第6話

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 佐竹は時計を見た。午後二時を過ぎている。席を立ち周囲を見たが、自分が思う目当ての人はいない。近くに若いキャップ帽を被る女性が居るが、恐らくそれは違う。自分は或る程度の歳の婦人を探している。

 佐竹は腰を下ろすと椅子に座りなおし、再びパソコンの画面にキーボードで文字を打ち込んだ。昨日の老人、猪子部銀造が話したことを思い出しながら。



「田中竜二…」

 メモする佐竹が確かめる様に老人を見た。

「そうそう、田中竜二。まぁダチや」

「ダチですか」

「そう」

 老人はそこで表情を曇らせる。

「…まぁダチやったと言うことにしといて、もう故人やから」

「故人というと」

「死んだ。二日ほど前に。癌でな」

「癌?」

「そうや、まぁやっぱり何とやらで、人間は自分の人生で一番使った箇所がやはり駄目になるんやな」

「一番の場所?」

「おう、建築の職人なら腰とか手とか、あんたらみたいな事務員なら目とか、営業ばかりしてる奴は飲み会が多いと内臓とか」

「そのぉ、つまりその田中竜二さんは何が原因で?」

「ちんぽやがな?」

「えっ…ち、ちん…?」


 ――ぽ?

 鳩ではないがそんな豆鉄砲をくらった顔をしている佐竹にまじりとして苦笑しながら老人が言う。

「つまり睾丸に癌が出来て、死んだ」


 ――人間は自分の人生で一番使った箇所がやはり駄目になるんやな、と老人は言わなかっただろうか?


「…せやがな。ここだけの話やが、どうもあいつ…成熟の早い子やったんやろうな。何せ、小学生のころには股間の物を隠れてしごいては自分でこっそり気持ちよくなってたいうてたからな」

「はぁ…」

「それだけやない。中学になると益々そっち方面が強くなり、まぁ温泉街の手伝に来てた古株女とかにお願いしたのかどうかわからんが、割合ハンサムやったのあって、どうやら女を既に知ってたみたいなんや。まぁ早い頃から股間の物を上手に使っていたという訳やから、そりゃ使いすぎて痛むのも早いわな」

 老人の目が細くなる。

「分かり易く言えば生来の『色きちがい』ちゅう奴や」


 ――色きちがい


 うーんと唸ると佐竹は老人に言った.


「それで、そのぉ。その田中さんが東京オリンピックと関係するんですか?」

 ひょっとすると自分は老人の暇つぶしに利用されているだけではないだろうか。確かにそうした事は唯ある。情報の提供と言って、実は何でもないことと言うのは。

 探るような目つきで佐竹は老人を覗き込む様に見つめる。その目つきに老人は何かを感づいたのか、強く鼻を鳴らした。

「ふん!!当り前やがな。ここからがやっと話の本題や。この田中竜二と火野龍平(ひのりゅうへい)、そしてさっき言うた『東家』の娘、東珠子(あずまたまこ)を中心にこれから東京オリンピックんに関連するんや」


 ――田中竜二

 ――火野龍平

 ――東珠子


 突然、老人の口から洩れた三人の名を佐竹は筆記する。

「書いたか?」

 確認する老人に佐竹が頷く。

「ええか、これからやぞ」

 老人は瞼を閉じた。閉じて記憶を探るようにしてやがて口を開いた。

「それで時は東京オリンピックが開催される1964年の少し前や…そう、生まれも同じ年頃三人が今でいう中学生の頃に、或る事件が起きた…」

(…事件)

 にじり寄るような興味が佐竹を包んでゆく。

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