第115話 手投げ花火、下から見るか、至近距離で見るか

 椅子やテーブル代わりの丸太を取り出し、調合セットという名の鉄鍋や、調合液を入れている大きな桶を準備する。桶がそろそろ満載だ。魔力の扱いにも慣れてきた事だし、桶がいっぱいになったら、次の段階にチャレンジしてもいいかな?


 創造調合の練習には、フルナさんに勧められた煙幕玉と、瞬火玉の予定だ。



【魔道具】【名称:煙幕玉】【レア度:E】

・強い衝撃を与えると、大量の煙を吹き出す。主に目眩しや、逃走時に使用されるが、目視以外で獲物を捉える魔物には効果が無い。

・錬金術で作成(レシピ:煙キノコ+火種の実)


【魔道具】【名称:瞬火玉】【レア度:E】

・魔力加えると、数秒後に破裂して火花を周囲に散らす。魔物相手にはダメージにはならないが、獣型や植物型の魔物を怯ませる事が出来る。ただし、火花が散るため、燃えやすい物に引火する事があるので注意。

・錬金術で作成(レシピ:煙キノコ+火種の実+燃石炭)



 煙幕玉は、灰色のピンポン玉サイズ。一度使った事があるので、効果も想像がつきやすい。瞬火玉は赤黒いピンポン玉。説明文には火花が周囲に散るとあるが、実際に使った方がいいだろう。丁度、雨が降った後だから引火する可能性も低いしな。


 軽く魔力を流してから放り投げる。数秒後、空中で破裂音と共に、火花が放射状に散った。もっと暗くなってから試した方がよかったかもしれないが、一見すると貧弱な花火みたいだ。

 こっちの方が、イメージが湧くなあ。確か、炎色反応を起こす金属粉を火薬に混ぜるとか、表面に塗して作った『星』を、内側に沢山詰め込むだったか? 炎色反応は科学の実験でやった覚えがあるし、TVで花火職人のドキュメンタリーで見た。


 先に調合液を何度か作成して、ウォーミングアップしてから煙幕玉の調合にチャレンジする。調合液が入った鍋に、混ぜ棒代わりのワンドで〈錬金調合初級〉を発動させた。

 鍋底に薄っすらと魔方陣が現れた事を確認してから、煙キノコと火種の実を1つずつ投入する。後は魔力を流しながらイメージ!


 外観は灰色のピンポン玉、煙きのこが弾けて広がる胞子に、火種の実が引火して煙となる。


 そんなイメージをつらつらと考えていたのだが、魔力が途切れた訳でも無いのに、赤く光ってからモクモクと赤い煙を上げ始めた。失敗……問題はイメージの方かな。


 内部構造や着火する原理が分からないので、勝手な想像でやってみたのだが、間違っていたのか? レシピは見せてもらえなかったし、分解しようにも「刃を入れると煙を噴き出すので、止めなさい」と忠告されている。



 瞬火玉の方がイメージしやすいから、そっちにするか。材料はほぼ一緒、煙きのこと火種の実に、燃石炭が追加されるだけ。肝心の分量が分からないけどな!

 ほのかに温かく、少し赤みを帯びた丸い石炭だ。瞬火玉の見た目が赤黒いのも、燃石炭で覆われているせいだろう。それなら、同じピンポン玉サイズでいいか。


〈メタモトーン〉を使って、柔らかくしてから必要分を切り取る……つもりなのだけど、魔力ばかり吸って、なかなか柔らかくならない。黒毛豚の角ほどではないけれど。


 柔らかくなる頃には、素手で触れないくらい発熱してしまった。魔力を与えると燃焼するから燃石炭なのか。このまま、魔力を与え続けると発火しそう。

 仕方がないのでブラストナックルを装備して、抉り取った。〈熱無効〉はこういう時に便利だ。



 調合液に素材を入れて掻き混ぜる。

 花火をイメージして、煙キノコの胞子と火種の実の油、そして燃石炭の粉末を程よく混ぜて小さい玉を作る。それを内側の外周部に敷き詰め、中心には爆発用の大きな玉。そして燃石炭の粉末で固めた外側。これに発火、いや爆発する寸前まで魔力を込める。あ、中心が起爆出来るように導火線も付けたろ。


 そんなイメージをしながら、魔力を流し続けて掻き混ぜる。しばらくして、鍋の内部が青く光り、青い煙を上げ始めた。


 ……一発成功!


