第142話 黒い奔流

「〈敵影感知〉でも、そこら中から気配がしたからのう。数は分からんが、多いのは間違いないぞ」


 モンスターハウスは起こらない筈なのに……収穫を終えてから、一旦引き返して距離を取った。


「フィールド階層なのに10匹以上か……これはアレか?」

「アレしかないと思うわ。まぁ、ザックス君に聖剣を使って貰うしかないでしょ。どの道、統率型なら数が増える前に倒して欲しいし……実績はあるしね」


 フノー司祭とフルナさんに目を向けられるが、アレとは?レスミアに目を向けても、小首を傾げているので知らないようだ。


「聖剣を使うのは構いませんけど、アレって何ですか?」


「モンスターハウスでも無いのに、魔物が群がっている。レア種に違いないわ。レスミアちゃん、魔物は何が多かった? 犬だったら、犬のレア種が統率している可能性が高いと思うの」


「〈猫耳探知術〉で聞けた範囲では、犬ばかりでした。動かない百合の花が居るかは分かりませんけど……」


 そう言えば、11層のフェケテリッツァもワイルドボアを従えていたな。異変の影響なんて、階層が増えるだけで終わって欲しかったけど、やっぱり只では終わらないか。

 まぁ、モンスターハウスに駆け込んで、否応無しに囲まれるよりかはマシと考えよう。



「魔物が群れている所に突っ込んで戦うなんて、自殺行為だからな。トリモチと聖剣が活かせる場所を探すぞ」


 階層の中心部に魔物が集まっているようなので、気付かれない距離を保ちながら、周辺を探索し陣地として使えそうな場所を探した。




 そして、小高い山を見つけたのだが、ここも木々が多くて見通しが悪い。森林フィールドだから仕方がないけど、光剣をロックオンし難いのだ。なので、聖剣で木を伐採してはストレージに回収していた。木を豆腐のように切り、素早く格納すれば音も殆ど出ない。魔物に気付かれずに、山を禿山……丘にするのに然程時間は掛らなかった。木が無くなると〈くくり罠〉で宙吊り出来無いけど、元々サーベルスタールトには効果が薄いので問題ない。

 伐採が終わると、斜面に〈トリモチの罠〉を仕掛ける。全面に敷くのは流石に手間なので、市松模様のように飛び飛びに仕掛けておく。


 俺の作業中、魔物の群れが来ないか見張りをしてくれていたローガンさんに声を掛けて丘の上に戻ると、他のメンバーが作戦会議をしていた。


「おう、お疲れさん。すまんな、陣地の構築を任せちまって」


「いえ、トリモチを設置するついでなので、大した手間では無いですよ」

「普通は重労働なんだけどな……」


 レスミアからリンゴ水のコップを受け取り、美味しく頂く。水筒竹の水も良いけど、スポドリっぽい仄かな甘味が好きだ。

 全員が揃ったところで、作戦の説明が始まった。


「今回はレア種、及び配下の魔物をここに誘き寄せ、丘の上からザックスの光る聖剣で倒す。

 トリモチに掛かった犬は後回しでいい。罠の合間を擦り抜けた奴や、側面から迂回してくる魔物はオルテゴの〈ヘイトリアクション〉で引き付け、他のメンバーで倒す。

 そして、肝心の誘き寄せる役はローガン、頼んだぞ」


「〈潜伏迷彩〉が使えて、弓で遠距離から魔物を釣れる儂が最適じゃな。逃げて来る時は援護を頼むぞ」


 因みにレスミアも立候補したけど、却下されたそうだ。足の速さには自信があるそうだけど、女の子を囮にするのはちょっとな。自重して欲しい。


「勇気ある者に神の祝福を……〈ホーリーシールド〉!

 神の奇跡があれば、万が一攻撃を受けても大丈夫だろ。慌ててトリモチに引っ掛るなよ!」


 ローガンさんは〈潜伏迷彩〉を使用して姿を消すと、足元の落ち葉を踏み鳴らし、丘を下って行った。他人が使うところは初めて見たが、あんな感じなのか……レスミアに指摘されていたけど、確かに足音が消せていない。パーティーメンバーなので〈敵影感知〉は効かないけど、気配も薄っすらと感じるような気がする。



 そんな事はさて置き、迎撃準備に入る。全員に〈ホーリーシールド〉を掛けてもらってから配置についた。


 俺のポジションは丘の頂上だ。なるべく全体が俯瞰出来る位置で、光剣の操作に集中したい。

 隣の弓を持ったレスミアは〈猫耳探知術〉による索敵と、俺の近接護衛だ。正面方向から誘き寄せる予定なので、丘の側面や裏側は木の伐採をしていないしトリモチも無い。万が一、迂回された場合を心配して、俺の隣を買って出てくれた。心配してくれているのが分かって、ちょっと嬉しい。

 光剣の操作に集中していると、自分の周囲にまで気が回らないからな。例えるなら、頭でシューティングゲームをしながら、剣道の試合をするようなものか? 頭が1つじゃ足りないって。



