第152話 空を切り裂く一条の流星

 地面に落ちたジャック・オー・ランタンへ追撃に向かっていたが、生えだした木々や草に呆気に取られ、足を止めてしまった。何の効果がある魔法なのかと警戒していると、今度は逆に枯れ始める。立派に成長した木に、ジャック・オー・ランタンから伸びたヒゲ根が絡み付くと、枯れ木に成り果てた。ヒゲ根が地面に刺さった所では、生い茂った草むらが一斉に、茶色く干からびていく。

 春から秋まで、瞬く間に変わりゆくような光景だった。

 ヒゲ根が栄養でも吸い取っている? ハッと思い出した。


「植物を吸収して回復しているぞ! ヒゲ根を切れ!」


 周りに呼び掛けながら、光剣を操って攻撃を開始する。今のヒゲ根を切っても、何故か伸びて来ない。此れ幸いにと、大きく伐採しながら本体に走り寄り、聖剣で大きく切り裂いた。


 更に駄目押し!

 ベルトに挟んでいた物を引き抜き、その傷口に突き立てた。物のついでに、3本ほどぶっ刺しておく。

 これは毒矢をローガンさんに渡した際、一緒に取り出しておいた柄付きの毒針だ。アイスピック状なので本当に肉薄しなければ使えないが、剣を振るう距離ならば問題ない。巨体なので毒が回るのには時間が掛かるかもしれないが……



 毒針を全て刺し終えたので、別の場所も聖剣で切りつける。本体も大きく横に10m以上ある巨大カボチャだ。ただ、こちらは相変わらず再生が早い。少々切りつけてもダメージにならないので、切り方を変えて本体から切り離したり、傷口を〈フレイムシールド〉焼いてもらったり、毒矢を撃ち込んでもらったりして、ダメージを重ねていく。


 そんな時、ジャック・オー・ランタンの本体が持ち上がった。片側の根は潰したはずなのに?!

 驚き上を見ると、切り落とされた断面から、細長い根が生えていた。さっきの植物吸収で新たに再生させたのか!

 巨体を支えるのは無理そうな細い根だが、短時間の間だけ持ち上げるには十分だったようだ。

 浮き上がったジャック・オー・ランタンの下を、太い何かが迫って来る。それは無事な反対側の根だ。無理矢理気味に振るわれた太い根が、俺達を薙ぎ払った。



 咄嗟に聖剣を盾にしたものの、吹き飛ばされて地面を転がった。

 速度が落ちたところで、地面を叩いて起き上がる。聖剣は落としてしまったが、ミスリル装備だからか、あまり痛くは無い。たかがHP10%程度だ。他のメンバーも大なり小なりダメージを負っているが、健在のよう。〈フレイムシールド〉を張っている3人は軽症だが、ローガンさんだけが25%とダメージが大きい。


 フノー司祭に回復を頼もうとした時、ジャック・オー・ランタンが口を開く。その内側、10個以上の魔方陣が黄緑の光を放った。


「俺を狙え! カボチャ野郎!」


 魔方陣から射出された魔法の玉が降りそそぐ。〈ヘイトリアクション〉の効果で半数がオルテゴさんに向かっているが、〈フレイムシールド〉で受け止めていた。

 俺の方にも数発飛んで来ているのが見える。ジャベリン程の速度は無いので、躱そうとした時、 左足が動かない。何事かと目を向けると、地面から生えたヒゲ根が左足の具足に絡み付いていた。周囲は枯れ草ばかり、植物を吸収しに来ていたヒゲ根だ。


 最早、飛んで来る玉を避けるのは不可能。直撃コースの玉を右手の裏拳で迎撃した。しかし、外側に打ち払った筈の玉が解けて、右腕に絡み付く。同様に左手で受け流そうとした蔦玉も解けて絡み付く。

 体への直撃は避けたが、両手に蔦が絡み地面に固着されてしまった。左足もヒゲ根が絡み付いているので、動く事すらままならない。無理矢理にでも引き千切ろうと力を込めようとした時、ローガンさんの助けを求める声が聞こえた。


