第65話

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 その家はどちらかと言うと屋敷に近かった。豪勢な門構えをしており、昔は豪農だったという印象を佐竹に与えた。

 門は開いていた。普段からそうなのかもしれない。背後を振り返れば、今自分達が昇って来た山野が一望できる。いやそれだけではない。目を細めれば、遠くに海が見えた。つまりこの地は瀬戸内を遠くに見る、奥深い山地と言えた。

 この印象、佐竹は思った。和歌山から高速の帰り見えた泉州の地と似ている。その景観は勿論違うが、ひょっとしたら、是は互いの違いを僅かに残すが、双観の地なのかもしれない。

 門の前で立っていると声をかける者が居た。見れば農具を手にした農作業姿の老人だった。佐竹は老人へ歩み寄り言った。刑事は黙ってそれを見ている。

「すいませんが、こちらは在宅で?」

 それに老人が農具を置いて答える。

「ああ、みぃさんに用事がありなっしゃっと?」

「ええ、そうです」

「今日は法事があるよって福祉の人が来とらんから、家に居りなっしゃるやろ」

 言って老人は農具を手に取るとその場を離れて行った。おそらくこれから田畑に向かうのだろう。

 佐竹は振り返り、刑事に目配せして門を潜った。それに刑事も続く。

 佐竹はそれから障子が見える縁側伝いに関まで歩くと、呼び鈴を鳴らした。鳴らしたが、人の気配がない。また再び押した。中では自分の押した呼び鈴の音が響くのが聞こえる。もう一度、押した。その時、何かが動く気配がして、縁側の障子窓が開いた。

 ゆっくりと障子が開いて、中から一人の老婆が現れた。老婆は紺と薄い水色の縦縞の着物を着て、白髪の髪を綺麗に整えており、足袋を履いていた。

 身なりの行き届きは老婆の品性を現しており、それから佐竹を見つけて微笑は深い洞察を持っていることを佐竹に印象付けた。

「何でありまっしょろ」 

 ゆっくりと、しかし、はきとした声で佐竹に言った。

 佐竹は老婆に近寄ると頭を下げてお辞儀をして、顔を上げて、それから老婆を見て言った。

「失礼ですが、あなたは龍巳さんですか?いえ…」

 佐竹は大きく息を吸って言った。

「…旧姓、戸川龍巳さん、つまり明石の雲竜寺に嫁がれた戸川瀧子さんの双子の妹さんですね」

 老婆は佐竹の言葉に驚くことなく、静かに顎を引いた。

「ええ、そうです。瀧子は私の姉です」

 言ってから佐竹を見て微笑んだ。

「同じ質問を去年の夏過ぎにここに来た髪の毛がぼうぼうの人もおんなじこと私に言っておりまっしょった。何でも息子の龍平の弔問としてある方の代理でここに来たんやというてましたから」

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