第80話 不思議な壁

 ドロップ品を回収して、ジーリッツァ達が走り回っていた部屋を調べる事にした。しかし、行き止まりの3部屋目まで調べても、見つかったのはかすみ網の罠が1つだけ。かすみ網は、俺の胸ぐらいの高さに仕掛けてあるので、ジーリッツァ達はその下を潜り抜けて行ったのだろう。有り難く、網を頂いておく。


 そして、前回目撃した方の通路を調べに行くと、分岐路の壁に石像が生えているのを発見した。ポップアップには【火吹き罠】と表示されている。見た目的に蛇……いや、角っぽいのが生えているし龍の首かな? 口を開けており、上顎の2本の大きな牙が目立つ。


「道の真ん中にスイッチが有るみたいですよ。あれを踏むと石像から火が出るのでしょうか?」

「おそらくな。動かしてみるから、離れていてくれ」


 スイッチと石像が赤い点線で繋がっているので間違いないだろう。ストレージから3m棒を取り出して、スイッチを押す。

 龍の口がガチンッと音を立てて閉じ、牙から火花が散った瞬間、炎が吹き出した。2本の牙の間からガスバーナーの如く横に吹き出し、通路の反対側に届くほど。炎は数秒で消えたが、周囲にはガスの様な、油のような臭いが残っていた。

 おっと、忘れていたが、〈詳細鑑定〉を掛ける。



【罠】【名称:火吹き罠】【アクティブ】

・スイッチを踏むと壁や柱、石像などから炎を噴き出す。



 石像トラップなんて分かり易いなんて思っていたが、それ以外のバリエーションがあるとか……ますます〈罠看破初級〉の重要性が上がったな。

 この罠を放置しておくのは危険だ。徘徊するジーリッツァが勝手に、業火猛進状態になるとか厄介でしかない。


 特殊アビリティ設定を変更して、聖剣クラウソラスを取り出す。そして、石像の首を切り落とした。石像はストレージにボッシュートしたが、壁に残った首から液体が吹き出し始める。

 ついでだったので、ストレージから適当な瓶を出して受け止めたが、臭い。火炎放射に使われていた油だろう。



【素材】【名称:火精樹の油】【レア度:C】

・揮発性の高い油で、専用の瓶でなければ保管できない。爆弾系の素材にすると威力が上がる。

 火精樹の実を絞るだけでも油は取れるが、非常に危険。錬金術で作成する方がよい。


 錬金術で作成(レシピ: 火精樹の実+魔法瓶)



 爆弾の素材に使える木の実って、中々にファンタジーな木が出て来たな。名前も火の精霊の樹か。よく燃えそうだから着いた名前なのか、本当に精霊が関係しているのか気になるところだ。

 後、専用の密閉できる容器がいるようだが、瓶のコルク栓では駄目だよなあ。まあ、ストレージに入れておく分には問題ないだろう。レスミアも料理に使えない油は興味が無いようだし、錬金術が出来るようになるまでは保管しておこうか。



 その後は特に問題も無く進んだ。罠の数も偶に見かける程度で、網や石玉を回収したが、火吹き罠はあれから遭遇していない。レスミアの猫耳でも暴走する足音は察知していないので、数自体……出現率が低いのかも?




 階段を下り、代わり映えしない12層を進んで、鉱石採取場に到着した。部屋の壁には土山が6山生えている。この階層に他の人が来ないのは分かっているが、一応ルールなので、3山をツルハシで崩して採取した。


 鉱石の球を選り分ける中で、手のひらサイズの水晶を見つけた。



【素材】【名称:魔水晶】【レア度:E】

・一見水晶のように見えるが、ダンジョンのマナが凝縮した魔力の結晶体。人間が直接、内包する魔力を使う事は出来ないが、魔道具の動力源として利用できる。魔力を消費すると小さくなって消えてしまう。



 おお、これが噂の電池か。見た目は六角柱で、ちょっと白っぽい水晶にしか見えない。これが結構な数出て来る。鉱石玉の5倍はボロボロと採取出来た。鉱石玉1個の質量と比較すれば、確かに5本くらいで同じかも知れない。

 これだけ取れて、需要も無くならないなら、探索者の資金源なんて言われるのも納得だ。


「あ、ピンクソルトもありますよ。これ、まろやかな甘みがあって、お野菜とかに合うんですよね」

 レスミアが手に持っていたのはピンク色の石玉。



【素材】【名称:ピンクソルト】【レア度:E】

・鉄分やミネラルを含んだピンク色の岩塩



 ああ、岩塩なのか。ピンク色なんて馴染みがないので、分からなかった。今までレスミアが作ってくれた料理にも使われていたらしい。料理に使うためか、他の鉱石よりもブラシで念入りに土埃を払ってからストレージに入れてくれる。

 これも料理枠として幾つ欲しいか聞いてみたが、


「いえ、ピンクソルトは雑貨屋で売っていますから、補助金で買いますよ」


 各家庭で地産地消している豚肉と違い、自警団が11層で採取した物がダンジョンギルド経由で、雑貨屋で販売しているそうだ。塩は必要不可欠だから、誰でも手に入るようになっているらしい。


 他に手に入った、新規の鉱石は2種類。



【素材】【名称:鉄鉱石】【レア度:E】

・鉄を含んだ鉱石


【素材】【名称:燃石炭】【レア度:E】

・火属性のマナが少しだけ多い石炭。仄かに温かく、石炭より高い温度で燃える。鍛冶で使用される



 今更感がある鉄鉱石と、いつもの石炭かと思っていた燃石炭だ。ブラシで土埃を払って見ると、燃石炭は赤みがかった黒色をしていた。グローブを外して、素手で触ってみると、確かに温かい。ホッカイロよりは温度が低いが、冬場には代用として使えるか? いや、そもそも重いので懐に入れるのは無理だな。


