第81話 雲一つない晴天なのに、蜘蛛行きが怪しい13層

「それ、私が最初に言いましたよね!」


 レスミアはガクッと肩を落とした。そう言われても、何で衝撃や音を吸収するのかなんて、思い浮かばないしなあ。それに聖剣でどうにもならないなら、もう手は無い。壊せるなら衝撃吸収の防具とか、防音の建材に使えそうなのだが。あ、ついでに切り倒した杉はストレージに回収した。


「まあ、不思議な壁って事を確認する時間だったんだよ。少なくとも、以前の隠し部屋を発見した時みたいに、壊してショートカットは出来ないって事は分かったぞ。

 ……そろそろ先に進むか」


 地図を出して採取地の位置を確認すると、坑道の階層と同じく、部屋と通路で構成されているようだった。ただ、ここからは新たな魔物が出現する。エヴァルトさんの講義や、ダンジョンギルドの冊子で、どんな魔物かは知っているが、あまり想像したくない。


 ルートを確認して出発した。今までの倍以上に通路は広く6,7m程あるが、ここにも杉の木が一定間隔で両脇に生えているので、そこまで広くなったとは感じない。むしろ木々のせいで見通しが悪い。

 しばらく進むと、通路端に穴を掘っているワイルドボアを発見した。充填していた〈エアカッター〉で倒したが、ペアのもう一体が見当たらない。


 レスミアに目を向けたが、首を振られた。猫耳でも感知出来ていないのか。しばらく待ってもワイルドボアの死体が消える様子は無い。つまり、もう1匹がいる筈だ。


 周囲を見回すと、ワイルドボア近くの杉の木の間に大きなが掛かっているのを見つけた。弓を持っているレスミアには後ろからの援護をお願いして、警戒しながら巣に近付く。近くで見ると、人でも引っ掛かりそうな大きさで、更に蜘蛛の巣とは思えないほど太い糸だ。3m程の高さにあるので見上げて、魔物の姿を探していると、


「後ろです!避けて!」


 レスミアの声に振り向きながら、構えていた槍を振り回して後ろを薙ぎ払う。槍の柄に重い感触が伝わり、何かを打ち返した。焦げ茶色の大きなボールのような丸い物が転がっていく、内野ゴロか。


 転がるボールが展開し、8本の脚で制動を掛けて止まる。その姿は、脚を含めると1m以上もある焦げ茶色の巨大蜘蛛だった。沢山ある複眼と目が合った気がした。小さくてもキモイのに、大きくなると生理的嫌悪感しかない。

 止まった蜘蛛の胴体……いや、後ろに突き出たのは腹だったか? に矢が突き刺さる。俺とレスミアで挟み打ちの状態に混乱しているのか、蜘蛛が交互に振り返って威嚇してくる。その隙に〈詳細鑑定〉を掛けた。



【魔物】【名称:シルクスパイダー】【Lv12】

・1.5mサイズの大型蜘蛛。天井や壁に巣を張り、物陰に隠れて奇襲を仕掛けてくる。爪や噛みつき攻撃のほか、粘着糸を出して行動阻害をする場合もある。非戦闘時には通路や部屋の入り口に蜘蛛の巣を仕掛けている。土魔法〈ディグ〉で巣穴を作ることもある。

 ・属性:土

 ・耐属性:水

 ・弱点属性:風

【ドロップ:蜘蛛の足】【レアドロップ:シルクの糸束】


 シルクってツラじゃないだろ、焦げ茶色だぞ。まあ、糸の方からの命名だろうが……ドロップ品からは目を背けたくなる。レアドロップの方だけでいいじゃないか。



 しかし、実際に戦い始めると動きが素早く、苦戦を強いられた。6本脚で前後左右にジャンプして移動し、一番前の2本脚で突き刺し攻撃をしてくる。射程が短いのと、前面にしか攻撃出来ないようなので、何とか避けられているが。


 対して、俺の槍で突いても効果が薄い。胴体への突きは全力で逃げられ、何とか脚に当てても、脚がたわむ様に受け流されてしまう。脚の殻に傷が入る程度。


 戦闘が安定したのは、その回避重視を逆手に取ってからだ。俺の攻撃をシルクスパイダーがジャンプで避けた後、レスミアが着地を狙い撃つ。それを繰り返すうちに動きが鈍くなり、最後は振り回した槍の穂先が、脚を切り飛ばしながら胴体に突き刺さり、止めとなった。


 動かなくなったのを確認してから、改めて残っている脚をショートソードで切ってみる。脚に対して斜めに振ると殻を滑って切れないが、垂直に刃筋を立てれば切り落とす事が出来た。これが戦闘中に出来れば良いのだが……最近、槍ばかり使っているからなあ。

 そこに外した矢を拾い集めていたレスミアが戻ってきた。


「あれ、珍しいですね。今度はショートソードにするんですか?」

「さっきは槍の突きが効かなかったけど、最後の振り回しで切り落とせただろ。斬撃の方が効くのかと思ってね」


「矢も脚に当たったのは弾かれましたから、有り得るかも、ですね。

 私の方は、ザックス様ほど警戒されなかったので、着地を狙えば楽に当てられました。

 ただ、狙い易い大きなお腹に当てても、平然と動いていましたのが気になります。お腹に5発も当てたのに……かといって、胴体を狙うと脚が邪魔ですし」

「それでも、最後の方は動きが鈍ったから助かったよ。昆虫だから痛覚が無い可能性もあるしな」


 シルクスパイダーの対策案を話し合っているうちに、死体が消えて、刺さっていた矢が地面に落ちた。それと、切り落とした脚も一緒に消えていったが、それとは別の脚が現れた。



