7秒間の恋人

たかなつぐ

第1話

 AI、ロボット工学、人体科学。高度なそれらによって人造人間〈ネオヒューマン〉を生み出すことに成功した人類。

 〈ネオ〉の名を与えながらも、人の手によって生み出されたネオヒューマン彼らを、人々〈特に富裕層〉は時に召使い、時に奴隷、時に愛玩具として購入、使役する。

 しかし限りなく人間に近く作られた彼らには、喜怒哀楽等の感情やプライド、稀に自我のようなものが芽生えていた。

 ──これは人間の手から逃げ延び、そしてとある人間に助けられた彼と恋人の、最期の記録。


「ユーゴ! ……お前、なんで……俺なんか庇って……」


「庇ってなどいない。撃った奴がド下手くそだったせぃ……ゴフッ、で……たまたま、俺に命中しただけだ」

 ユーゴの口から、青い液体──ネオヒューマンの体内に流れる循環燃料が、漏れ出て彼の口元を汚す。


「……お前を狙って当たってんだから、相手の思惑通りだろうがバーカ」


 いつもなら茶化して言うルーグの軽口も、今は覇気がなく痛々しい。

 それもそのはず、道端で拾って半年の月日を共にした親友。……いやそれ以上の絆を、ルーグは人造人間であるユーゴに対して抱いていたのだ。


 ──腕はいいが気難しく、他人を寄せ付けない。堅物で融通の聞かないエンジニア。

 巷でそう噂されるルーグには、友人どころか家族すらいない。三年前に起こった無差別テロで父と母、弟を殺されたルーグにとって絆とは別れへの伏線であり、己が傷つかないために、彼は孤立を選んだ。

 そして一生独りで生きるのだとぼんやり考えていた矢先のこと。ルーグは店先で所有印の無いネオヒューマン──後のユーゴを見つけた。

 所有印とは大抵、購入者独自の家紋、サインであることが多い。

 それは購入されたネオヒューマンに『ブレーカー』がインプットされた際に付与されるものであり、つまり所有印がない=暴走した場合に制御するシステムが刻まれていないことを意味する。

 所有者のいないネオヒューマンは〈ストレイ・ネオ〉と呼ばれ、役場へ届け出るのが決まりとなっているが、ルーグはそれを無視した。

 理由は面倒だったのもあるが、一番は役場へ行きたくなかったから。……ルーグにとって役場の人間は、いけ好かない連中だったからだ。

 ──ルーグはネオヒューマンを、『人間』として見ていた。

 しかし役場の奴らはそうじゃない。徹底して非生物扱いするし、感情の断片を見せても容赦なくねじ伏せる。……幼少期、母と用事で役場へ赴いた際、決まって目にした光景だった。

 ユーゴという名も、ルーグが付けた。製品番号が八八-二二二二二#。見たことのない番号だったから、古代式端末の文字盤を元にしているのだろうと解読すると、『ユーゴ』となる。由来はそこからだ。

 ユーゴは酷く損傷していて、治すのに長らく時間がかかった。

 面倒くさがりなルーグが投げ出さなかったのは、しばらく店が暇で時間が余っていたこと。そして、瞳の色が弟と同じあお色だったから。


『早く、あの機械人形にトドメを刺せ!』

 どこからか、守衛の怒号が飛んでくる。


 ──させない。


 ユーゴに庇われ吹っ飛ばされた体は、節々に痛みが走ってガクついている。そんな足腰に鞭打って、ルーグは全力で、銃口の前に飛び出した。


「止まれ守衛ども! ……今こいつ撃ち殺したら、生身の人間である俺も巻き込んじまうぜ?」


 ルーグはターゲットであるユーゴに覆い被さるようにして、力の限り叫んだ。

 流石に殺すことには躊躇いがあるのか、司令塔らしき堅物が腕を降ろし、それに習って銃を構えていた隊員も、一旦引く素振りを見せた。


「青年よ、初めに警告する。ネオヒューマンの単独行動、及び主人のいないそれは廃棄対象に定められている。これ以上そのストレイ・ネオを庇えば、今度はお前が粛清対象と認められ最悪、──命を落とすことになるぞ」


「こいつは俺のもんだ。だからその『すとれい』なんとかじゃねぇ」


「……所有印が認められないが?」


「んな高価な権利、貧乏人の俺が買えると思うか? この服なんかもう五年は着続けてんぞ、お陰でもうツギハギだらけ」


「……命を捨てる覚悟は、できていると?」


「あぁ、やれるもんならやって──」


「待ってくれ!!」

 ルーグでも、司令塔の厳ついオヤジでもない。体の下から響く男らしい、人間と何ら変わらないこの声は……ユーゴだった。


「待ってくれ、こいつはバカなだけなんだ。役場の規則も法律も知らない、手が器用なだけの大馬鹿者だ」


「『知らなかった』で済めば、拘留している罪人の半分は釈放だな」


「あぁ、通用しないのは分かってる。……けど、俺が悪い。俺だけが悪いんだ。だからこいつは……見逃してやってくれ」

 

 ルーグを庇って受けた衝撃で、右腕と右膝から下がもげ、断面から複雑な……しかし、ルーグにとってはその一本一本に見覚えのある電子伝導パイプが、血管のようにはみ出ている。


「……お前ら、こいつみたいなネオヒューマン、見たことあんのかよ」


 気がつくとルーグは、そう口走っていた。


「こいつみたいに誰かを守ろうとして、デタラメでもいいから御託並べて、ショート寸前の電子回路で言葉叫んで……そんなネオヒューマン、会ったことあんのかっていってんだよッ!!」


「ネオヒューマンに、感情はない。機械全般やってんなら、どうせお前がプログラムした茶番劇。……違うか」


「──ッ!」

 あまりにも響かない。……まるで体温を奪われたかのような返答に、ルーグは唇を強く噛み締めた。


「すまないが、もう時間切れだ。……全体、構え!」


 たった一言で、こちらへ向けられる銃口少なくとも十数本。当時に発射されたものならば、二人の原型が残るかすら怪しい。


『発射十秒前!』


 ……普通なら即時だろうに、あいつなりの慈悲なのかもしれない。


「ユーゴ。お前人間になったら恋人がほしいって言ってたろ」


「今更、何を……」


「なってやるよ、お前の恋人。あと七秒ぽっきりだけどな」


 言うが早いか、ルーグはユーゴの発声機構……人間で言うところの口へ、己の舌をねじ込んだ。


 流れる電流のせいで、舌が時々ピリピリする。それでも動きを止めず、ルーグは乾いた柔らかいシリコンの上を、味わうように《舐》る。


 間近で見ても、ユーゴの顔はそこらへんにいる人間と変わらない。きめ細かく色白の肌、透明度のある碧の瞳、そして血色の良い……少々青く汚れた、形のいい唇。


「ルーグ、……ありがとう」


『……ゼロ』


 ──目を瞑っていたから、散り際あいつがどんな面をしていたかは拝めなかった。


 それでもカウントする、ドスの効いた声が少しだけ震えて、俺たちの余命を告げていた。……悲しさが滲んで聞こえたのはきっと、自分だけじゃないはずだ。




『七秒間の恋人』終

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