 そこから少し下には、残りのメンバーがいる。斜面のトリモチゾーンを抜けて来る魔物を迎撃する手筈だ。


「〈プリズムソード〉!」


 呼び出したのは3本の光剣。サーベルスタールトの弱点の青い光剣に、上位属性の黄色と紫色の光剣。

 レア種が何の属性か分からないけど、上位属性なら一定の効果はあるはず。フェケテリッツァは弱点無しだったからな。


 黄色と紫色のロックオンカーソルを操作して斜面の下、切り拓いた広場の左右に降ろした。カーソルを弄ってZ軸を固定。3本もの光剣を三次元に動かすのは結構難しいので、以前見つけた座標固定の機能を使ってみる事にした。広場で踊らせるなら、XY軸の平面で十分だからな。


「「「ワオーーーン!!!」」」


 狼の遠吠えが鳴り響く。


 おそらく、サーベルスタールトの攻撃力アップのバフの掛け合いだろう。

 青色のカーソルを視線で掴み、いつでも射出出来るように待ち構え…………遠吠えが木霊のように連鎖して止まらなかった。小高い丘に居るといっても、目の前の森を見通せるほど高くない。ただ、それでも森のあちこちから、遠吠えが上がっているのが聞こえる。レスミアなら何匹鳴いているのか聞き取れるかと聞こうとした時、隣から声が聞こえた。


「ローガンさんが来ます。追い付かれそう!」


 その言葉の直後、正面の森からローガンさんが現れた。歳を感じさせない速度で駆けてくるが、その後ろに追随する黒い影が居る。

 背中に矢が刺さったのサーベルスタールトが、その牙を剥き出しにして飛び上がった。


 色違いなんて気にする暇など無く、構えていた青色の光剣を射出した。そして、丘上から斜め下に飛んで行く光を見届ける事なく、次のカーソルを操作し、右に、左に動かして斬撃指示出す。


 レア種らしき黒いサーベルスタールトは空中に飛び上がったまま、青い光に貫かれ、左右からの黄色と紫色の斬撃に挟まれて両断された。


 予期せず、ハサミのように斬られたけど偶然である……いや、そんな事より、やけにあっさり倒せたな。シベリアンハスキーの様な毛並みの、サーベルスタールトとは色合いが違う。フェケテリッツァを思い出す黒い毛並みなのに……


「次が来ます! 5……いえ、その後ろにも!」


 レスミアの声に、疑問を放り投げて青色のカーソルを掴む。

 程なくして、森の奥から黒いサーベルスタールトの群れが飛び出してきた。一目散に、こちらへ向かって来る。

 その標的であるローガンさんは、無事に逃げおおせているので大丈夫だろう。既に斜面のトリモチを避けながら登って来ている。ただ、それでも後続がいるなら早めに片付けないと。先頭の1匹に向け、青い光剣を射出した。


 先頭のサーベルスタールトを貫通し、背後を走る1匹の頭に突き刺さる。次いで黄色と紫色の光剣が、カーソルの軌跡をなぞる様に一閃、別の3匹が胴体を横一文字に切り裂かれ「キャインッ!」と意外に可愛い悲鳴をあげた。


 切り口が浅い!

 またこれだよ。弱点属性は圧倒的に強いけど、その他の属性だと一撃では倒せない。

 斬られた3匹は速度を落としているので、再度カーソルを動かして2回目の斬撃で倒す事が出来た。

 残り1匹は広場を駆け抜け、斜面に入った所のトリモチに引っ掛かったので放置だ。


 しかし、息つく暇も無く、次の群れが姿を現した。木々の合間を擦り抜ける様に、次々と駆けて来る。第2波の数を数える前にカーソルを動かし、光剣を踊らせ続けた。





「オルテゴさん! 右から3匹迂回して登って来てます!」

「おうっ、任せろ! 犬っころ供!俺が相手だあああ!!!」


 レスミアの指示で〈ヘイトリアクション〉が使用された。斜面の右の森から引き寄せられた黒いサーベルスタールトが現れ、トリモチに掛かっていく。偶然にも罠が無い所を駆けて来た1匹は、オルテゴさんに飛び掛かるが、盾で受け止められたところをフノー司祭のバトルメイスで殴り飛ばされて行った。斜面をバウンドしながら転がり、トリモチにくっ付くのが見える。


 それを視界の端に捉えながら、必死にカーソルを動かし続けている。しかし、一度に10匹以上押し寄せる魔物に対して、3本しかない光剣で抑え切れる筈もなく、トリモチとパーティーメンバーのお陰で何とか持ち堪えていた。

 斜面の下の方は、トリモチに掛かった黒いサーベルスタールトで埋まり、仲間を踏み台にして中腹にまで到達する魔物も出始めている。そろそろ、方がいいな。左手のワンドに充填していた魔法を発動させた。


「〈ウォーターフォール〉!」


 斜面の中央に大滝が現れた。上空の点滅魔方陣から瀑布のごとく水が降り注ぎ、トリモチに掛かっていないサーベルスタールトを押し流す。ついでに、トリモチに掛かっている方も斜面を流れる濁流に飲まれて沈んでいった。


 下の広場にまで広がった水は、速度を落としながら森の奥に消えていく。広場に居たサーベルスタールト達は、そんな水でも濡れるのが嫌なのか、弱点属性だから触れたくないのか、左右に逃げ惑っている。


 ある程度まとまってくれると、青い光剣で一掃出来るからな。チャンスとばかりに刈り取っていると、突然レスミアの切羽詰まった声が聞こえた。


「危ない!!!」


 腰にタックルを受けて、押し倒される。下草と落ち葉の上に倒れ込み、空を見上げたところで、細い何かが通り過ぎて行った。

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