女の子からの告白はダメですか?

冬迷硝子

女の子からの告白はダメですか?



屋上。

いつもは月光と闇に支配されてるのに

今は季節外れの花火の音がうるさいほど聞こえた。

光輝くそれは、暗闇に一瞬の明るさをもたらす。

閃光の瞬間、昼のように空の全部が見渡せる。

冷たさが温かさに変わる。

そして戻りまた変わる。

夏とは違う感覚。

12月という季節外れの花火は意外と心地良い。


「そのまま、そのまま目つむってください」


ここに来てからずっと無言だった錐縞きりしまひさげが口を開いた。

目を閉じろと言う

素直に従うしかなかった。

恐怖心も少しはあったことは心の内に留めておく。

目を瞑ると、余計に寒さと温かさの差が感じられる。

少しと風と、

花火の音と、

ざっざっと歩く音がして。


「もういいですよ」


開けると錐縞が居た。

それも満面の笑みで。

背景の花火とその笑みが合いすぎてほうけてしまう。

その隙を狙って、錐縞はこちらに向かって走ってきた。

そして、背中に手を回されてーーー。


「きりし…っ!?」


名前を呼べなかった。

唇を塞がれてしまったから。

さっきまでうるさかった花火の音がその瞬間消えた。


抱き締められる力が弱ることもなく、

むしろ強くなっていく。

唇も同様に。

僕の視界には錐縞の長い髪と花火が映っている。

花火を見ながらのキス。

昼のようにまたたいた夜空に流れ星が見えた気がした。

願い事なんか唱える暇もなく

このシチュエーションに心を奪われた。

何秒経っただろう。

そんなに長い間してなかったのに長く感じた。

もう寒暖差など感じられない。

暖かい。

むしろ、暑いくらいだ。


「っはぁぁ…」


錐縞きりしまが色っぽい甘い声を出して唇を離す。

抱き締める腕も解いた。

少し、後ずさる。

花火の逆光で顔色がうかがえないが、

こちらに顔を向けた。

まるで初めて会ったときのような不安げな雰囲気を身にまとい出す。


「女の子から告白するのはダメですか?」


ここまでの展開で大体、想像付いてたけど、

矢継ぎ早過ぎて頭がついていかない。

そのままの勢いで頷きそうになった頭を戻す。

キスから出た第一声が拒絶の言葉だった。


「ごめん、僕はどちらかというと」

「あなたの言うことは聞きます。

今回は無理を云ってしまったけれどあなたが来るなと言うのなら行きません」

「いや、それでも」

「ダメ、ですか?」


色っぽい眼から甘えるような眼に変わる。

そんな何もかもを許してしまいそうになる眼で見ないでくれ。

心が揺らいでしまう。

これ以上距離が縮んでしまえば、

僕は君を好きにならないといけない。

好きになってしまえばきっとまた…。


「あの子のようにならないか、心配なんですね?」


あの子とは僕の元カノ。

彼女とはもう別れた。

僕が原因で。


「わたしはたとえあの子ようになっても、

あなたを嫌いになりません、絶対に。

だってもうあなたの傍若無人には慣れましたから」


『ね?』と続く。

同意を強制してくる視線。

頷くしかないような目線。

逃がしてもくれなさそうな真剣な眼差し。


そういえば最近こういう顔を使うようになってきたっけ。

返事を放置してると

その眼から一線の涙がしたたるのが見えた。


「わたしが何かを考えるときに側には、

必ずあなたが居る。

たとえあなたが居なくなっても

わたしはずっとあなたのことを考えていて、

あなたもずっとそこにいるんです」


僕はそれに負けてしまう。

錐縞きりしまは僕の側に居てくれた女性だ。

なにかを考えるときも、

なにも考えていないときでも、

たしかに側に居てくれた。


「はぁ…うん、降参だよ」


文字通り、降参だと両手を挙げた。

先に僕が話そうとしたことを全部言われてしまった。

こうなれば、こちらから言える言葉はなくなった。

錐縞の方が僕よりも一枚上手うわてだった。

すると距離を縮めて抱き付いてくる。