 これらの鉱石は、鍛治師のジョブが手に入れば使い道はあるかもしれないが、この村にはいないので使い道が無い。




 採取を終えて、次の階段を目指している途中で、新しい罠にも出会った。【落水の罠】とポップアップに表示されている。赤い点線が天井に続いているので、名前の通り上から水が落ちて来るのだろう。

 3m棒で床のスイッチを押してみると、バケツをひっくり返したような水が降り注いだ。う〜む、先に〈ウオーターフォール〉を見ているから水量的にインパクトに欠けるな。鑑定しても、ただの水だ。仮に引っかかっても、濡れるだけの優しい罠だ。


 女の子が濡れるなら……なんて考えが頭を過ぎったが、レスミアの姿を改めて見ると、革のドレスに硬革アーマー、それにズボンも履いている。濡れスケ要素なんて無いな。まあ、着替える展開になればワンチャン……スカウトのジョブにしている時点で0だな。




 そして、階段に到着した。長いこと豚肉を提供してくれていたジーリッツァもここまでだ。ローストポークも取れることが分かったばかりなのに残念。またソロの時にでも収穫に行こう。



 階段部屋で小休止をしてから、階段を降りて13層に入る。そこは明るく、木々に囲まれた森の中……あれ?森林のフィールド階層とか、21層以降って習ったのだが?


 周囲を見回すと、おかしな事に気付いた。木々が等間隔に生え過ぎだ。1列目が2m間隔で生えており、その奥の2列目は、木1本分ズラして等間隔に生えている。3列目以降も交互になっていた。


「キャッ! あ、あれ? 奥に行けない?」


 声のした方を見ると、レスミアが木々の間にいた。近くに行くと、2列目の木を触って……いや、木の間をペタペタと触っている。パントマイムでもしているようだ。


「あ、ザックス様、この森は変ですよ。見えない壁があって、奥に入れません」


 パントマイムではなかったか。隣の木々の間に入り、2列目に手を伸ばすと、手が見えない壁にぶつかった。そもそも2列目の木に触れない、まるでディスプレイのようだ。

 1列目の木には触れるし、鑑定も効く。



【植物】【名称:杉】【レア度:E】

・常緑針葉樹。真っ直ぐ育つので建材として利用されている。

 なお、ダンジョン内に季節は無いので花は咲かない。



 下側5m程は枝打ちされており幹しかないが、その上では鬱蒼とした枝葉が伸びている。そして、さらに上には雲ひとつない青空が広がっている。太陽は何処にも見当たらないが……


「レスミア、ちょっと矢を空に向けて撃ってくれないか?」

「ランタンがいらないくらい、明るいですけれど、何か違和感のある空ですよね。枝の無いところで打ち上げて見ます」


 レスミアは片膝をついて、上半身を仰け反らせながら弓を引き、ほぼ真上に打ち上げる。矢は勢いよく飛んで行くが、木々の先端と同じくらいの高さで、何かに当たって弾かれた。


「見えない天井があるみたいだな。これ、開放的な野外の森林に見えるだけで、実際は今までの坑道と同じような部屋なんじゃないか?」

「まぁ、ダンジョンですから、不思議な事は今更ですよ。あまり深く考えても仕方がありません。学校で邪神が作ったって習いましたし、邪神も一応神様ですから」


 レスミアは特に疑問と思っていないよう。と言うより、不思議な事は神様の仕業……科学が発展する前の考え方みたいだ。妖怪とか付喪神とか。

 俺的に不思議は不思議でも、ここまでファンタジー世界だったのに、いきなりSFが混ざった気分だ。見えない壁に映る森林なんて、ディスプレイか壁紙としか思えない。


 釈然としない気持ちに区切りをつける為、最後の手段、聖剣クラウソラスを取り出して、見えない壁を斬りつけた……が傷一つ付いていなかった。何か違和感が……?

 切れ味が落ちていないか、杉の木で試し切りしてみたが、いつものように豆腐の様な感触だ。倒れていく杉の木と、ワタワタしているレスミアを眺めながら考える。


 元々、木が倒れる範囲外にいるのに何故慌てているのやら、猫耳を押さえている姿も可愛い。ああ、木が倒れる轟音を警戒していたのか。

 倒れた杉の木は、部屋の反対側の空中に引っかかって、斜めに止まった。


「もう! ザックス様、変な事する時は先に言ってください!」


 駆け寄って来たレスミアは、頬を膨らませて怒っていたが、それよりも気になる事がある。


「ごめん、一言言うのを忘れていた。ところで、さっきの木が透明な壁にぶつかった時に大きな音は聞こえたか?」

「え?!……ああ、葉っぱが擦れる音は聞こえましたけど、幹がぶつかる音はしなかったような」


 その言葉を聞いてピンッと来た。後ろを振り返って、見えない壁を再度斬りつける。堅い壁の表面を滑るような感触がするものの、剣が当たった音がしない。扉をノックする様に手で叩いてみても、僅かに感触はあれど、音は鳴らない。


「聖剣でも破壊不可。衝撃や音を吸収しているのか? つまり……」

「何か分かったんですか?」



「なんも分からん。不思議な壁だな!」

「それ、私が最初に言いましたよね!」

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