第111話(閑話) 変わり行く生活

 光の女神様に捧げる聖歌が終わり、教会に静寂が戻る。いえ、周囲からは押し殺すような泣き声や、鼻を啜る音が聞こえます。


……お兄様との別れを惜しんで下さる方も多いのですね。


 司教のエヴァルト様が、死者へ手向けの祝福の祈りを捧げております。私も周囲に合わせて、俯いて泣いているをしました。

 お兄様が亡くなり悲しいのは事実。ですが、あれから1週間、泣きながらお父様とお母様に言い争い、話し合って、あの人の訓練しているところを遠くから見て、何とか心の整理が付きました。


 そんな中での葬儀ですもの、大声で泣くのは無理です。心の整理が付く前に行って欲しかったですわ。まだ7歳の弟、アルトノートはつまらなさそうにしていますけれど、子供だから葬儀が何か理解出来ていないと見られている事が、ちょっと羨ましい。



「……次はトゥティラ様の番ですよ」


 後ろから聞こえた側使えの声に慌てて顔を上げると、いつのまにか献花の順番が回って来たようです。前の順番のお母様を真似るようにと、言われたのを思い出しました。お花を取って棺の上に乗せるだけ……本来なら棺の中に入れるらしいのですが、あの棺にはお兄様の髪の毛しか入っていません。

 遺体が入っていない。などと、騒ぐ者が出ないように棺は閉めたままだそうです。


 わたくしの順番になり、お花を棺に乗せて別れを告げる。


……お兄様。家と領地の将来は、わたくしとアルトノートに任せて、安らかにお眠り下さいませ。




 数日後、日常に戻りましたが、以前と同じには戻りませんでした。13歳の誕生日が近いという事もありますが、一番大きな変化は学園の入学するコースを変更した事です。


 元々、私は貴族の教養や社交性を身に付ける『咲誇ショウココース』で入学する予定でした。しかし、お兄様が居なくなった事で次期領主と目されるのは7歳のアルトノートです。磐石と思っていた事があっさり覆る事は身を持って知りました。姉としては、5つも下の弟だけに将来の責任を負わせる訳には参りません。

 貴族教育を受けながらダンジョン攻略の知識を学び、レベルを上げる『煌星こうせいコース』を目指す事に致しました。




 今日は幼年学校の時のお友達の家に、お招きされてお茶会です。楽しみだった筈のお茶会をなんとか終えて、馬車に乗り込みました。扉を閉め、馬車が動き出してから、ホッと一息つきます。


「こんなに疲れるお茶会は初めてです。

 ねぇ、ルーシェ、わたくしは上手く出来ていたかしら? 右端の方の言葉には棘がある様に感じたのですけれど……」


 初めは身内の死で悲しんでいるように見せ、慰められながらお喋りをして、徐々に元気を取り戻す。その中で、お友達の反応を観察して友好的と、そうでない方を判別する。それが、お母様からの課題でした。


……以前のお菓子を食べながらお喋りして、笑い合っていた頃に戻りたいです。


「ええ、トゥティラ様はよく出来ていましたよ。及第点は取れるかと。強いて言うならば……」


 合格と言いながらも色々と改善点を指摘して来るのは、最近、側使えに抜擢されたルーシェです。柔和な顔立ちで黒髪をショートカットにしており、いつも目を細めて微笑んでいるのが印象的です。


「……と、感情が見え隠れしていた御友人も社交の練習中なのでしょう。学園では皆様方、上手く笑顔で隠す様になります。笑顔の裏、言葉の裏、隠れる悪意が読み取れる様に経験を積みましょう。


 貴族って、本当に面倒ですね」


 最後の台詞、ルーシェは笑顔のまま冷たい声色で話すので、私は驚いてビクッとしてしまいました。笑顔のまま、分かりやすく実演してくれたのでしょう。

 本音でもあるのでしょうけど……


 ルーシェは去年、学園の煌星コースを卒業した立派な貴族候補でしたが、同級生から求婚された際にいざこざがあり、最終的には貴族は面倒だと断わって、メイドになったと聞きました。


