の呆れたようなため息。……あぁ、やっぱり迷惑だったんだ。


 裕介のネガティブ思考はしかし、強引に上向けられた顎と、口に当たる柔らかな感触で遮られた。


「──お前が『同級生の男子に好かれるのが不快』って思ってんなら、今のこれ……メチャクチャ嫌だったろ」


 一瞬、何をされたのか分からなかった。しかしそれを理解した途端、顔全体が熱く火照るのが分かる。

「え、あ、へっ、……え?」

 言葉にならない、ほぼ空気でできた声を漏らし続ける裕介。


「ははっ、何言ってんのか全然分かんねぇ。……なぁ、裕介。俺のことは嫌いか?」


「いえ、嫌いじゃない、です。でも、男の子を好きになったらおかしいんだ」


「あぁ〜……お前、変な呪いかかってんな」


「……呪い?」


「そう。親か誰に言われたか知らないけど、そいつは間違いなく、お前を苦しめる『呪い』だ。それ、俺が解いてやるからさ。だから……」


 ──裕介からもキス、ちょーだい?


 生まれて初めて許された、本命の恋。

 それは裕介の胸を埋め尽くして、それでも全部飲み込んでしまいたいと願う。

 ……冬矢の唇は、ほんのり甘かった。

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