【素材】【名称:蜘蛛の脚】【レア度:E】

・シルクスパイダーの脚。火を通せば食用になる。殻は固いが、火を通すとハサミで切れるほど柔らかくなる。他の用途で使う場合は、火を入れないように加工しないと脆くなる。



 食材?! ちょっと待って、根元の関節辺りから先端まで、1m弱はありそうな焦げ茶色の脚だぞ。どう見てもゲテモノにしか見えない。この鑑定結果はレスミアには教えない方が良いよな? 教えたら絶対に食卓に並ぶ! 他の用途……槍にしては短いから投げ槍とか、矢尻とかの素材という事にすれば……


 蜘蛛の脚を持って使い道を考えていたら、矢を拾い終わったレスミアが俺の手元を見て笑顔になった。


「これが蜘蛛の脚ですか。村長の奥さんから、昔はたまに珍味として食べていたって聞いた事があります。調理法を聞いておきますね!」

「……ああ、ストレージに入れておけば大丈夫だから、急がなくても大丈夫だぞ。

 そうそう、シルクスパイダーが何処に隠れていたか、分かるか?」


 希望なんて無い、駄目だったよ。料理好きが食材の話題を逃すはずも無いか。取り敢えず、話題をズラしたが、これで忘れてはくれないかなあ……



 レスミアが指差したのは、俺が見つけた蜘蛛の巣の反対側、壁側に生えている木と木の間だった。そこを見に行くと、地面に穴が空いている。

 説明文にあった〈ディグ〉で掘ったのか、脚で掘ったのか、どちらにせよ面倒な魔物だ。蜘蛛の巣を囮に、奇襲する知恵があるのだからな。更に隠れていて動かないなら、猫耳でも発見は難しい。




 先に進み、何度か交戦してみたが、弱点が風属性なのでワイルドボアとシルクスパイダーの両方共〈エアカッター〉一撃で倒せた。どんな組み合わせで遭遇しても、確実に1匹は始末出来るのは助かる。


 そしてシルクスパイダーが隠れている場所も様々だった。木々の間に張った蜘蛛の巣にいたり、蜘蛛の巣の裏に隠れていたり、木の上の方で枝葉に紛れていたり。最初の様に穴掘って隠れているのもいる。

 大抵は動けば、レスミアが猫耳で探知し、注意してくれるので対処出来たが、近過ぎる場合は攻撃を食らう事もあった。



 蜘蛛の巣の裏からジャンプして躍り出てきたシルクスパイダーに対し、咄嗟にショートソードを振るったが、相討ち。前脚を1本切り落とすが、残った前脚の爪が俺の肩口に刺さった。肩に衝撃をくらいながら、それに逆らわずに地面に倒れて、そのまま転がって離れる。シルクスパイダーにマウントを取られるよりはマシだ。


 ある程度離れると、矢音と「シャー」と言う鳴き声が聞こえた。弓矢の援護と判断して、転がる勢いを使って立ち上がる。

 鳴き声がした方を見ると、シルクスパイダーがジャンプして逃げて行くところだった。


 その間に肩の傷をみたが、防具は貫通しておらず、痛みも鈍痛がする程度でHPも5%しか減っていない。幸いにも硬革のブレストアーマーの肩部分を貫ける程の威力は無かった様だ。買い換えていて良かった。


 転がった時に落としたショートソードを拾い、戦闘に戻る。それに気づいたレスミアが弓を引きながら、聞いてきた。


「ザックス様! 怪我は大丈夫何ですか?」

「硬革装備のお陰で大した事はない! それより、弓矢で俺の方に追い込んでくれ!」

「了解です!」


 ここまで何度か戦って分かった事がある。シルクスパイダーは槍や弓矢など、自身の射程外からの攻撃にはジャンプして逃げ回り、胴体や頭への攻撃は全力で逃げる。なので、弓矢で逃げる方向を誘導する事が可能だ。


 近くにジャンプして逃げて来たシルクスパイダーに切り掛かり、脚を2本まとめて切り落とす。


 そして近距離、前脚や噛み付きの射程内だと、今度は他の脚を盾にしてでも攻撃を仕掛けてくるようになる。ただそれも、脚が残っていればの話。片側の脚が1本しか残っていない現状では、ふらふらとバランスを取るのにも苦労していた。

 返す刀で胴体に突き刺すと、動かなくなった。


 どうも、図体の割に頭と胴体が小さく、一撃突き刺すだけで重要な内臓がやられて致命傷になるようだ。そりゃ、弱点を狙われたら全力で逃げる訳だな。



 一息ついていると、肩の痛みが気になり始めた。追加スキルを入れ替え〈ファーストエイド〉をセットして、スキルを使用すると念じると、手元に魔方陣が現れる。いつもと意匠が違う魔方陣だが、魔力を込めるのは同じだ。魔方陣全体が光ってからスキル名を言えば発動する。


「〈ファーストエイド〉!」


 肩から鈍痛が消え、HPも全快する。フノー司祭は増血の奇跡を使う際「神に祈りを」なんて言っていたが、別段言わなくても魔方陣に魔力を込めるだけで発動出来た。やっぱりパフォーマンスなのだろうか?

 そんな事を考えていたら、矢を拾い集めたレスミアが猫耳を下げながら戻って来た



「すみません。私がもっと早く感知出来れば……」

「動かずに奇襲してくる敵じゃしょうがないさ。むしろ、俺の方が対処を誤ったと言うか、反撃せずに避けに徹するべきだったのかもな。

 まあ、シルクスパイダーの前脚攻撃は、硬革装備を貫けないと分かったから、良しとしよう」


 軽く反省会をしてから先に進んだ。

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