シュピルフィーア・ダンジョン攻略記~複数ジョブの力を組み合わせ、掛け合わせ、世界を改変する!~
泥酔猫
第1話 初陣
夏の終わりの時期といっても、まだまだ日差しは強い。目的地であるランドマイス村が近付くにつれて、街道沿い木々が増え、林へと移り変わる。木陰に入ったことで体感気温が下がるが、俺にそれを感じる余裕はなかった。
ガタガタと大きく揺れる馬車の中、片膝立ちで荷物の木箱に捕まりながら緊張で震えていた。
事の経緯は10分ほど前。
村への移動中に、進行方向から黒い煙が立ち昇っているのを発見した。俺の護衛を請け負っている騎士団102分隊の4名(騎兵3名、馬車の御者1名)が話し合い、村の異変として急行することに決まったのだ。
「ただの火事ならばよいが、最近国境付近に出没した山賊の可能性もある。その場合は対人戦も覚悟しておけよ」
などと、隊長に声を掛けられたのだが、いきなり対人……殺し合いになると言われて、覚悟が決まるはずもなかった。
そんな時、馬車に並走してきた騎馬から、声が掛けられる。ここまで護衛してきてくれた騎士見習いの一人だ。
「ザックス! 顔が青いが大丈夫か?!」
「わ、分かりません。訓練は積んできたし、戦闘の覚悟はしてきたはずだったのに……」
「まだ、対人どころか魔物も戦ったことがないのだからそんなもんだ。その調子では戦えないだろ。自分の身を守ることを優先して、馬車に隠れてろ!」
そう言うと見習い騎士は馬車から離れて、別の騎馬の方へ行った。
馬車に隠れていろと言われても、屋根の無い馬車なので周囲からは丸見えで、隠れる場所など無い。これじゃ、馬車と言うより荷車と言った方が近い。積み荷の木箱の影では、身体がはみ出すよな。
しかし、見習い騎士と会話したことで、緊張が少し解れ、多少は頭が回るようになってきた。取り敢えず、自分の出来る準備をしようと考え、ステータス画面を開いて切り札を取り出す。
ただ、冷静になったとしても、直に人間と殺し合いが出来るとは思えない。遠距離攻撃出来るこれが最善だと、自分に言い聞かせて、切り札を強く握りしめた。
街道を走り抜け、林が森林へと移り変わる。そして、村の入り口が見えてきた。
入り口横の小屋が燃えて煙を上げており、付近に人だかりが……村を背にした自警団らしき人だかりと、見るからに粗野な格好の山賊らしき集団が対峙している。数はどちらも20人前後だが、村の自警団の半分以上は鎧も着ておらず、農夫の様に見えた。素人目には、何故立て籠もっていないのか、疑問を感じた。
「全隊止まれ!!」
見習い騎士隊の隊長から停止命令が出て、徐々に速度を落と山賊から少し離れた場所に停止した。
自警団と見習い騎士隊で、山賊を挟み撃ちにしている状況なのだから、馬車はともかく騎馬は突っ込ませた方が良いのではないか?
そんな事を疑問に思っていると、最前列に居る隊長は、抜刀した剣を山賊に向け、名乗りを上げた。
「我らは、アドラシャフト騎士団である! 貴様ら、領地内を騒がしている山賊共であるな!
人質を取るとは、卑怯千万! 女神様の怒りを買いたくなければ、早々に開放しろ!」
すると、山賊の中でも一際巨漢な男が振り向いた。その手には、一人の少女が捕らえられている。
隊長は騎乗しているため視線が高く、人質が見えたようだ。
しかし、騎士団としての名乗りも、相手には全く効いていない。そればかりか、人質に剣を突き付け、脅しを掛けて来た。
「巡回の騎士は出て行った筈だが……貴様らこの人質が見えるだろ、余計な真似するんじゃねえぞ」
「きゃうっ……」
人質の銀髪の少女が声なき悲鳴を上げた。俺の位置からは表情までは見えないが、その服装から村人と言うよりは、伯爵邸で見たメイドさんに見える。
山賊の親分らしき禿巨漢の男が、左手でメイド少女の両手首を掴み拘束し、右手の剣を突き付けているのだ。そんな状況なので、山賊の向こう側にいる自警団も悔しそうな顔をしているが、手が出せず睨み合いになっていた。
そんな中、隊長が交渉を試みる。
「先ずは、人質の解放を要求する。何が目的だ!」
「村には要求したんだが中々呑んでくれなくてな。馬を全部とそれに満載した食料だ。いや貴様たちが乗ってきた馬も追加だ」
「我らの愛馬まで奪うつもりか、強欲な」
「馬を残して、後から追いかけられてはたまらんからな。おっと、この女は逃げ切るまで連れて行くぞ」
見るからに山賊な外見に似合わず、悪知恵が働くようだ。
ただ、人質がいるにしても自警団と見習い騎士に挟まれた状態なのに、山賊親分が焦りもしていないのが気になる。こちらは馬に乗っていても、革鎧の若者ばかりなので本職の騎士がいないことがバレているかもしれない。ただ、それでも人数はこちらが上で、挟み撃ちの状態なのに……。不審に思った俺は、山賊親分にスキル……この世界に来た時から身に着けていた特殊な力……〈詳細鑑定〉をこっそり使用した。
すると、禿巨漢の男からポップアップが表示される。
【人族】【名称:ガルゲン、38歳】【基礎Lv38、ジョブ重戦士Lv15】 (赤字ネームのため攻撃可)