 そんな中、貴族の教養と社交性を身に付け、護衛も出来る力量もあるのに、メイド(雑用婦)は勿体ないと、お母様が召し上げたのが彼女です。

 今は学園の事や教養を教えるために、私の側使え兼護衛として仕えてくれていますが、口癖のように、時折「面倒」と言うのを何度か耳にしています。


……でも、今日のお茶会を経験した後では、面倒と言う言葉には、心の中だけで同意します。




 その日の夜、夕食後のお茶の時間に、お母様へ今日の課題について報告しました。対面のソファーに座るお母様の目が柔らかく細められて、喜んで下さいます。


「ええ、よく頑張りましたね。その調子で経験を積めば、ティアも立派な淑女になれるでしょう」


 お母様に褒め言葉に、私はホッと胸を撫で下ろしました。帰りの馬車で聞いたルーシェの話は難しく、私に社交がこなせるのか心配でしたもの。

 そんな私の様子をお母様が心配してきますので、相談したところ、


「ルーシェの言う事は間違ってはいませんよ。上位の貴族や、仲が良くない方とのお茶会は、隙を見せずに笑顔で対応するのは当然のことです。

 ただ、それは学園を卒業するまでに、身に付けていればいいのですよ。本来、学園は社交の経験を積む場所なのですから」


 お母様は微笑んだまま頬に手を当てて、ルーシェを呼びました。すると、音もなくスッと現れたルーシェが一礼します。


「ティアの入学まで、まだ2年半もあります。それを念頭において、教師と教育計画を相談してくださいませ。急ぎ過ぎて、社交に苦手意識を持たせてはなりません」


「かしこまりました」


 また、スッと消える様に下がって行きました。

 ルーシェの教えてくれた事は、まだ私には早かった様です。お母様に相談して良かった。


 私達の話がひと段落ついたところで、お父様が執事のエドムントに人払いを指示しています。執事や側使えが部屋を出て行くと、家族4人だけが残りました。弟のアルトノートは眠そうに欠伸をしています。それに釣られそうになった欠伸を我慢し、紅茶を一口飲んで紛らわせました。それにしても、人払いするほどの事があったのでしょうか?

 お父様も紅茶に口を付けてから、私達を順に見回して話し始めます。


「以前から国境付近を騒がせていた山賊だが、討伐したと連絡が入った。残党が少数いるかもしれないが、レベルの高いリーダーは打ち取ったそうだ」


「まぁ、第1騎士団が追っていた山賊ですね。良かったわ、これで領内も落ち着きますね」


 喜ぶお母様の言葉で思い出しました。半月程前から、国境に近い町や村へ向かう行商人が何人も襲われる事件があったのです。緊急事態と言う事で第1騎士団が慌ただしく出撃して行きました。

 確か、のらりくらりと逃げられて、なかなか捕捉出来ず。第2騎士団から増援を出すか検討していたと聞いています。お兄様がお亡くなりになって、それどころではなくなってしまいましたけど、無事、討伐出来たようですね。


「ねぇ、お父様。山賊が討伐されたのは喜ばしいのですけれど、人払いをする程の事ではありませんよね?」


 真意が見えなくて、尋ねてみました。チラリとお母様の方を見てみましたが、お母様も心当たりはなさそうに、首を傾げていらっしゃいます。お父様は面白そうに、ニヤリと笑うと続きを話して下さいました。


「討伐したのは第1騎士団ではなく、ザックスだそうだ。ランドマイス村へ到着した時、丁度村が襲われていたところで、護衛と一緒に戦い、リーダー含めて多数の山賊を討ち取ったらしい」


「わぁ、お兄様はやっぱり強いのですね!」


 アルトは無邪気に喜んでいますが、私は疑問でいっぱいです。おにい……あの人の護衛は見習いばかりだったはず。それに、あの人自身のレベルは1に下がったと言っていたのに、山賊を相手に勝てるものなのでしょうか?


「あの光る聖剣で、山賊達を一掃したらしい。お陰で村人や護衛の見習い騎士達も大怪我をした者はいないそうだ」


 アルトが「聖剣って何? 教えてください」と強請りし、お父様が愉快そうに説明するのを聞きながら、私は思い返します。訓練場を遠くから眺めていると、赤と青の光が舞い踊っていたのを。


 ……あれが聖剣


 自在に飛び回る剣など、強いに決まっていますわ。そんな物があるなら、本当にダンジョンを攻略する日も遠くないのかもしれません。

 ふと、目線を上げると、お母様の青い目に見つめられていました。その目線の意味に思い至り、お母様へ頷き返します。


 大丈夫、覚えています。

 あの人がダンジョンを攻略し、貴族になったなら、実兄は無理でも遠縁の親戚くらいには遇すると約束しましたもの。


 最後にお父様から、対外的には第1騎士団が山賊討伐をした事にするので、真相はここだけの話と口止めをされました。




 翌日、午前のお勉強が終わり、自室を出て中庭へ向かいます。今朝、お母様から昼食は中庭で取るように言われたのです。


「ピクニックみたいなものかしら? ルーシェは何か聞いている?」

「教育計画の一環なので存じております。初日なので奥様から説明がありますよ」


また課題かしら? 貴族教育で必要な事と分かっているけれど、課題の多さには辟易してしまいます。そんな気持ちが表情に出てしまっていたのか、ルーシェに注意されてしまいました。面倒な事でも笑顔でこなすのが淑女なのですって。


