第495話 2つの婚約指輪

 ケイロトス様との一騎打ちの後、駆け寄って来た彼女達含めて、三人で抱きしめ合って喜んだ。(直ぐにルティルトさんと、シスコンお兄さんに引き剝がされたけど)

 他の観客の皆さんからも囲まれて称賛を受けた。特に若い男性陣は、「お爺様をよくぞ倒した!」と、握手を求めてくるほどである。どうやら俺と同じように、婚約の際に決闘して、ボコボコにされたそうだ。他にも訓練でしごかれたとか、お爺様は見た目通りスパルタだったようだ。

 それだけに、色々なスキルを駆使して戦い、勝利した事が快挙らしい。初めて見るスキルに関して質問されたり、最後の決め手となった〈プラズマブラスト〉の違いに関して聞かれたり、収拾がつかなくなる程である。


 結局、エディング伯爵が一喝して、騒ぎを収めた。観客席は結界式の暖房を効かせていたが、そこから出ると寒いからと、女性陣からの要請もあったようだ。そのままエディング伯爵が音頭を取り、屋敷の中に入る事となった。



 屋敷に入ったすぐ横の広い部屋は、パーティー会場に設えてあった。立食形式なのか、壁際に軽食やお菓子の並べられたテーブルが準備され、メイドがグラスに飲み物を注いでは配っている。部屋の中には等間隔に小テーブルがあり、複雑な刺繍が施されたテーブルクロスに、小さな生け花が飾られている。一見すると、結婚式を連想するような豪華さであるが、婚約なので似たようなものかも知れない。




「ソフィは、本当に良い人を見つけたのね。前の人は、素行が悪いなんて噂されていたから心配していたのよ。

 それに、もう仲の良い第2夫人候補まで見つけて……ウチの娘にも見習わせたいわ」

「ファイリーナ叔母様、ありがとう存じます。私達も仲良く出来るようにと、お揃いの衣装を仕立てたのですよ。

 この装備で管理ダンジョンも討伐して見せますわ」


 ソフィアリーセ様にエスコートされながら、挨拶回りをする。『エスコートする』ではなく『されている』のは、ソフィアリーセ様がレスミアとも腕を組んでいるからである。俺ではなく、ソフィアリーセ様が両手に花状態なのだ(俺は花ではなく鎧だけど)。一騎打ちの前にレスミアの紹介も済ませたようで、仲良しアピールの為、こうして挨拶回りしながらお揃いの装備を見せている。

 一方、今挨拶しているのは、トルートライザ様の妹君だそうだ。錬金術師協会のお偉いさんらしく、自己紹介した時にはダイエットカードの再入荷はいつになるのかと念押しされてしまった。

 因みに、この人の前は商業ギルドの幹部で、その前は騎士団幹部の叔父さんである。一族経営にしても、お偉いさんばかり集まっているようだ。

 続柄は叔母さんではあるけど、見た目は美人OLのようなファイリーナ様は、上品に笑い返す。


「ええ、苦労を共にした時の絆ほど、信じられるものですもの。あなた達も頑張りなさい。

 あら? こちらの猫さんも、お揃いの意匠なのね。可愛い……貴女もダンジョンメンバーなの?」

「ありがとうございますニャ~。私は白銀にゃんこで看板娘しているから、良かったらお菓子買いに来て下さいにゃ!」

「まあまあ、噂のお菓子屋さんね」


 レスミアの背中に隠れながら付いて来ているスティラちゃんは、女性に頭を撫でられる事が多い。それを利用して、ウチの宣伝もしてくれる良い子である。リスレスお姉さんには、ナールング商会の宣伝を頼まれていたような気もするけど、まぁ良いか。


 そんな感じで挨拶をして回っていると、治療と着替えを終えたケイロトス様が会場に姿を現した。これで役者は揃った。

 お披露目を開始するとの事で、準備されていた壇上へとソフィアリーセ様にエスコートされる。

 因みに、俺はミスリルフルプレートのままである。流石にフルフェイスの兜を取り〈ライトクリーニング〉で身綺麗にしたものの、貴族服に着替えず、そのまま鎧姿で出るようケイロトス様に指示されたのだ。



 壇上には演台が用意されており、俺とソフィアリーセ様だけで進み出る。レスミアとスティラちゃんは、最前列でお留守番。演台を挟んで、伯爵夫妻とケイロトス様が並び立った。

 親族の皆さんが自然と静まり返ると、荘厳な音楽が鳴り始める。思わず音源の方に目を向けると、部屋の角で楽器を弾いている数名の男女が居た。セーフ、どうやら伯爵家の楽師のようだ。

