245話「マチャドの質問」
「全員よく頑張ったな」
「た、大変でした」
「明日もこんな感じなんですよね」
「逆にこっちは暇だったぞ」
俺の労いの言葉にメランダ、シーファン、カリファがそれぞれ答える。他の奴隷たちもかなり疲れている様子で、それだけで今日の仕事が大変だったことが理解できる。
しばらくはこの二十人態勢を維持しつつ、慣れてきたら十人ずつの二分割にして、商業ギルドにレシピを譲渡した後に三分割にするべきだろうな。
なんにせよ、今はこの仕事に慣れさせるのが重要だ。そんなことを考えていると、マチャドが質問を投げ掛けてくる。
「ローランド様、一ついいですか?」
「なんだ?」
「クッキーの値段のことなんですけど。クッキー一枚で小銅貨一枚、十枚で小銅貨九枚ですよね」
「そうだが」
「でも三十枚の値段が大銅貨二枚に小銅貨八枚、五十枚では大銅貨四枚に小銅貨七枚じゃないですか。そうなると割引の比率っておかしいことになりませんか?」
マチャドがそう投げ掛けてくるが、それについては問題ないと考えている。小賢しい考えを持つ者であれば、クッキー十枚を五回注文した時と五十枚を一回注文した時では小銅貨二枚の差ができてしまう。そのため、十枚を五回に分けて注文すれば、数字的には確かに五十枚を注文した時に損をすることになるだろう。
だが、よく考えてみて欲しい。今日がクッキー販売の初日だが、販売を強制的に終了した理由は“クッキーの材料が足りなかったから”というものであるため、クッキーを買うことができなかった人間はこう考える。“クッキーの数に限りがある”と。
そんな可能性がある中で、わざわざ一回ごとに十枚の注文をしていくだろうか? 多少割高になることを理解していても、一度の注文でできる最大注文枚数の五十枚を選択する方が、結果としては実質的に得なのだ。
仮に一度に十枚注文し、再び列の最後尾に並びなおしてまた十枚の注文をした時、クッキーが残っているかどうかわからない以上、確実に手に入れることができる時に手に入れておいた方がいいのではないだろうか?
あるいは、一度の注文で十枚を五回分頼むという猛者も出てくるだろうが、そういった行為はできないとこちらで決めておけば問題はない。こういった飲食系の商売は薄利多売が基本であり、数を売らなければ利益が出ない。だからこそ、細かい値段設定が後になって効いてくるのである。
「だから、今回設定した値段は間違ってはいない。それに、本来であれば割引されることなんてないんじゃないか?」
「確かにそうですが」
基本的に何か物を売る際は、時間経過で品質が劣化してしまう商品や旬を過ぎて売り捌く見込みが低くなってしまった商品を除き、常時割り引くような販売方法はあまり一般的ではない。
一つの商品につき値段はこうだと決めたら、十個買おうが百個買おうが一つあたりの値段は変わらないのである。プロの商人ではなく、露店などの場合はたくさん購入してくれたお礼として、何個かおまけしてくれるなどということはあるのだろうが、いつもそうしてくれるわけではない。
であるからして、本当なら客に提示する料金表は一枚につき小銅貨一枚、一回の注文での最大注文枚数は五十枚までという表記だけで済むのだ。
「これもまた、商売戦略の一つなのだよマチャド君」
「は、はあ」
「それに、これは商売敵に対する牽制の意味も込められている」
「牽制、ですか?」
「そうだ」
いずれクッキーのレシピは商業ギルドに譲渡し、条件を吟味した上で販売する計画だ。だが、それよりも先に儲け話に乗っかりたいという商売人が、レシピ販売を待たずに類似品を真似て販売するということが予想される。
その対策をするという意味でも、この常時割引は有効であり、仮にそういった類似品を販売する人間が出てきたところで、利益率を度外視したやり方を取っている我々の脅威とは成り得ないと考えている。
例えば、まったく同じ品質の商品があったとして、Aの店では100円、Bの店では120円で売られている。では、どちらの店で購入するかという問いに、ほとんどの者がAと答えるだろう。それと同じである。
