第114話 雑貨屋で商談

 雑貨屋に入ると、ムッツさんが他のお客さんを接客していた。待っている間に、商品を見させて貰う。


 インゴットは無いか。創造調合で練習に勧められたのは……煙幕玉はこの前買ったけれど、瞬火玉は持っていない。参考にいくつか買っていこう。他にも色々あるけれど、日用雑貨が多く、魔道具っぽい物はそれほど多く無い。まあ、錬金術で作れそうな爆弾とかあっても、ここのダンジョンじゃ使わないか。


 物色しているうちにカウンターが空いたようなので、瞬火玉やインク等の雑貨を持っていき精算をした。


「はい、全部で4700円だよ。毎度ありがとうございます。

 レスミアちゃんじゃなく、君が普通に買い物とは珍しい。今日は休みかい? 今朝は久々の大雨だったからね」

「そんなところです。そうそう、フルナさんはいますか?シュピンラーケンの調合をお願いしたいのですけど」


「シュピン……あぁ、騎士団の依頼の奴だね。今は家の方に居るから呼ぶよ」


 そう言うと、バックヤードへの扉を開けて、大声で呼び掛けてくれた。


「そのうち来るから、待っていて」

「それなら、相談に乗って下さい。毒矢を作ってみたんですけど、普通の矢筒に入れたら毒液が漏れるかもしれないって心配しているんです。何か毒矢向けの矢筒とかありませんか?」


「……レスミアちゃんが使っている矢筒は斜めに固定していたよね? それなら大丈夫だよ。ただ、あんまり飛び跳ねたりすると、危ないね。先端から漏れるだけでなく、普通の矢と混ぜて入れていると、他の鏃が毒針の先端に当たって折れてしまうらしいよ」


 あぁ、矢筒の中でガシャガシャとシェイクしたら折れそうだな。特に、昨日の三角飛びを思い出すとねぇ。弓矢は装備していなかったけど、一度覚えたからには、普段でも使い始めそうな気がする。次、敏捷値の補正が上がったら出来そうな感じだし。


「それなら、鏃部分を穴に挿して固定するタイプの矢筒はどうだい?

 1つ目は、騎士団とかで斥候をする、スカウトの静音仕様だね。ただ、7本しか入らないし、木製部分が多くてちょっと重い。背負えるけれど、レスミアちゃんの使っている矢筒と併用すると重くなるから、どちらかにした方がいいと思う。


 2つ目は革製で、他の矢筒にベルトで巻き付ける追加装備だね。革だから軽いけど、3本しか入らない。少しでも矢を多く持っていきたいとか、特殊な矢を別枠で分けておきたい人用だね」


 武具類の棚から取り出してくれたので、見させて貰う。木製の方は長方形で黒く塗られた物で、中を覗くと底に穴が7つ空いている。鏃を挿すのだろうけど、確かにレスミアの矢筒より重い。


 革製の方はなんというか、車内用の傘カバーのようだ。こちらも、中で3つに別れている。軽くていいと思うけれど、ちょっと古ぼけた感じなのが気になる。そこを指摘してみると、


「定期的に手入れはしてあるから大丈夫だよ」

「つまり、滞留在庫なんですね。確かに、この村だと買う人はいないでしょうから、この先も売れないのでは?」


 ムッツさんが痛いところを突かれたように「うっ!」と声を漏らすが、顔は営業スマイルのままだ。そんなやり取りをしていたら、バックヤードの方からクスクスと笑い声が聞こえてきた。いつの間にかフルナさんが、笑いを堪える様に口元を押さえながら、顔を覗かせている。


「それ、随分前に見習いの作品だからって、安く買い叩いてきたのよ。ザックス君の言う通り、売れないだろうから、この機会に値引きして売ってあげたら?

 蜜リンゴの確保では助けられているのだしね」


「フルナ……分かったよ。その革製でよければ、大負けして2千円でどうだい?」

「では、それで買います!」


 元々5千円の札が付いていたので半額以下だ。即決して、大銅貨2枚で購入した。売買が成立してから、またフルナさんがクスクスと笑っている。


「この期に及んで、利益を出すのは流石ね。

 ザックス君、見習いの作品と言ったでしょう。ホラ、ここら辺の縫いが甘いのよ。ここを指摘していたら、更に半額くらいにはなったわね。

 あんまり、乱暴に扱うと壊れやすいから、もうちょっと良い物に買い換えるのも検討した方がいいわね」


 フルナさんが革製品の内側の縫い目を指差し、少し左右に引っ張ると縫い目が笑った※。錬金術の講義を受けたせいだろうか? フルナさんが生徒に教える様に、指摘してくれたのは、ちょっと嬉しい。なので、笑い掛けながら答えた。


