第14話 夜の精

 《ようやくドクと直接話ができた。お前たちが来る頃には何とか帰り着くはずだと……》

 カフェレストRamonaのオーナーでありサンダース・ファミリーの相談役ビフはそう言った。

 受話器を置き、ジョーは車に戻った。


 三日目の夜、そこはキャンプ場。

 ボビィはぐっすり夢の中、ずっと手を握っていたリリィもそろそろ目をこすり始めた。

 そこへジョーが車内に入ってくる。彼はいたわるように言った。


「寝たら?」

「え、ええ……でも」

「心配で眠れないか?」

「いえ……あなたこそ今夜は中で寝られた方が」

「いいよ。言ったろ? 俺は外が慣れてる」

 そう頷いてジョーはまた降りてゆく。

「鍵。中からちゃんと掛けとくんだぞ」

 シートにもたれ、リリィはジョーのことをしばらく考えた。



 今夜は月明かりが美しい。

 昼のように森を照らす。

 夜の精を感じながら、ジョーは積み置かれた丸太に腰掛け、静かに辺りを見渡した。

 彼にとって、今は夢のようだった。

 ――リリィ。こんな形だが、一緒に過ごせるなんて……。


 目を閉じる。胸が熱くなる。

 彼女の声、呼吸が今にも聞こえてくる。



 ……それは高校卒業前のダンスパーティーでのことだった。

 有り金はたいて手に入れた白のタキシード。

 ジョー=〝ジョセフ〟はやっとその舞台に立った。

 鼻をこすり、照れ臭そうにリリィのところへ。


「……あの… …お、踊っていただけませんか?」

 リリィは振り向く。鮮やかな、桃色のチャイナドレス。


「いいわよ」

 初めて手を握った。

「隣りのクラスの人よね? お名前は確か」

 彼は赤くなる。

「ジョセフ・ハーディング です、よろしく」

「ジョセフ。そう、ジョセフね」


 リリィはこわばった顔のジョセフを優しくリードする。

 夢のようなひと時。ジョセフは言った。

「俺、グレイヴスへ行くんです」

 そこは戦場。リリィは言葉を詰まらせた。

「……そうなの、あなたも入隊するの……」

 知っていた。彼女の恋人エイブラハムもそこへ行く。


「踊ってくれてありがとう。本当に、いい思い出になった」

 静止する二人。ジョセフはもう一度、心から言った。

「ありがとう」

「無事を祈ってるわ」

「うん。あ、最後に一枚、写真を」

 それも精いっぱいの勇気だった。

「笑って、リリィ」

 彼女は応えた。精いっぱいの笑顔で。

「ありがとう。それじゃあ……」

「じゃあ……」


 別れ。夜の精が見つめていた。

 月明かりの美しい夜だった。



 ジョーは目を開けた。天空の月を見上げる。

 ――俺はエイブラハムを救えなかった。君の愛する男を、救えなかったんだ。すまない。本当にすまない……。


 ジョーはスッと立ち上がり、車の前に立った。

 鍵は掛かっていなかった。

 二人の寝息が耳に届いた。


 毛布に包まるボビィ。

 横たわっている彼女の寝姿を見つめる。

 近づくジョーの手がゆっくり伸びる。

 伸びた手はそっと綿毛布を掴み、優しく彼女の肩まで。


 ――リリィ。君は、俺が守る……。

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