 そんな、音楽が流れる中、エディング伯爵が婚約を認めるといった内容の口上を、長々と述べる。そして、最後に、演台の上に出した契約書にサインをした。続いてトルートライザ様が署名し、隣のケイロトス様へ羽ペンを渡す……のだが、直ぐには書き始めようとせず、俺に鋭い眼光を向けたままである。


 流石に一騎打ちの勝敗を覆すよな真似はしないと思う。決心がつくまで待つつもりで、笑顔を返して暫し待つ。すると、隣のソフィアリーセ様が、俺の方に一歩近付き、くっ付いてくる。そして、「お爺様」と笑顔を向けると、ケイロトス様は根負けしたように、溜息をついた。


「……先程は初めて見るスキルばかりであったが、やはり報告書で読むだけでは理解が及ばぬ事も多い。後で仔細解説せよ。

 それと、スキル以外の剣術や格闘術は、まだまだ未熟。明日の午前中に稽古を付けてやるから開けておけ」

「はい! ありがとうございます!」

「お爺様、程々にお願いしますね」


 なんだかんだ言いながらも認めてくれたようで、署名をした後には口角を上げて笑みを浮かべていた。

 羽ペンを受け取ったソフィアリーセ様が署名し、最後に俺も、少し緊張しながら記入した。


 全員の署名が終わると、先程挨拶した商業ギルドのお偉いさん歩み出て来た。演台の契約書に手を置き、周囲を見て宣言をする。


「ここに婚約が成立したと宣言し、契約を行いましょう。署名をしていない縁者の皆様も、証人として立ち会うものとします。

では……〈魔法契約の遵守〉!」


 すると、契約書にスキャナーが掛かったように、光の線が上から走った。光の線に触れた文字が順に光っていき……全部の文字が点灯した後、一際強く光を放ってから、光が消えた。すると、マナインクで書かれた青い文字が、全て黒に代わっていた。

 事前に聞いていたが、これが商人系サードクラスのスキル〈魔法契約の遵守〉である。新興商人で覚えた〈契約遵守〉の上位互換だな。〈契約遵守〉は契約を破ると、契約者に知らせが行くスキルであったが、〈魔法契約の遵守〉では実際に罰則が下る。それは、契約を破った者のHPMPの最大値を8割削るという、厳しいものだそうだ。予め決めておいた賠償内容を支払うまでは解除されないので、余程重要な契約にしか使われない。


 今回の契約を大雑把にまとめると、『俺を婚約者としてヴィントシャフト家の関係者として遇する』事と、『俺が25歳までにダンジョンを攻略し、学園も卒業して爵位を得る』事、『ヴィントシャフト家の一員として、品位ある行動を取る(要は罪を犯して、赤字灰色ネームにならない)』事である。

 賠償内容は、大金貨10枚。


 俺としては、特にやる事は変わらないので問題ない。25歳というのも、学園卒業生がダンジョン攻略に掛ける時間のリミットだそうだ。18歳卒業なので7年。それ以上は、やる気無しか素質無しで、実家の援助が切られる頃合いなんだとか。



「では、最後に……ザックスが婚約のアクセサリーを用意している。この場で、交換するとよい」


 領主夫妻がケイロトス様を引っ張って壇上から降りると、BGMが変わった。甘ったるいというか、結婚式な流れそうな曲である。そんな雰囲気に押され、ソフィアリーセ様の方を見ると、頷き返してくれる。

 ……一騎打ち以外は予定通り、後は台詞を間違えないようにっと。


 ソフィアリーセ様が名残惜しむように、ゆっくりと離れていく。一旦離れて向き合うと、スッとマルガネーテさんが歩み出て来て、手にしたトレイを差し出した。トレイの上には、シルクで作られた白い花が置かれ、その中心にはダイヤの指輪が輝いている。先週、レグルス殿下逹を見送った後に発注していた物だ。1㎝程の大きさのダイヤモンドの存在感は大きく、それを支える台座にも見事な装飾が施されている。ツヴェルグ工房で見た高級アクセサリーコーナーのどの商品よりも豪華な見栄えだ。これならば、伯爵家の婚約指輪としても、申し分ないだろう。


