能無し四男は鉄腕美女の夢を見る

新巻へもん

第1話 旅人

 岩場を抜けると視界が開ける。オットゼール帝国の辺境に位置するダールウッドの町が大河ダールス川の川面のきらめきを受けて佇んでいた。その向こうには木々に覆われた山に囲まれた大陥没が見える。

「着きましたよ。ジョゼフ」

「ああ。早く飯食って、酒飲んで、ベッドで寝てえ」


 もう初老の域に入ろうかという年かさの男が若い男を見て首を振った。どちらもツキに見放された冒険者という出で立ちだ。見るからに疲れ切った顔の若い男ジョゼフは、それでも目的地が見えて元気がでたのか、肩から下げた革袋を引き上げると最後の道のりを進んでいく。人の背丈の3倍ほどの木の板が取り囲む町の入口にたどり着いた。


 門番の兵士たちは緊張感もなく笑いさざめいている。さすがにジョゼフ達が長い跳ね橋を渡り始めると面倒くさそうに誰何の声を発した。

「見たことのない顔だな。ダールウッドになんの用だ? 見たところ商人でもなさそうだが」

「武者修行で旅をしてる。ここのギルドなら仕事があるって聞いたんだ」

「ふーん」


 兵士たちはジョゼフの格好をジロジロと眺める。細かい鉄製のリングを編んだベストを着て腰のベルトからは剣を吊り下げていた。

「通行料は銅貨5枚だ」

 家族3人が5日食いつなぐことができる金額を告げられてジョゼフは困った顔をする。


「ちょっと高くないか?」

「文句があるなら引き返すんだな」

 ジョゼフは仕方なさそうに革袋の中から小さな袋を取り出し銅貨5枚を手渡す。小さな袋はしぼんで、もう1・2枚しか残っていないことを示していた。


「騒ぎを起こすんじゃないぞ。ギルドは通りを真っすぐ行って突き当たった広場の右手だ」

 兵士はもうジョゼフ達には興味がないとばかりに同僚たちのところに戻っていく。小袋を戻しジョゼフは大きく伸びをした。


「フォーゲル。どうする?」

 むき出しの土の道を歩きながらジョゼフは問いかけた。初老の男フォーゲルは周囲を観察していた。

「まあ。まずはギルドに登録しましょう」


 帝都と比べれば鄙びた感じは否定できないが、それでもダールウッドの町は活気に満ちていた。道行く人の数も多い。広場にたどり着くと、中央には帝国の創始者雷帝サイラスの像が周囲を見下ろしていた。物珍しそうに周囲を眺めていたジョゼフが石造りの建物を指さす。

「あれじゃねえ?」


 2人連れだって冒険者ギルドの建物に入って名前を登録した。ギルドの広間にはテーブルがいくつか置いてあり、それぞれに陣取った数名が寛いだり、話合いをしたりしている。手続きが完了するまでの間、ジョゼフは一方の壁にかかった木片を眺めていた。


 人の胴ほどの木片の上側には、様々な記号が書きなぐられている。ぶっちがいの剣とモンスター、盾に矢がささったもの、羽ばたくフクロウなどなど。中段には数字が大きく書かれていた。さらにその下には細かい文字が刻まれている。どうやら冒険者ギルドに寄せられた依頼の掲出らしい。


 太い腕の男が1枚を指さして隣のローブを目深にかぶった人物に話をしている。

「これなんかいいんじゃねえか。一人当たり銀貨で5枚だぜ」

「マールボロまでの護衛ですか。歩きで片道5日かかります。往復だと1日当たり銅貨5枚ですよ。しかも一定の利益が出た場合です。イェーガーの連中に出会う可能性があることを考えると割が悪いですね」


「なんだよ、そんなことが書いてあるのか。騙されるところだったぜ。こんちくしょう。じゃあ、どれが良さそうだ?」

「そうですね」

 細い手がジョゼフの目の前の木片に伸ばされる。

「失礼」


 ジョゼフは脇にのいた。

「ひょっとして検討中でしたか?」

「あ、いや。暇なんで眺めてただけだ。気にしないでくれ」

 草と鎌の絵が描いてある木片をひょいとローブの人物は取り上げる。


 別のを眺めているとフォーゲルがやってきた。真鍮製のメダルに革ひもを通したものをジョゼフに渡す。

「失くさないでくださいよ。町から出て再び入る時に必要になりますから」

「へいへい」


「それで何かいい仕事がありました?」

「働きたくない」

 フォーゲルはため息をつく。

「分かりました。今日のところは宿を取って休むことにしましょう」


 両手を上げて喜ぶジョゼフを連れてフォーゲルはギルドの建物を出た。左右を見ると似たような造りの宿が並んでいる。交易の拠点の町であり、辺境ということもあって、この地のギルドには仕事が多い。一旗上げようとする者を相手に商売をする酒場兼宿屋も数軒あった。


 全部の店を見て回った後にジョゼフはためらいもなく1軒の宿を指し示す。

「なあ、あの店にしようぜ」

「たぶん、そういうだろうと思いました」

「だろ。あれは凄い。帝都でも滅多にねえ逸材だぜ」


「念のため言いますが、お触りは厳禁ですよ」

「分かってるって。見てるだけで目の保養になるじゃねえか」

「それだけで我慢できるとは思えませんがね」

 そんなセリフなど聞こえぬようにジョゼフは金羊亭に入って行く。


「あら。お客さん達。戻って来るのが早かったわね」

 テーブルを拭いていた若い娘マルルーが寄ってくる。

「やっぱ、ここが一番いいかなって感じたんだ。とりあえず1週間部屋をお願いできるかな?」


「部屋を見なくていいのかい?」

「ああ。俺は人を見る目があるんでね」

「それじゃ、部屋代は前金で銀貨4枚貰うよ」

 ジョゼフはフォーゲルを振り返った。フォーゲルはカウンターの上に銀貨を並べる。


 部屋で少し休んでから、階下に降りていくと、併設している酒場はほぼ満席だった。前もって頼んでおいたので辛くも席に着くことができる。運ばれてきたエールに口をつけながら、ジョゼフは自慢げに言った。

「ほらな。俺の見た通り人気の店だったろ?」


 マルルーの動きを目で追うジョゼフの鼻の下は伸びきっている。細い体なのに胸だけがその存在を主張しまくっていた。フォーゲルが周囲を見るまでもなく、ほぼ男性客しかいない。狙いは明らかだった。

「酒は悪くないですが、料理はまだ……」


 フォーゲルの言葉にかぶさるようにパアンという音が響く。

「何すんのよ。このヘンタイ」

 フォーゲルが視線を向けると、マルルーの前で赤ら顔の男が頬を押さえていた。その顔は下卑た笑みを浮かべる。

「兵士に手を出すとは、公務妨害罪だな」


 男は下士官の服装をしていた。部下と思われる3人に顎をしゃくる。

「詰め所でよーく取り調べねばならんな」

 待ち構えていたように兵士がマルルーの両腕をとらえる。周囲の客からは抗議のヤジがあがるが、男はお前らも拘束するぞと怒鳴った。


 フォーゲルが視線を戻すと血相を変えて立ち上がったジョゼフがマルルーの方へと駆け出そうとしていた。フォーゲルは手を伸ばすが、ジョゼフの袖を捕まえ損ねる。やれやれと思う目の前で、ジョゼフが赤ら顔の男にわめき、振り返ったところを思い切りぶん殴った。




 

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