 声の方へ目を向けると、蔦に雁字搦めにされたローガンさんが倒れている。そこに再生した細長い根が胴体に巻き付き、持ち上げていった。


「なんじゃあ、コイツ! 儂を食う気か!おおおおぉぉぉぉ……」



 そして、本体よりも上に振り上げ、オーバースローのように投げ放つ。放り投げられたローガンさんは遠くの森へと消えていった。

 唖然として見送ってしまったが、視界に映るHPゲージがグンッと減って半分を切っている。ゲージの減りは止まったので即死はしていないようだ。雪が積もっている森なので、クッションになったと思いたい。


 よもや、殺しにくるのではなく、戦闘除外しに来るとは……某酒場まで飛ばされないだけマシなのだろうけど、墜落するから下手すると死ぬぞ。


 拘束されたままだとマズい。左足に絡み付いたヒゲ根を、空いた右足のミスリルの具足で蹴りつけて千切る。次に腕と地面を繋ぐ蔦を蹴り千切ろうとするが、気配を感じて振り向くと細長い根が迫って来ていた。

 捕まれば、俺も放り投げられる!? その危機感から、苦渋の決断をした。


「〈強制解除〉!」


 新スキルではなく〈緊急換装〉の2枠目だ。セット内容は聖剣を始めとした村の英雄、魔法使い、罠術師などの決戦装備だ。ただし、そこにミスリルフルプレートは入っていない。故に発動キーワードを強制解除とした。


 おさらいしておこう。〈緊急換装〉で特殊防具の鎧を設定していれば、変身する様に自動で着せてくれる。その際、元々来ていた硬革装備はストレージに格納される。しかし、ミスリルフルプレートをポイントに戻した場合は、鎧が消えるだけで硬革装備はストレージに入ったまま。


 つまり、鎧下やズボン、靴下だけになってしまう。寒さ対策で少し厚着はしているものの、ほぼ普段着だ。防御力など0に等しい。

 ただ、その鎧の分だけ隙間が出来る。絡まっていた蔦から腕を引き抜き、拘束から脱出した。そして、後ろから迫る細長い根から距離を取る。


 直ぐに〈緊急換装〉を使用してミスリルフルプレートを纏いたいが、クールタイムがあって連続使用は出来ない。腰の剣帯に再装着された聖剣を抜き、細長い根を切り払う。鎧を纏えるまでの時間稼ぎに徹しようとした時、本体の近くで戦っているレスミアが声を上げた。


「ザックス様! 上から来てます! 避けて!!」


 その声に、上も確認せず咄嗟にステップを踏んで横に跳ぶ……つもりが足元の枯れ草に足を滑らせて片膝をついてしまった。


 ……しまった!

 今までは靴底の追加スパイクや、ミスリルフルプレートの〈接地維持〉のお陰で気にも留めなかったが、靴下じゃ滑るに決まっている。そして、腹に何かが巻き付いたと思いきや、上に引っ張られた。気分は高速エレベーターか、逆バンジーか。急激なGに耐えながら、腹に巻き付いた物を掴む。


 速度が緩み、周囲を見る余裕が少しだけ出来る。根に持ち上げられながらも、俺を掴んだのは再生した細長い根だった。8本も太い根を倒したのに、再生したのが1本な筈はないか……

 今度は前に加速し始めた。ローガンさんが投げられるところを見ていたから分かるが、オーバースローで投げる途中だな。加速のGに耐えながら、根を強く握る。


 そして、腹の根が解けて飛ばされる瞬間、筋力値補正の馬鹿力を乗せて、指が根に程に強く握った。

 投げ飛ばされる勢いと、自身の体重が両腕に掛かる。必死で耐えながら、余分な重さが無い分、鎧を着ていなかった事に感謝して……いや、鎧を着ていたら足を滑らせる事もなかったか。


 しかし、飛んで行かなかったからといって、降ろしてくれる筈もなかった。今度は逆方向に振り回される。さながら手に付いたゴミを振り払うかのように、2度3度と振り回された。それにも必死で耐える。下から声がする気もするが、聞いている余裕も無い。


 俺が飛んで行かない事に業を煮やしたのか、Gの掛かる方向が変わった。下への急降下からの急上昇。縦方向のGに耐えながらも、全力で命綱の根を掴み続けていた……が、ブチンッと言う音と共に、空へ投げ出されてしまった。