 シルクフラワーごと指輪を持ち、その場で跪く。そして、捧げる様に差し出した。


蒼天そうてんよりも青く、蒼海そうかいよりも青い、サファイアの輝きを放つ、宝石髪の乙女よ。私の光の女神となり、我らの行く末を、その輝きで照らしたまえ。

 我が誓いの証として、相応しき金剛石を捧げましょう」


 観客が見守る中、ソフィアリーセ様が身に着けていたアクセサリーを外し始めた。左手の指輪を1つ、2つ外し、マルガネーテさんの持つトレイに置いていく。

 これは、こちらの風習である。女の子は成人する際に、母親から晴れ着用のアクセサリーを引き継ぐ。そして、婚約者となった男は、女の子の好みの贈り物をして、母親のアクセサリーを外させるのである。全部交換したら、『貴方色に染められました。結婚しましょう』と言う意味合いになるのだ。

 本日、ソフィアリーセ様が身に着けているアクセサリーは、5つである。


 そんなソフィアリーセ様は、更に右手のブレスレットも外し、トレイに置く。その時点で、観客席から驚きの声が上がる。ケイロトス様が「外し過ぎではないか?」等と言っている辺り、1対3の交換は珍しい様だ。


 指輪を外した左手を、こちらに向けて差し出してくる。予定にはない行動であるが、直ぐに察する事が出来た。シルクフラワーを一旦トレイに戻し、婚約指輪を手に取る。そして、そっと嫋やかな手を取り、その薬指へと指輪を嵌めるのだった。


 婚約指輪を嵌めた手を嬉しそうに見たソフィアリーセ様は、観客席にも見える様に手を翳す。すると、歓声が沸き上がる。特に女性の黄色い声が響いて、祝福された。


 これにて、婚約のお披露目は終了である。後はソフィアリーセ様をエスコートして挨拶回りの続きを……する筈だったのだが、ソフィアリーセ様がマルガネーテさんから耳打ちをされていて動けない。何かあったのかと思いきや、客席の方に引っ込んだはずのケイロトス様が壇上に上がって来る。そして、俺を押しのけるようにして、ソフィアリーセ様の前に立った。


「ソフィ、婚約おめでとうと、言わせてもらおう。

 しかし、これからダンジョン攻略に挑むのならば、数多の試練が待ち構えているのは想像に難くない。まだまだ、未熟者な若造に任せるのも、心配である。

 故に、祖父として贈り物を授けよう。私のコレクションの一つであるが、手入れは欠かしておらぬ。十分に実践で使えるであろう。ソフィの信頼する騎士に授けると良い」


 ケイロトス様は、手に持っていたロングソードを鞘ごと押し付けた。その重さにソフィアリーセ様がよろけそうになるが、マルガネーテさんが支えて事なきを得る。そんな様子を見たケイロトス様は、微笑んで踵を返し、俺の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でてから客席へと降りて行った。


 ……あー、とどのつまり、俺用って事か? 回りくどいな!

 ミスリルフルプレートから着替えさせなかったのも、ロングソードの授与に合わせたかったのだろう。


 暫し、呆気にとられたが、ソフィアリーセ様と目が合うと、互いに頷く。このまま続行だな。

 ロングソードを横に持ったままでは重いらしく、地面に立ててソフィアリーセ様が鍔を持って支える。


「わたくしの闇の神よ。今ここに、わたくしの騎士として、任命致します。

 我らに立ち塞がりし闇のヴェールを、この退魔の剣にて打ち払いなさい」


 俺は恭しく頷き返してから、剣に手を伸ばし、鞘と柄を握り受け取る。予想よりも軽い。柄頭が、メタリックグリーンに輝いており、風車のような紋章が刻まれている。もしかしなくても、ミスリル製のロングソードであるし、ヴィントシャフト家の紋章入りのようだ。贈り物にしては、かなり豪華な気がする。


 ……お披露目した方が良いよな?

 客席のエディング伯爵に目配せをして、柄を握っている様子を見せると、頷き返してくれた。許可が下りたようなので、周囲の安全確認をしてから、鯉口を切る。ゆっくりと引き抜くと、刀身がメタリックグリーンに照明の光を反射した。そのまま、右に抜刀し観客の視線を釘付けにする。そして、上に引き上げてから、眼前に構え直す。剣を十字架に見立てて、誓いの言葉を宣言した。


「ソフィアリーセの騎士の座、ありがたく頂戴致します。

 この剣に誓い、ソフィアリーセを守るだけでなく、家族を、一族を、領民も守れるような騎士になって見せましょう!」


 ちょっと、大言壮語に言い過ぎたか? と不安になったが、一瞬の静寂の後に、万雷の拍手と歓声に変わった。

 こうして、ソフィアリーセ様との婚約(領内限定)が成立したのである。


 因みに、後で〈詳細鑑定〉してみたのが、こちら。


【武具】【名称:氷柱のミスリルバスタードソード】【レア度:B】

・軽くて魔力伝達率が良い金属ミスリルで作られたバスタードソード。心材にアイシスメタルが使用されており、魔力を流すことにより、氷属性を帯びる。柄が少し長目に作られており、片手でも両手でも使用しやすい作りになっている。

