第147話 出陣
翌朝、教会の礼拝室というか、会議室で工作をしていた。パーティーメンバーが集まるまでの暇潰しだな。隣に座ったレスミアが興味深そうに覗き込んでくる。身体が密着する程ではあるが、モコモコに着膨れしているので、あまり役得感は無い。
「レスミア、今から着込んでも暑いだけじゃないか? 」
「朝方は寒いくらいだったので、丁度良かったんですけどねぇ」
そう言いながらコートを脱ぐと、甘い香りと爽やかな香りがふわっと広がる。爽やかな香りは、ポプリにしていたパララセージだろう。
その香りに少し心拍数を上げながらも、作業を続けていると入り口からオルテゴさんが入って来た。
「おはようございます。凄い重装備ですね」
「おお、お早うさん。現役の時の装備だが、なかなかカッコいいだろ! 昨日、倉庫から引っ張り出して、手入れしといたんだ。重戦士のスキルのお陰で、なんとか戦闘も出来そうだろ」
昨日までの硬革鎧とは違い、金属製の部分鎧になり、盾も大型化している。重くて山歩きには不向きと言っていた装備だろう。重戦士には重量装備を、楽に身に付けられるスキルがあると雑談で聞いたが、それがあっても重そうだ。
「それで昨日、鉈では氷の蔦が切り難かったって、ぼやいてたじゃないですか。サンダーディアーの角から、雷属性のショートソードを作ったんですけど、良かったら貸しましょうか?魔力を流せば、雷属性の追加ダメージが入る代物ですよ」
ストレージから雷のホーンソードを取り出し、オルテゴさんの前に置いた。昨日の夜に、角から作成した雷属性武器だ。
【武具】【名称:雷のホーンソード】【レア度:D】
・サンダーディアーの角から作られたショートソード。魔力を流すことで雷属性を帯びるが、追加ダメージを与える程度。相手を麻痺させるには威力が足りない。
・付与スキル〈雷〉
長い雷玉鹿の角を半分に切り、手持ちの鉄のショートソードを参考にして切り出し、木製の柄を付けた物だ。〈メタモトーン〉だと魔力の流れを潰してしまいそうだったので、聖剣で切り出している。流石に鞘を作る時間は無かったので、ショートソードの鞘を流用している。麻痺は無いが、雷属性の追加ダメージがあるだけでも良い。
テーブルに置かれたホーンソードを手に取り、鞘から引き抜いたオルテゴさんは口角を上げて嬉しそうに笑った。
「ちょっと軽いが、良さそうじゃないか。これで氷の蔦は切れそうか?」
「木で試し切りした感じでは、ショートソードよりは切れ味が良かったですね。後は属性ダメージが、どれくらいかに寄りますけど」
「なるほど、あの花のレア種と戦う前に試し切りしたいところだな……レスミアの嬢ちゃん、そんな目で見てどうした?」
「なんでもないですよ……気にしないで下さい」
ちらりと見ると、少しだけむくれた様にホーンソードを見ていた。
角の太い方も削り出し、同様のホーンソードを作ってレスミアにプレゼント済みだ。朝一で雑貨屋の在庫から、気にいる鞘を探していた。氷の蔦相手に手数がいるからと、ウルフテイルとホーンソードを両方装備する程に。
ただし、俺とお揃いのホーンソードだと思って喜んでいたのに、オルテゴさんに貸し出すというのが不満だったらしい。気に入ってくれたと思っていたが、お揃いだからと言う理由には思い至らなかったよ。女心は難しい。
因みに今作っているのは、角を切り出した際に出た端材をコネコネした鏃だ。レア度のせいでMP消費が多かったけど〈MP自然回復極大アップ〉も付けているので出発までには回復するだろう。
【武具】【名称:角鏃の矢】【レア度:E】
・サンダーディアーの角から作られた矢。魔力伝導率が悪い木材でシャフトが作られているうえ、鏃の素材の劣化が激しく雷属性を発揮することは出来ない。
大量に在庫がある鏃無しの矢に、取り付けてみたが、効果が消えてしまった。魔力の通りが良いスタミナッツの木か、プラスベリーの木を使うべきだったか? いや、素材の劣化はコネコネした影響かも知れない。
しばらくして調査パーティーのメンバーと村長が全員集まった。フノー司祭が重々しく口を開く。
「昨日の夕方に22層が、そして明け方に21層に入れなくなった。このペースで行けば、騎士団が来る前に侵略型レア種が外に出て来るのは間違いないだろう」
その言葉に騒めき立つ。招集があった時点で予感はしていたけどな。しかし、疑問も湧いた。だいたい半日で21層が侵略されたのなら、残りの20層分で10日は持つ筈ではないだろうか?
