001

 六月の終わり、スラムダムアカデミーの廊下は、静かな雨音と、午後の語学へと向かう生徒で溢れかえっていた。


 そこに人はいなかった。


 私がそう思うと『よく来れたね』と声を掛けられたような気がした。


 振り向いても誰もいない。


『メルちゃん偉いね』また聞こえてくる。寒気と悪寒が走る。思わず首に巻いたチョーカーを握りしめる。



 私は常に幻聴と戦ってきた。ある日を境に世界が壊れた。知らない人が私のことを知っていた。世界中が暗号だらけになった。解かなければ、幻聴の地獄が延々と続いていくような気がした。私はある日、マンションの下の階の人にハッキングしているのではないかと苦情を言った。それからのことは覚えていない。いつのまにか補導に捕まり隔離病棟という名の牢屋に入れられた。


 私が壊れたのだろうか。

 違う私は壊れていない。

 壊れたのは世界の方だ。



 そして、私は世界に負けてしまった。

 耐えられなくなったのだ。なぜか相談する相手がいなかった。人ではないという拭い去れない感覚は、どんな魔法も化学も薬も私を救いはしなかった。


 雨が上がった日、メル・アイヴィー。

 草木をかき分け角ばった山の岬へと歩いてきた。

 何の思考もしていなかった。

 何も聞こえてこなかった。

 鷹を見た。なんで私は人間なんかに生まれてきたのだろう?

 言葉なんて雑音でしかなくて。

 私をここまで追いやった。

 本当に人間に生まれなければよかったな。

 次に生まれるときはヒヨコがいいな。

 そんな風に妄想して、涙が止まらないまま。

 何も付けずに、メル・アイヴィーは崖の下へと転落していった。

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