 中庭の外周部は生け垣で囲われ、内側には花壇や庭木があります。庭師やメイドが世話をしていて、今の時期は鮮やかな色のダリアがお気に入り。そんな花壇の一角にお母様の姿が見えました。周囲にはメイド達が敷物を広げて昼食の準備をしています。


……あら? 休憩用の椅子やテーブルも中庭にあるのに、何故地面に?


 お母様に挨拶すると、その趣旨を教えて下さいました。


「学園の煌星コースに変更するティアには必要な事なのですよ。

 ダンジョン攻略をするならば、そのダンジョン内で食事をする事も多くなります。そんな時、椅子やテーブル、食器、カトラリーが無くて食事が出来無い。その様な事では困ります」


「ピクニックの時の様にサンドイッチを持参すればよいのかしら? でも、食器も無くスープは飲めませんよね?」


 子供の頃からテーブルマナーを躾けられましたけど、食器もカトラリーも無しの食事など知りません。私が首を傾げていると、ルーシェがニコリと笑顔を深めて教えてくれました。


「トゥティラ様、ダンジョンではスープなど出ません。自分が背負うリュックに入る分だけで、基本的に保存食や行軍食を食べるのです。


 貴族の食事会よりも面倒が無いので、私は嫌いではありませんが」


「……荷物を減らす為に、魔法の〈ウォーター〉で出した水を飲むのですよ。MPに余裕があれば仲間の分もね。アイテムボックス持ちがパーティーにいれば、持ち込める物も増えるのですけれど、非戦闘職を入れる事になるので一長一短です」


 深層になるにつれ、ダンジョン内が広くなるので、1日で探索しきれない階層も出て来るらしく。ドロップ品や採取地の素材を多く持ち帰る為に、持ち込む荷物は極力減らすそうです。そして、減らすのはかさばる水や食料品。


 行軍食は不味いと愚痴る騎士達に、寮の夕飯を作ると泣いて喜ぶ、なんてメイドが笑い話にしていたのですけど……


「今日のところは場所以外、普段と同じ食事なので安心なさいませ」


お母様の言葉に安堵しました。

そして、敷物に座る様に勧められたのですが、椅子やソファー以外に座るのは久し振りです。子供の頃のピクニックを思い出して、ペタンと女の子座りをしたところ、怒られました。


「ティア、子供の様に座っては、スカートの汚れが酷くなります。ダンジョンでは敷物も無いのですよ。わたくしがお手本を見せますから、真似てご覧なさい」


 お母様がスカートを押さえながら、優雅に座ります。両膝をつけて、離さないのがポイントだそうです。


「でも、お母様? ダンジョンに行くのなら、汚れても問題無い格好で行くのではないのですか? スカートでなく、ズボンにした方が良いと幼年学校で習いました」


「低レベルの頃はそうですね。でも、レア度の高い革や布素材の中には、鉄の鎧よりも強靭な物もあります。そういった希少価値のある物を、野暮ったい服にしてしまっては台無しではありませんか。

 高レベルの女性貴族なら、華美なドレス防具に仕立てて身に付けるのですよ」


 そして、座り方一つでも優雅に見せるのは、そのドレス防具に相応しい所作を身に付ける為だそうです。


 ……ダンジョン内でも淑女であるようになんて、淑女の道は険しいのですね。


 後ろから「やはり貴族は面倒くさいですね」と小さい声が聞こえました。




 外での食事訓練は週に数回、徐々に 食事内容も変えていくと説明され、昼食を終えました。

 午後からは、動きやすい服に着替えて体力作りです。騎士団の指導役のウベルト教官が作って下さった、初心者向けのカリキュラムに従って運動していきます。


 運動は苦手ですが、ダンジョンを歩き回り、最悪の場合には階段まで走って逃げる体力が必要だそうです。ルーシェが一緒に走って、励ましてくれたお陰で何とかこなしていきます。


 そのルーシェは、側使えのお仕着せ……スカートのまま苦もなく走っていました。スカートが捲れたり、翻ったり、膨らんだりもしていません。面倒くさいと言いながらも、淑女の所作が出来ているのは流石です。見習わなくては。


