第7話

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「…なんやが」

 老人はそこで腕時計を見た。

「今日はこれぐらいで終わりにしとこうか」

「え?」

 佐竹は突然老人が話を終わろうと切り出したので思わず声を出して驚いた。話がこれからというところでペン先は動くことなく、止まったまま唖然とした感情の余白だけをなぞっている。

「いや、いや。ちょっと猪子部さん」

 老人の名を言う佐竹。しかしその佐竹を尻目に老人は立ち上がった。

「悪いなぁ、兄ちゃん。これから待ち合わせがあんねん。せやからこの話は明日でもええやろ」

「用事?」

「ああ、長年のツレとこれから飲むんや」

 小指を立てる。女という意味を推し量れという老人の命令にも似た横暴さが出ている素振りに、やや佐竹は気分を悪くする。

「明日ですか?」

「おう、明日。また明日来るから」

(いやいや…)

 心の余白に昂る嫌味が顔に出る。それに気づいた老人が眉間に皺を寄せて言い放つ。

「なんや、ワレ?嫌やっちゅうんかい?こっちは情報提供者やぞ?」

(何が提供者だ)

 舌打ちしたくなる気持ちが湧き上がる。だが瞬時に佐竹は気持ちを切り替えた。何故なら自分は既に話の一部を切り出されただけとはいえ、この老人の話に大いに興味がそそられている。話が明日になるのならば、明日でもいいじゃないか。全ての話を聞き終えるよりは、徐々にその話を追って行けるのも悪くはない。それに自分にはまだこの後の時間を追う様に記事にしなければならない仕事がある。長い時間を割くよりかは効率的だ。

「…いや、すいません。突然大変興味あるお話を切られてしまったもんですから。思わず残念な気分が顔に出てしまい…大変、不愉快な思いをさせてすいません」

 頭を下げる佐竹の上を嘆息交じりの声が過ぎてゆく。

「…それなら、ええ、それなら…な」

 下げた頭を上げると老人は背を向けた。

「ほな、また明日来るわ」

「何時ごろに?」

 約束を繋ぎとめる佐竹の声に老人は首を左にかしげた。傾げると両肩をすぼめる様にする。馴れた動作に見える動きはこの老人が知らず知らず知らずのうちに身につけた癖なのかもしれない。 

「夕方来るわ」

 言って歩き出す。佐竹は老人の背に向かって言う。

「それでは、またお持ちしてます」

 手を振って歩き出す老人の手先に白い紙片が見える。

「名刺、貰って行くで」

 言ってから老人はカフェの自動ドアを潜る。

「しかし、長年秘密にしていた事件をわしに語らせようとしたのはあの若者のせいやで」

 呟きにも似た言葉を残すと、老人の指先に握られた白い名刺は降り注ぐ陽光に照らし出されて映えたが、やがてぐぃと老人のジャケットに押し込まれて消えた。

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