・付与スキル〈怪力〉〈頑丈〉〈氷柱〉


・〈怪力〉:筋力値大アップ。

・〈頑丈〉:耐久値大アップ。

・〈氷柱〉:武器に氷属性を付与。攻撃に追加属性ダメージ中を加える。



 特殊武器ミスリルソードの下位互換みたいな付与スキルが付いていた。ただし、氷属性付きなので、部分的に勝っている。氷属性弱点なら、こちらの方が良い。ついでに、アビリティポイントを使わなくても良いのが大きい。

 ミスリルソードの〈軽量化〉が無く、ロングソードよりも少し長く、比較すれば重め。しかし、ミスリルの特性故か、普段使っている、ウーツ鋼製の雷のロングソードと同程度の重さである。つまり、俺としては、慣れた重さなので使い易そうである。両手持ち出来るので、強い斬撃を放てるのが売りかな。


 そして、ミスリル製で付与スキル3つって、どう考えてもお高いよな?と、思い〈相場チェック〉を掛けてみると、【5千万円】と表示された。

 お爺様のコレクション、凄い……





 婚約のお披露目の後は、パーティーが続けられた。ソフィアリーセ様は、ダイヤモンドの指輪を見違った女性陣に囲まれて、馴れ初めを聞かれていた。俺の方は、ケイロトス様に捕まって、一騎打ちの時の戦術の解説をした。その為、〈プラズマブラスト〉の銀カードが出来た事も告げると、エディング伯爵との交渉になったりした。


 パーティーは、途中から晩餐会に切り替わり、伯爵家の豪華な食事を頂く……のだが、手土産として、レグルス殿下から頂いた、王都のお酒を出したのがいけなかった。かなり良いお酒だったらしく、特に男性陣が喜んで飲み、俺にも勧めてくる。ケイロトス様の話に付き合いながら、ジャンジャン飲まされた結果、酔い潰れてダウンしてしまった。





 翌日。目が覚めると、最悪な気分だった。二日酔いで頭が割れそうだ。

 取り敢えず、〈ディスポイズン〉を掛けて、ストックの解毒薬(甘)も飲んでおいた。それで、ようやく頭が回り始める。

 見た事ない部屋と思ったら、伯爵邸に泊めてもらったようだ。

 窓の外は丁度明け方のようで、空が白み始めて来ている。そこから見える景色が、物凄く高いのだ。街の外、外壁の向こうの平原と、更に向こうの森、更に奥には横に長いジゲングラーブ砦が見える。こんな景色が見えるのは、伯爵邸の他にないからだ。


 バルコニーがあるので、気分転換に出てみると、冬の朝の冷たい空気が肌を刺す。少し寒いが、二日酔いの頭もすっきりしそうである。手摺りに近付いて、景色を楽しもうとしたところ、隣から声を掛けられた。


「ザックス様、おはようございます」

「ん? ああ、おはよう、レスミア。隣の部屋に泊まったのか?」

「あはは、昨晩は私もお酒の空気に酔っちゃいまして、ソフィアリーセ様に泊めて頂いたのは覚えています」


 そう言えば、朧げな記憶の中でも、ソフィアリーセ様が介抱していたな。

 そう言ったレスミアは、手摺りを飛び越えて、こちらへやって来る。そして、抱き着いて来た。


「ちょっと寒かったので、暖まらせて下さいね」


 取り敢えず、抱きしめ返しながら、少し元気がない事に気が付いた。まぁ、心当たりと言えば、昨日の婚約式だろう。レスミアも第2夫人予定として、仲良くしていたけど、思うところがあっても仕方がない。

 俺としては、年末の誕生日に渡すつもりだったけど、今の方が良いと判断し、ストレージからある物を取り出す。


「レスミア、ちょっと手を出して」

「えー、もうちょっと……」


 甘えてくるのが可愛いのだけど話が進まないので、肩を掴んで反転、背中から抱きしめる体勢に入れ替える。そして、手に持っていたダイヤモンドの指輪を見せてから、レスミアの左手薬指に嵌めてあげた。


「レスミアとの婚約の証として、この婚約指輪を送ります。これからダンジョン攻略に、貴族を目指す生活とか大変だろうけど、一緒の人生を歩いて下さい」

「……はい!」


 涙ぐんだレスミアは、それ以上声にならないようなので、声が出なくても良いように、口付けをして塞いだ。

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