騎士団が間に合わないと判断した基準を聞いてみると、
「侵略型はその階層を支配すると上に進む。それを踏まえて、21層の広さを思い出してみろ。ローガン、地図を描いていたお前ならよく分かるだろ」
「そうじゃな。20層と比べれば4倍以上は広いと思うぞ」
「つまり、単純計算で半日もすれば、4階層分も支配が進むって事だ。俺としては村での防衛は無理だと思っとるからな。 俺達で討伐……無理なら支配を遅らせるようにしたい」
防衛が無理な理由は周辺の地形にあるそうだ。
このランドマイス村は農業が盛んで、面積もかなり広い。その農業を支える為、近くの川から引かれた農業用水も張り巡らされていた。そして、近くにダンジョンがあるため、外周部は丸太の防壁と外堀に守られている。外堀は農業用の排水のため全域ではなく、ダンジョンがある方面のみだ。
今回は、その外堀から川へ戻る、排水用の小川が問題だった。ダンジョンの近くを通っているため、そこをリーリゲンの群れに陣取られると〈アクアニードル〉が連射し放題になる。更に小川を遡上されると外堀に到達し、丸太の外壁なんてあっという間に破壊されるのが予想された。
21層では、果樹園手前の小川で似たような目にあったからな。
ダンジョンの入り口に陣地を作っても、物量で押され、川を占拠されたら俺達と自警団だけじゃ抑え切れない。それがフノー司祭の出した結論だった。
「次の20層が支配される前に突入したい。フルナ、頼んでいた防寒着とかは準備出来たか?」
「防寒着は急ぎで作ってもらったから、なんとか揃えたわ。他の薬品も配るわね」
受け取った毛皮のマントは、装備品の上からでも羽織れる様にかなり大きめで、フードまで付いている。サーベルスタールトの毛皮が何枚も使われているようで、灰色と黒の模様が気に入った。
それに雪道対策で、ブーツに巻き付ける靴底の追加スパイク。
他には、赤い水筒竹のようなヴァルムドリンクが1つ。水色の薬瓶のマナポーションが5本。青色の薬瓶……ポーションが5本。そしてエンチャントストーンが1個。
【薬品】【名称:ヴァルムドリンク】【レア度:C】
・火属性で強化された生姜が主成分の飲み物。体を温め、状態異常の凍結を防ぐ。飲んだ量によって効果時間が長くなるが、飲み過ぎると発熱量も高くなるので注意。
・錬金術で作成(レシピ:ゴーストペッパー+水筒竹+踊りエノキ+イングヴァルム)
【薬品】【名称:マナポーション】【レア度:C】
・MPを回復させる薬品。高濃度のマナを人体に取り込みやすく調合されているが、回復には時間が掛かる。MP+30%(5分)
・錬金術で作成(レシピ:歩きマージキノコの幼体+魔水晶+氷結樹の実)
「ヴァルムドリンクは効果に時間制限があるから、レア種との戦闘前に飲むようにして。身体が温まるだけでなく、凍結の状態異常も防げるわ。ポーションやマナポーションの方は、飲んだ後に徐々に回復するから、早め早めに飲んでおきなさい」
「あの、俺だけマナポーションを5本も貰って良いんですか? 1本5万円とか値札を見た覚えが……」
「主力の貴方に渡さないでどうするのよ! 範囲魔法も、聖剣から出る光剣もMP消費が多いのなんて、見ていれば分かるわ。ガンガン魔物を倒して頂戴。
回復の要のフノーに1本、私も1本持っておくけど、これが在庫の全部なの。後は旦那が素材を入荷して戻ってくるまでは、作れないわ。あぁヴァルムドリンクの材料もね」
ムッツさんが街に向かって丸3日が経過しているが、フルナさんの実家がある別の街に調合品を降ろしに行っているので、帰って来るのは、まだ数日掛かるそうだ。
つまり、凍結を防止しながらレア種との戦えるのは一度きり。失敗したら、遅滞戦闘をしながら騎士団の討伐隊を待つしかないという訳だ。
「全員受け取ったな。作戦は考えてはきたが、それは向かいながら話そう。出来れば20層の休憩所まで行きたいからな。