 青い煙の量は多く、投入した素材に無駄が多かった事が分かる。煙が収まると鍋の底には赤黒い玉が出来ていた。導火線として黒い棒が付いているので、形は棒付きの飴だな。ちょっと大きいけど。



【魔道具】【名称:瞬火玉改】【レア度:E】

・火花が大きくなった瞬火玉。魔力加えると、数秒後に破裂して大きな火花を周囲に散らす。獣や植物型の魔物を驚かせ、動きを止める事が出来る。ただし、燃えやすい物に引火しやすくなっている。

・錬金術で作成(レシピ:煙キノコ+火種の実+燃石炭)



 鑑定したら、改が付いていた。

 火花が大きくなったのは構造のせいか、燃石炭を入れ過ぎたせいか? まあ、大は小を兼ねるとも言うし、魔物の動きを止めるってのは良いな。


 試しに使ってみようとしたが、いつの間にか晴れていた空は夕焼けで赤く染まり、火花が散っても見え難そうだ。もう少し待って、夜になってからの方が良いな。

 それまでは、復習しておこう。




 日が沈み、暗くて作業が難しくなったところで、レスミアが呼びに来た。ぱぱっとストレージに後片付けをして家に帰る。

 香ばしい香りに空腹を感じながら、リビングに向かう。そこには、キツネ色に揚がった分厚いトンカツが鎮座していた。席に着いてから、テーブルに顔を近付けて見ると2cmはある。顔に出ていたのか、俺の喜び様にレスミアはくすりと笑った。


「トンカツは分厚いシュニッツェルと聞いていましたけど、この位の厚さで良かったみたいですね。これ以上厚くすると、豚肉が半生だったり、衣が焦げてしまったりと難しかったですよ。さあ、冷めてしまう前に、召し上がって」


 いただきます、と言ってから一口頬張ると、カリッと揚がった衣が良い音を立てる。そして、柔らかな肉を噛むと口の中に肉汁が溢れ、旨味が広がった。外のカリカリな衣と、中の柔らかい肉コントラストが良い。


「美味い! トンカツの専門店レベルじゃないか!」

「褒め過ぎですよぉ~」


 2切れ目はウスターソースで食べてみたが、これも良い。ピリッとしたスパイスの効いたソースだけど、これはこれで美味しい。レモンソースやハーブ塩など、色々用意してあるのを試してみるが、どれも合う。いや、ベースのトンカツが美味いからだな。


 一通り食べ比べて満足すると、サラダで口直し。

 そして、ようやく対面のレスミアの様子に気が付いた。ニコニコと嬉しそうに食べているが、サラダやスープばかり減っていて、トンカツは食べていない。いや、それ以前に、トンカツが俺の物より1/3くらいの大きさしかなかった。


「アハハ……色々と味見をしていたので、あまりお腹は空いていないんですよ。それに、ちょっと油っぽい物を食べすぎかなって」


 俺が食べているのは、奇跡的に上手く揚がった物だそうだ。試作は小さいサイズで行なっていたので、レスミアの皿にあるのは、その中でも出来が良かった物。失敗作は沢山出たらしい。


「まあ、揚げ物は頻繁に食べる物じゃないからな。カロリーが多いから、太る原因になるし。特に植物油じゃなくて、動物性のラードだから余計にな」


 その言葉を聞いたレスミアはビクッと震えた。

 あ、女の子は気にするか。


「まぁ、2週間に一度みたいに間を空けたり、勝負事の前にしたりすればいいよ。トンカツは『勝つ』って言葉が入っているから、験担ぎに食べられたりするからね」


「験担ぎ……それは面白いのですけれど、今18層ですよ。明後日には20層のボス戦ではありませんか?