さらに言えば、庶民の味覚に合わせているとはいえ、今日販売したクッキーもこの世界の基準で言えばかなりの品質であり、仮にこれを真似て販売しようとすれば、最低でもクッキー一枚につき小銅貨四枚は取らないと販売業としては採算が合わないのだ。
では、なぜうちは小銅貨一枚で提供できるのかといえば、原材料となる小麦、砂糖、卵を市場ではなく、生産元から直接入手しているからだ。その生産元というのは、他でもない俺の屋敷と孤児院だ。
原材料の費用を抑えることができれば、作れば作った分だけ利益になるため、仮に同業者が同じようなことをしてきたとしても、元の原価に差があり過ぎるため、とてもではないが最低価格の小銅貨一枚などという馬鹿げた値段設定にすることは不可能なのである。
しかしながら、いずれはこの国全土にクッキーを広める以上、最終的には商売敵たちにもクッキー販売に手を出してもらうことになるため、レシピが出回る前にこちらの真似をされたところで、実害は皆無に等しい。
だが、何かを一番に始める人間の心理としては、できるだけその分野を自分たちだけで独占したいと考えるのは当然であり、できればしばらく俺たちの独壇場を貫きたいと思っている。
「なるほど、そういう意味での牽制ということですか」
「まあ、いずれは王都以外の都市や町や村でも手に入るようにしたいから、絶対的に俺たち以外の人間にもクッキー販売をやってもらわなきゃならないがな」
「そうですね。それまでは、じゃんじゃん売って稼いじゃいましょう!」
そんなことを話し合っていると、奴隷全員の視線がこちらに向いているのに気付く。おそらくはこちらの話の邪魔をしないように待機していたのだろう。顔を向けると、メランダが近づいてきて報告をする。
「ご主人様、後片付けが終わりました」
「わかった。ローランド様、例の件はどうしましょうか? 今ここで彼女らに渡しておきますか?」
「そうだな、そうしよう」
何を話しているのかという顔を浮かべていた奴隷たちだったが、基本的に今いる奴隷たちは端的に言えば、クッキー販売をするためにコンメル商会で雇った従業員だ。
従業員として雇い入れている以上、労働に対しての対価を支払う義務が雇い主には発生する。尤も、それはあくまでも地球での話であり、この国に奴隷を含めた労働者に対する詳細な法律などはない。
では、経営者は従業員に給金を支払う時にどうしているのかといえば、一日当たりの生活費の相場と同じか、少し高い金額を支払うのが一般的であり、これは商業ギルドによって厳しく取り締まりが行われている。
先ほど、労働に対する法律はないと言ったが、この世界では商人が商いを行う際、必ず商業ギルドに登録をしなければならないというルールが存在する。
そして、商業ギルドでは雇い入れた従業員に対し、明らかに不遇な条件で雇用することを良しとしておらず、もしそのようなことが公になれば、実質的に商人として失業することになってしまう。
従業員をこき使い、あまつさえその労働に対する報酬を支払わないとなってくれば、そんな経営者と取引をしてまともに金を払ってくれるのだろうかという信用問題に関わってくる。
それが明るみになった時点で、商人としての信頼は地に落ち、商業ギルドもまた商いを行う資格なしと判断し、強制的に商業ギルドの登録を抹消することも珍しくはない。
そういった決まりがあるため、余程の悪徳商人でない限り、雇い入れた従業員が悪辣な条件で働かされるということはあまりない。
であるため、そういった観点から商人の多くは、物扱いである奴隷を労働力として購入するケースがよくあり、ある程度の規模の商会では、比率として奴隷の従業員が多くなっているのが現状だ。
だが、今回俺は彼女たちを物扱いの奴隷ではく、従業員として扱うため、給金を払う手はずになっているのだ。
「お前たち、今日はご苦労だった。各組ごとに整列しろ」
奴隷たちを料理組、接客組、護衛組に整列させる。整列した彼女たちに俺は説明をし始めた。
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