 度重なるGで意識が朦朧とする。


 次第に体に掛かるGが弱くなり、少しだけ目を開けると、顔の前に揺れるストラップ付きのワンドが見えた。鈍くなった思考ではなく、感覚的に掴まないといけない気がして、根を捨ててワンドに手を伸ばす。


「ぁ、かっ、〈かーむねすぅ〉」


 途端に思考がクリアになる。危なかった、ベルトとストラップを繋げていたお陰でワンドを落とさずに済んだ。

 下に見える地面、ジャック・オー・ランタンが見える。その側に小さな炎が見えるが〈フレイムシールド〉か? 随分と高く飛ばされたようで、戦闘していた雪原から周囲の森までよく見える。一面の雪景色に少しだけ目を奪われるが、そんな状況でないことを思い出して、打開策を練り始めた。


 落下して大丈夫か? 耐久値とHPには、村の英雄の中アップ補正があるので、耐えられると思いたい。ローガンさんも無事だったみたいだし、受け身は苦手だが多分いける。


 いや、それよりも丁度ジャック・オー・ランタンの真上近くだ。スカイダイビングの要領で大の字に手足を広げ、位置取り調整を試みる。このまま着地と同時に聖剣で突き刺してやろうか? この落下エネルギーを叩きつけてやれば……

 いや、聖剣は落として来たし、聖剣は切れ味が良すぎて、落下エネルギー云々は攻撃力に転化しないだろう。そもそも、再生力が高いから刺しただけでは駄目だ。傷口を焼かないと……ブラストナックル?

 いや、籠手だけ着けて墜落しながら殴るとか、超人ヒーローじゃあるまいし腕がげるわ!


 そうなるとアレしかない。地面が迫って来ているので、特殊アビリティ設定の画面を出して手早く操作。ついでにジョブやスキルも入れ替えて閉じる。


 手の中に長大なツヴァイハンダーが現れた。特殊武器10pの紅蓮剣、重くて振り回すのは厳しいが、落下するだけなら問題ない!


 柄を両手で握り、切っ先を下に向ける。そして、全身の魔力を腕に集め、紅蓮剣に流し込む。魔力という燃料を燃やし、鍔から炎が噴き出した。魔力を大量に消費する高揚感と、迫る地面への恐怖心を消すため、自然と口から咆哮が上がる。


「うおおおおおおおお!!!」


 鍔から切っ先へ、更にその先のジャック・オー・ランタンに向けてガスバーナーの如く炎が降り注ぐ。見えた!ジャック・オー・ランタンの真上、そこはアネモネの花が咲いていた場所。焼き焦がす炎の道を進み、紅蓮剣が突き刺さった。



 剣が根元まで刺さる直前に、体を曲げて無理矢理、両足で着地した。痛みどころか、骨が軋むような音が聞こえた気がして、思わず膝をつく。それでも柄からは手を離さずに魔力を注ぎ続ける。鍔までめり込み、柄しか外に出ていないが、中では炎が荒れ狂っているはず。


 そう信じて魔力を注ぎ続けると、下のジャック・オー・ランタンが暴れ始めた。残っている太い根と細長い根をバタバタと動かし、足場にしている本体が揺れる。抵抗するってことは、効いている証拠だ。


「カボチャなら! 大人しく料理されてやがれ!!!」 


 後はMPが尽きるか、ジャック・オー・ランタンのHPが先に尽きるか、我慢比べだ。柄を握りしめて体を支え、全力で魔力を紅蓮剣に叩き込んだ。





「おお! 口から火が噴き出したぞ!」

 そんな声が下から聞こえ、意識を外に向けた。既にMPゲージは1割を切っており、頭痛が酷い。


 いつの間にか、ずっと暴れていた太い根が動きを止めていた。地面に転がっており、ピクリとも動かない。倒したのか?

 何か確認方法は……〈敵影感知〉の圧力を感じなくなれば……って装備していない。追加スキルに入れようと、ステータスを開いたところで基礎レベルが28に上がっている事に気が付いた。

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