このスキルは、相手の簡易ステータスを読み取ることが出来るのだが……まずい、セカンドクラスに至っているじゃないか。こちらの世界ではレベル差があれば、人数差なんて簡単にひっくり返されてしまう。こちらの騎士見習いは基礎Lv20前後なので1対1では勝てない。2,3人がかりなら戦えるかもしれないが、取り巻きの山賊もいる。周囲の山賊共にも〈詳細鑑定〉を行い、調べてみたが基礎Lv10~20程度。
ただし農夫交じりの自警団も同レベルだ。
山賊親分を見習い騎士達で抑えても、取り巻きの山賊どもは自警団と潰しあいになる。どれだけ被害が出るのか分からないし、それ以前に人質の少女が犠牲になるのは避けたい。
状況を打破するには切り札を切るしかない。
俺はようやく覚悟を決めると、荷台から御者席に移り、少しでも高くなるよう御者席の上に立った。
左手に持った切り札、聖剣クラウソラスを胸の前で目立つように抜刀し、鞘を(音を立てるように)投げ捨てた。さらに右手の聖剣を上に掲げて、太陽の反射光の煌めきが山賊達に見えるよう調整する。
「ザックス、いったい何を……」
十分に注目を集めた俺は、周りの見習い騎士に止められる前にスキルを発動した。
「〈プリズムソード〉!」
掲げた聖剣の両脇に赤く光る剣と、青く光る剣が出現する。
数秒間、光剣を見せつけた後、「いけっ!」と、右手の聖剣を前に振り光剣を射出した。
二振りの光剣は呼び出した高さのまま直線に飛び、山賊達の頭上を飛び越えて、村の向こうの林へ消えていった。
予想外の出来事の為か、しんと静まり返っていたが、山賊から大きな笑い声が上がる。
「ガーハッハッハッ、とんだ間抜けだな。何の魔法かスキルか知らないが、狙いも碌に付けられないとは」
山賊親分の声に、周りの山賊達もゲラゲラ笑いだす。
そんな笑われている中で、人質に突き付けていた剣が、少し下がったのを俺は見逃さなかった。
視界に映るロックオンカーソルを山賊親分の首と、人質を掴んでいる手首にセット。上空に待機させていた2本の光剣に攻撃指示を出す。
光剣が宙を舞い踊り、二筋の剣閃が急降下した。
「ハハハハハ、グボァ!」
斜め上から飛来した赤い光剣は狙い違わず首に突き刺さり、もう一本の青い光剣は手首を切り落とす。
それと同時に、拘束から解放されたメイドさんが座り込むのを見て、声を上げた。
「メイドさん、今のうちに村へ逃げろ!」
「……は、はい!」
思いのほか早く逃げ始めたメイドさんを支援するべく、青いロックオンカーソルを山賊親分の首にセット。右手の聖剣を横薙ぎに振るうと、青い光剣も横薙ぎの斬撃で山賊親分の首を刎ねた。
「「「お頭!!!」」」
倒れる山賊親分に気を取られている山賊達を尻目に、光剣をオートモードへ切り替え、周りの騎兵達に檄を飛ばす。
「今だ!騎兵隊突撃!!!」
「!? 行くぞ!総員突撃!!」
俺に指揮権など無いので、動いてくれるかちょっと心配だったが、隊長は直ぐに乗ってくれたようで、号令を掛けて、馬を走らせた。その声に追随し、残りの騎兵の3人も突撃して行く。 ん? 3人?
いつの間にか御者をしていた見習い騎士が、馬車の馬を取り外して乗っていったようだ。
そんな騎兵に、横合いの森から火の玉が3つ飛来するのが見えたが、突撃する騎馬の速度を捉えることは出来ず、外れていった。
山賊親分の余裕は自身の強さと思っていたが、伏兵も用意していたのも理由だったのだろう。自分の見通しの甘さと、経験の足りなさを痛感しつつ、姿の見えた敵魔法使いをロックオンする。
山賊達をオートで切り殺していた光剣は、ロックオンされた途端、敵へ向かって飛んでいく。敵に届いた辺りでオートに切り替えれば、何人隠れているか分からないが殲滅してくれるだろう。
山賊達は光剣が別の場所へ飛んで行くのを見て安堵していた。が、そこに騎兵達が突撃し、数を減らしていく。騎兵が駆け抜けていくと、今度は村の自警団が攻撃に出る。既にボロボロな山賊達は逃げる者も出始めるが、騎兵と光剣により討ち取られていった。
「もう動く山賊どもは居ない。我らの勝利だ!!」
「「「おお~勝ったぜ~」」」
見習い騎士隊長は剣を掲げて宣言すると、騎兵や自警団、農夫たちも武器を掲げて大いに歓声をあげた。
少し離れた荷車の御者台に座り込んだ俺は、歓声の輪に混じれないのを残念に思いつつも、戦闘が終わったことへ安堵していた。いや、いくら山賊とは言え、死体が散乱する場所はちょっとな。まだ、日本に居た頃の良識が残っているだけに、間接的にも関わった事に心が痛む。切り札である聖剣クラウソラスが、遠距離攻撃のスキルを持っていて良かった。
なんとなく空を見ると、青空が広がっていた。8月の終わり頃の空である。空は同じに見えるのになぁ。
周囲の惨状から目を逸らすべく、この世界に来てから10日程の出来事を思い返した。
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