第22話 婚約者!?

 フィルアートは立ち上がると、私に近づいてきた。


「やっと君をここへ連れて来ることができた」


「まあ、不本意ではありますが」


 あ、可愛くない言い方しちゃった。でも、こっちはあくまで誘われた身ですからね!

 謎にマウントを取りたがる私に、フィルアートは鷹揚に頷く。


「それでいい。騎士道精神は一日では身につかん。徐々に慣れればいい」


 言いながら彼は私の肩のセリニを撫でようとして、


「フシャーッ!」


 威嚇と同時に猫パンチされる。


「……痛いぞ?」


「うちの子賢いんで、あの時の殿下の発言を覚えてるんじゃないですか?」


 手の甲をさするフィルアートに、私はしれっと嘯く。血は出てないから、肉球の衝撃だけだったようだ。爪を出さずにパンチしたセリニは偉い。


「順調に育っているようだな」


 牙を剥き出しで唸る窮奇を滅気ずに愛でるフィルアートに、ゴードンが「ウオッホン!」とわざとらしく咳払いした。


「その辺にしてください」


 氷の刃のような尖った声で私達を睨む。


「いくら婚約者だからって、職場でイチャつくのはやめて頂きたい。公私混同はせぬようお願いします」


「はぁ!?」


 ゴードンの言葉に、私は素っ頓狂な声を上げた。


「婚約者? 私がフィルアート殿下の!?」


「え? 違うんですか?」


 びっくり眼なゴードンに、私は詰め寄る。


「違います! 一体誰がそんなデマを流したんですか!?」


「……へ? 違ったのか?」


 お前か、フィルアート!!!


 私は反転して矛先を元凶に変える。


「何勝手なことしてるんですか!?」


「いや、卒業パーティーの流れから既に婚約は成立したものだと……」


「きっぱりすっぱり断りましたよね? こっそり外堀埋めるのやめてくれます!?」


「そんなつもりでは……」


 しどろもどろな王子に、ガンガン攻め込む私。その様子に、ゴードンが「ぶはっ!」と吹き出した!


「なーんだ、やっぱりそうでしたか!」


 お腹を抱えてケラケラ笑う。


「お見合いデートで伯爵令嬢を『世界の食人植物博覧会』に連れてっちゃうような殿下に、彼女ができるはずないって思ってたんですよ!」


 なにそれ、ちょっと行ってみたい。


「そんなフィルアート殿下が婚約者を騎士団に入れるなんて言うから、どれだけ玉の輿願望の強い女性に騙されてるのかと警戒していたら……、殿下のただの勘違いだったんですね」


 うっ、玉の輿のことを言われると、私も古傷が痛むぞ。

 でも……だからゴードンは初対面から私に当たりが強かったのか。


「私は一応、腕を見込まれてスカウトされてきたつもりですけど」


 睨む私に、ゴードンは踵を揃えて頭を下げた。


「非礼をお詫びします、エレノアさん。腕前の方は……追々証明してもらいましょう」


 ニヤリと嗤う彼の慇懃無礼さは仕様らしい。


騎士団うちは職場恋愛禁止ではないですが、節度は守ってくださいね」


「はい」


「殿下も。この件は私までに留めておきますが、不用意な発言は謹んでください」


「……はい」


 副隊長に怒られて、フィルアートはしゅんと肩を落とす。いいぞ、ゴードン。もっとやれ。


「では、他の場所も案内します。一度官舎に荷物を置いてきましょう」


「はい」


 釈然としない顔のフィルアートを置いて、私とゴードンは隊長室を出た。


「あの、フィルアート殿下って、そんなにお見合いしてるんですか?」


 前にも公爵令嬢が云々うんぬんって言ってたけど。

 気になって聞いてみると、ゴードンは首を竦めた。


「しょっちゅうですよ。あの方は何事においても有能であの容姿で、しかも王子様ですからね。縁を結びたい人は大勢いますよ。でも、大抵の女性は殿下の斜め上な心遣いについていけず、お付き合いに至らないんですよね」


 ……わかるー。

 フィルアートって、そこはかとなく残念なんだよね。

 でも……。

 子供が欲しいって言ってたから、誰でも――私でも――いいから結婚したいとは思ってるんだ。

 なんだか……心がチクチクする。


「あ、女性用官舎には私は入れないんで、荷物を置いて戻ってきてください」


「はい」


 官舎の入り口前で別れて、私は建物内に向かった。



「あ、そういえば」


 残されたゴードンは思い出したように呟く。


「これまでのお見合いは全部押し付けられた物だけど。殿下が自分から結婚したいって言ったのは、今回が初めて……かも?」


 ……その声は、私の耳には届かなかった。

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