「確かに、気付きませんでした。でも、こうすれば、問題ないですよ。〈メタモトーン〉」


 縫い目が粗い箇所を、糸ごと革を粘土化してくっ付けてみた。効果が切れてから、縫い目だった所を引っ張ってみるが、一体化して隙間など出来ない。2人にも見せると、フルナさんには大笑いされた。ムッツさんは苦笑しながら「値引きし過ぎたなぁ」と肩を落とした。



 革製の追加矢筒に毒矢を3本入れて具合を確かめてみたのだが、何故か毒矢の方に注目が集まる。〈メタモトーン〉で毒針をくっ付けただけと説明したところ、鏃無しの木の矢の購入を勧められた。


 なんでも、養鶏場のお爺さんが暇潰し兼、小銭稼ぎに鏃無しの木の矢を量産しており。ムッツさんが街の鍛冶師から買ってきた鏃と合わせて完成品になる。ただ、自警団にも弓使いは少ないので、在庫は余り気味。そのため、鏃無しの木の矢が養鶏場の倉庫を圧迫しているそうだ。


「材料費も膠くらいしか、掛かっていないからね。1本10円でどうだい? 300本くらい買って貰えると助かるよ」

「……ストレージに格納出来るので買いますけど、そんなに使うかな?」


 青銅の鏃が無い分、破格の安さである。内職だとこんなものか? レスミアの使う矢が折れた場合でも補修が出来るし、毒針みたいな鏃代わりの素材があれば自作出来る。何なら、錬金術で鏃だけ調合するのも良いかもしれない。鉄鉱石は採掘できるから。

 後日、実際の物を見てから買う事にして、本題のシュピンラーケンの調合を依頼した。フルナさんに確認したところ、巣の糸だけでなく、巣を支える糸も材料になるそうだ。その為、調合数が増えて30枚分依頼した。


「それじゃあ、手数料は3万円でどうかしら?」


「……シュピンラーケン1枚で5千円が相場でしたよね。手数料2割は高くないですか?

 それに、鎧の可動部に使う……消耗が激しそう。

 つまり〈量産の手際〉スキルで余分に増えますよね。10枚単位のレシピなのは、その為かと思います。3回調合すれば、3枚くらいは余分に手に入るんじゃないですか?

 それが手数料って事にしましょう」


 俺の指摘に、フルナさんは目を見開いた。今度はムッツさんが面白そうにニヤニヤしながら見ているけど。


「錬金術師のレベルを、もう15まで上げたの? 手の内を知られていると、やり難いわねぇ」


 交渉を続けた結果、50枚分の依頼に変更し、手数料は副産物として出来た分と、ついでに蜘蛛の脚を5本で成立した。何故、蜘蛛の脚かと言うと「偶には蜘蛛の脚のシチューが食べたいのよ」だそうだ。村長の奥さんが知っているのだから、村の人も知っていて不思議では無いか。


「あの蜘蛛って、13層から出現するから取りに行くのが、大変なのよね。自警団も行かないし。スカウトの脱出スキルがないと、歩いて11層まで戻らないと行けないし。

 それに、私も単体魔法は使えるけれど、2匹相手は厳しいのよ。頼りになる前衛が居れば別だけど……」


 目を向けられた、ムッツさんは慌てて首を振って拒否して「商人に戦闘力は無いよ!」




 シュピンラーケンの材料の揃っている30個分は、明日にでも調合してくれるそうだ。木の矢も含めて、受け取りは明後日以降となった。残りの20個は蜜蝋が足りないから、ウインドビーから採取してこないと。


 恒例の蜜リンゴを売り、ダンジョンギルドで昨日の分を売り、17万弱を手に入れて、ホクホク気分で帰宅した。


 家の中に入ると、ラードの香ばしい香りと、甘いお菓子の香りに出迎えられた。両方が混ざると、胸焼けしそうだな。キッチンを覗くと、レスミアがブレンダーを使っているところだった。金属製のため中身は見えないが、何かを粉砕する回転音が聞こえる。キッチンテーブルにはいくつものボウルや、香辛料の瓶などが並んでいて、まさに研究中といった感じだ


「ただいま~」


「あら、おかえりなさい。お夕飯は、まだ時間が掛かるのでゆっくりしていて下さいね。出来たら呼びに行きますから」

「了解。庭で錬金術の練習をしているよ」


「それ、ゆっくりしている内に入るんですか……」


 休みの日にも、料理三昧な人に言われたくないけどね。お互いに苦笑しながら、外に出た。




 ※縫糸の張力が弱く、縫い目が開く事。

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