 そうすると、明日も揚げ物に……」


 そうだった。もう直ぐボス戦だったな。美味しくても、流石に連日揚げ物はねぇ。


「あ~、今日作った試作品の残りでサンドイッチでも作ったらどうだ? カツサンドなら野菜も挟むし、多少焦げていてもソースで柔らかくなるだろう。昼御飯用にするとか、ボス戦前の軽食にしても良い」


「そんなところも、シュニッツェルに似ているんですね。それならサンドイッチにしてしまいます。お肉が分厚いから、トンカツの方が男性は好きそうですし」


 それは言えているけれど、前に作ってくれたサクサクのシュニッツェルも、今日のトンカツも、どちらも美味しかった。なんて、率直に感想を言ったら、レスミアのトンカツを半分分けてくれた。



 食後に、消化に良い言うカモミールティーを飲みながら雑談をする。レスミアが作っていたバフ付きのお菓子は明日用とお預けだそうだ。多分、カロリー摂り過ぎと言った事が尾を引いている気がする。

 俺の方からは、毒矢用の追加矢筒をレスミアにプレゼントして喜ばし、購入時のムッツさんとのやり取りを、面白おかしく話して笑わせた。



 そして、もう一つの成果を見せるために、夜の散歩に誘った。

 ランプを片手に、村長宅とは逆方向に向かう。丘の上なので、逆方向もなだらかな坂になっており、こちら側には民家が無いのが重要だ。


「ザックス様、この辺坂になっていて、暗いと危ないです。

 それに、錬金術に成功して嬉しそうなのは良いんですけど、そろそろ、何を作ったのか教えてくださいよ」


「いや、暗い方が見やすい筈なんだ。作ったのは瞬火玉改だからね」

「瞬火玉? あぁ、火花が散るって魔道具ですね。使ったことは無いですけど、改?」


「綺麗に咲くと良いんだが……そらっ!」


 導火線の棒に魔力を流し、〈投擲術〉の補助を受けて、空へ投げた。


 数秒後、破裂音と共に花火が咲く。赤橙色の一色だけど、綺麗な真円に広がり、光の尾を引きながら消えていった。


 延焼の危険は無さそうだし、上出来かな。花火と言うには、色もサイズも物足りないけど。

 レスミアの反応を見ると、ポカンと口を開けて硬直していた。リアクションが無いのも寂しいので、2発目、3発目と投げて花火を咲かせる。


「すごい、すごい、何ですかアレ?! 凄く綺麗でしたよ! もっと見せて下さい!」


 その無邪気な反応が嬉しくて、追加で何個も咲かせた。投げる度に、数舜だけ花火に照らされるレスミアの横顔は美しく、喜色満面の笑みに俺は心奪われる。それが見たいがために、次々と瞬火玉改を空に投げた。


 そして、10個目は特別製の大玉。材料を5倍入れて野球のボールサイズで作った奴だ。「これで最後だぞ!」と空へ遠投すると、


 記憶の中にあるような、大きな花火が広がり咲いた。


 広がり過ぎて、火の粉が近くまで飛んで来たのは、ご愛嬌って事で。5倍大玉は手投げじゃ危ないな。


 小さな花火大会が終わると、辺りは暗闇と静寂が戻る。まだ上を見上げていたレスミアの手を引き、その場を離れた。


「瞬火玉があんなに綺麗なんて知りませんでした! お祭りとか宴会で使えば盛り上がりますよ! 雑貨屋で幾つか買っておこうかしら?」

「瞬火玉改な、改」


 興奮覚めやらぬレスミアに花火の説明をしながら、村長宅へと送り届けた。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 表題の元ネタは、名前しか知りませんけどね。

 瞬火玉改の5倍玉は、花火でいうところの3号(開いた直径60m)のイメージです。手投げで距離が近かった為、大きく見えただけ。

 あと、クリスマスに花火ネタになったのは偶々です。

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