「錐縞」


今度はちゃんと名前を呼べた。


「はい」

「くっつきむし」

「ふふっ、そうですよ。だってずっとこうしたかったんですから」

「そっか」


先程とは違い、

僕も背中に手を回した。

温かい。

この温もりを離したくなくなった。

花火の音も聞こえない。

そうか、これが抱擁ほうよう

久しぶりの感触だ。

温かい。

目の前の花火よりも。


「……」

「………」


双方無言のまま、時が過ぎていく。

やっと音が耳に入ってきた。

ひゅーーー。


錐縞きりしま

「名前、ちゃんと呼んでください」

「ん?えっと、ひさげさん」

「呼び捨てで」

「ひさげ」

「はいっ!」


元気な声だ。

初めてしっかりと名前を呼んだ気がする。

錐縞の頷く声は、いつもより大きく凄く嬉しそうだった。

また腕にぎゅぅと力込めてきた。


「じゃあ僕からも」

「なんですか?」

「敬語は無しってことで」

「で、でも…」

「もういいでしょ、こんな関係になったんだから」

「ふはぁぁぁー…よかった。今までずっと敬語だったから。最近ちょっと口許が緩みすぎてたし」

「別に気にしなくていいのに」

「うん。ありがとね。菊兎きくと

「こっちは名前呼びは許可した覚えはないよ」

「いいじゃないで…。ぁ…いいじゃない。もうこんな関係になっちゃったんだから」

「本当、強引だなぁ」

「だってそうじゃないと逃げちゃうから」

「逃げないよ」

「そうやって誤魔化していっつも逃げる」

「逃げないって」

「逃げる!」

「はぁ…バレてたか」

「うん、もうバレバレ」


いつの間にか心底見透かされてる。

たった1年程度、隣に居ただけなのに。

僕のどこが好きなんだろうか。

ただあの時、助けただけなのに。

抱きしめたままの錐縞が僕の耳元で呼吸する度に耳掃除の感覚が鳴る。

こそばゆい。


「えっと、長くない?」

「じゃあもう1回いい?そしたら離すから」



今度は、こっちから唇を重ねた。

柔らかい。

吸い込まれるような感じ。

事実吸い込まれていった。

舌を出していた。


「…んはぁ、ちょ、ちょっと、舌入れるの早すぎ」

「あまりに柔らかかったから、つい」

「う、うぅ…」


距離を空けてくる。

しゃがんで顔を下げる。

顔を見られたくないんだろう。

だったら後ろを向けば良いのに、

わざわざしゃがんでいるのが錐縞らしい。


「可愛い」

「えっ」

「可愛いって云ったんだけど」


錐縞は、しゃがんだまま顔を左手で隠しながら、右手の人差し指を見せる。

もう一度言って。

人差し指に口が付いていたらそう言っているに違いない。


「ひさげ、可愛い」


今度は両手を顔に当てたまま足をたたみ込む

体操座りの姿勢。

顔を両手と両足で隠している。

むしろこっちが顔を隠したい。

そこまで嬉しいのか、それとも逆なのか。


「大丈夫?」



僕もしゃがんで心配する。

体操座りをした錐縞の右手の人差し指と中指の空間から、

一つの眼が僕を見つめていた。

それはまるで鏡に映ったような幽霊のようにも見える。


「こわっ」


思わず悲鳴を声を上げてしまうと、

錐縞は体操座りを解いて、

早足でこっちに来て、

また僕の背中に手を合わせてきた。

抱き締められる。


「今は顔見ないで欲しいかな。あっ…」


また可愛いと言ったらどうなるか気になったけど、

それはまた今度にしよう。

今は頭を撫でることにした。


「ん…」


撫でる。

髪がするするとして指が滑る。

なんのシャンプーを使っているんだろう。

さっきまでの焼きそばや火薬の匂いはしない。

まるで、オレンジ色の太陽のような落ち着く匂い。

この匂いが錐縞ひさげだ。


「でもやっぱり女の子から告白するのはダメ?」


「うん、ダメ。告白はされたいより、したい派だから」

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