では、行くぞ!」
フノー司祭の掛け声に、全員が声を上げて立ち上がった。
教会の外に出ると、広場には村人が多数集まっていた。レア種の噂を聞きつけた人達だろう。人だかりが割れて、村の外へ道が出来ると、フノー司祭を先頭にして歩き出した。
周りの人達から、声援を受けながら、道を歩く。
「頼んだぞ!」「騎士団が来る前にやっつけちまえ!」「気合い入れて行きな!」「レスミアちゃんも無茶するんじゃないよ!」「毛皮、また取ってきてね!シュピンラーケンもよ!」
皆、知り合いの声援に答えている。俺も顔見知りの人に答えたり、ジニアさんに闘魂注入で背中を叩かれたりしながら進んだ。なんか変な声援も混じっていた気もするけど、見覚えがない娘さんだったのでスルー。
広場の中央を過ぎると、用水路沿いに小学生くらいの子供が沢山いた。学校の授業を中断して応援に来てくれたらしい。
フルナさんが駆け寄り、2人の子供の頭を撫でる。1人は見覚えがある、ムトルフ君だな。俺に気付いたムトルフ君が、母親が話しているのを余所に、何かジェスチャーを始めた。まるで腰から剣を引き抜くように……ああ、聖剣を見せてくれと言う事かな? 子供にサービスするくらいはいいか。
既に装備していた聖剣を抜刀し、見えやすいよう天に向けて掲げた。子供達の歓声が上がると、それが周囲に伝播していき、広場全体から歓声が上がる。
全周囲の熱狂に驚いていると、左腕にレスミアが腕を絡ませて、こっそり耳打ちしてきた。
「置いて行かれてしまいます。軽く手を振って応えたら、早く行きましょう」
聖剣を納刀し、レスミアに腕を引かれ、その場を脱した。
村の入り口までやって来ると、以前騎士団がテントを張っていた空き地に、薪や枯れ枝、藁等が、それぞれ山の様に積まれているのが見えた。奥の方では自警団が薪割りをして、細かくした薪束を山に積んでいる。
その前でフノー司祭とローガンさんが周りの人達に礼を述べた。
「結構な量が集まったな。みんな、良く集めてくれた。お陰でレア種との戦いが楽になる! ザックス、アイテムボックスに格納してくれ」
山と積まれた薪を回収して行くと、その影にビニールに入ったラードも小山になっていた。これは、各家庭から提供された燃料だ。まだ秋口なので調理用なら兎も角、暖房用の薪などはそれほど必要ではない。ダンジョンから取れるパペット君の丸太や、肉狩りのハズレ枠のラードは余らせている家庭も多いので、村の防衛の為に提供して貰ったそうだ。
昨日の防衛会議で決まり、大急ぎで周知され、今朝には皆が持ち寄ってくれた。広場に人が集まっていたのは、見送りや応援に来ていただけでなく、これらを持ち寄ってくれた人達だった。
そして、俺達は村の人達に見送られて出発した。ダンジョンまでの道中では、フノー司祭から作戦が話されたが、フルナさんの作った爆弾や、俺の特殊武器の話も盛り込んで修正していく。
ダンジョンの前では、自警団が周囲の木を切り出していた。レア種の特性として、木を吸収する力がある事が分かっている。その為、万が一外に出てきた場合を考えて、ダンジョンの近くにある木を伐採しておき、切り出した丸太は、ついでに防衛陣地用の柵にするらしい。村の外壁で見かけたような、丸太を並べただけになるとローガンさんは言う。
「儂らも陣地構築なんて、訓練を受けている訳では無いからの。外壁の補修が精々じゃ。無いよりはマシじゃろ」
〈アクアニードル〉で簡単に破壊されそうだけど、俺も陣地構築なんて知らないからな。
ダンジョンのエントランスで、鳥居型の転移ゲートを操作すると、まだ20層は選択する事が出来た。ただし、現在の時刻は8時半、グズグズしていると占領されてしまうかもしれないと、直ぐに降りる事になった。
20層は雪が積もり、雪原と化していた。
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