 でも、私の足が遅いせいとはいえ、励ましながら急かす様に周りをクルクル回るのは止めて欲しいです。


 屋敷の周りをジョギングして、中庭に戻って来たら、息を整えつつ手に持っていたタクトを構えます。魔方陣に魔力を注いで、


「ふう、ふぅ、〈ウォーター〉!」


 タクト型の魔道具に付与された魔法を発動させて、庭木に水をあげました。私はまだジョブを持っていませんが、魔道具を使って擬似的に魔法の練習です。そしてまた、ジョギングに戻りました。




 そんな、勉強と訓練漬けの毎日が続きますが、休日は普通にありました。筋肉痛で痛む身体を休め、ソファーでゆったり刺繍をしていると落ち着くのです。チクチク縫っていると、時間を忘れてしまう程。


 いつも訓練に付き合ってくれているルーシェもお休みなので、刺繍に誘ったのですが「休みの日にまで、面倒な花嫁修行をするのですか?!」と驚かれてしまいました。修行ではなく、趣味なのですけどね。

 私としては、「折角の休みなので、街まで買い物に行ってきます」と言うルーシェの体力の方に驚きました。


 チクチクと縫っていると、外から声が聞こえて来ました。それも段々と増えていくような。側使えに目を向けると、窓から様子を見てくれます。


「お嬢様、訓練場に馬車と人集りが見えます。あれは、旅装の騎士でしょうか?」


「……山賊討伐に出ていた第1騎士団ではないかしら? 多数の山賊とリーダーを打ち取ったと、お父様から聞いています」


「騎士寮の担当は忙しくなりそうですね。手の空いているメイドは応援に向かわせるよう、進言して参ります」


 遠征に出ていた騎士は酷く汚れているので、洗濯やお風呂掃除、食堂が大変な事になるそうです。一時退室する許可を与え、出て行く側使えを見送りました。



 3の鐘が鳴り、昼食へ向かう途中で、お父様の執務室から出て来た騎士と鉢合わせしました。


「ごきげんよう、アルグリム男爵。領内を騒がした山賊を、見事討伐したと聞き及んでいます。流石は第1騎士団ですね」


「勿体無いお言葉、ありがとうございます、トゥティラ様」


 物腰も柔らかく、騎士のような威圧感が無く、私でも接しやすいこの方は、第1騎士団の副団長に抜擢されたクロタール・アルグリム男爵です。お祖父様のお気に入りで推薦されたそうですが、その理由は書類仕事が得意だからという事だったので、同情を禁じ得ません。お祖父様の仕事まで押し付けられていそうです。


 昼食時と言うこともあり、二言三言話しただけでアルグリム男爵との話は終わりました。お母様とのお茶会で聞いた「アルグリム夫人が寂しがっていた」と言う情報を教えて差し上げたら、ソワソワし始めたのです。仲睦まじいこと。


 足早に去っていくアルグリム男爵を見送ると、今度はお父様が執務室から出て来ました。食堂まで一緒に行きましょうと、声を掛けようとしたのですが……


「お父様、難しいお顔をされて、何かあったのですか?」


「ん? トゥティラか、考え事をしていただけだよ。

 ああ、そうだ。ヴィントシャフト領のソフィアリーセ嬢とは仲が良かっただろう。近いうちにザクスノートの墓参りに来るそうだ。トゥティラもお茶会で持て成してくれないか?」


「まぁ!? ソフィお姉様がいらっしゃるのですか!」


 1年に一度くらいしか会えませんが、お母様の御実家のヴィントシャフト領と従姉のソフィアリーセ様には良くして頂いています。久し振りにソフィお姉様に会える事に心が弾みました。


「ああ、学園の方が忙しかったのと、ゴタゴタに巻き込んでしまって、葬儀には領主しか来られなかったようだからな。こちらからも詫びを入れねばなるまい」


 しかし、喜んだのも束の間、墓参りと言う言葉の意味を理解して、私も頭を悩ませる事になりました。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ザックスの影響で、将来を変更せざる負えなくなったトゥティラちゃんでした。


トゥータミンネ「ルーシェは言動がちょっと……それ以外は優秀なのに、娘に悪影響を及ぼさないか心配だわ。」

ルーシェ「箱入りお嬢様は見ていて楽しいです。お給料も増えたし、お菓子を買い込みましょう」



 次回はお気楽なダンジョン攻略に戻ります。

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