241話「富豪買いと指導開始」



 ヘドウィグの説得を終え、再び店に戻った俺は、店主に事の顛末を説明する。最初の方こそどうやって説得したのか驚いていたものの、何が原因でヘドウィグを怒らせてしまったのか理解すると、気落ちしていたが彼がどういう理由で怒っていたかについて納得はしていた。



「とりあえず、今後も作ってくれるかはわからないが、店主に謝りたいと言っていたからそのうちここにやってくるだろう」


「そうですか、ありがとうございます」



 それだけ言葉を交わすと、次は屋台の交渉についての話し合いに移ったのだが、ここで店主がお代はいらないと言い出してしまった。



 物の売買を行う以上、仕入れ値よりも高く売れなければ赤字になってしまうのは当たり前のことだ。仕入れた商品をタダで譲ってしまうなど、余程のことがない限りないだろう。



「今回の一件のお礼を思っていただければいいのです。それに、今後も同じ商品を仕入れることはできそうですし」


「そうか、なら遠慮なくもらっていこう」



 こうして、実質的に代金を払うことなくタダで屋台を手に入れることができたのであった。



 屋台をストレージに仕舞い、店主と一言言葉を交わしたのち俺たちは店を後にする。そのまま、奴隷たちがいる服屋へと戻って来たのだが、そこはちょっとした戦場と化していた。



「これは私が先に見つけたんです!」


「それを言うならあたしだって」


「これは生地がよさそうですね。頂いておきましょう」


「えーと、うーんと、どれにしよう迷っちゃう」


「服なんて、別に見られたくねぇところを隠せればそれでいいだろ?」


「ダメだぞカリファ。こういうのはちゃんと選んでおかないと、後で悔やむことになる」



 女性の買い物は長いとはよく聞くが、あれから大体三、四十分が経過しているにも関わらず、奴隷たちは未だに服選びができていなかった。



 一部の服に頓着のない奴隷はすでに決まっているようだったが、他の奴隷から諭され再び服選びを再開してしまう。



 そんな光景に俺もマチャドも呆然と立ち尽くしていた。その光景を見て、俺は改めて女性という生き物の買い物に対する価値観が男性とまったく異なることを痛感する。



 とりあえず、時間が勿体ないので、彼女たちが選んでいた服がまとめられているワゴンの中にある服をすべて買い取り、下着も各サイズ別に三十ずつほど見繕ってもらい、その都度後で支給するという形を取ることにした。まさに富豪買いである。



 奴隷たちは、そのあまりに豪快な買い物に呆然としていたが、クッキー販売が始まれば、奴隷たちには多少ながらも給金を支払うつもりだ。だから、後で自分の給金で身の回りのものを買うことはできるのだが、入社祝いとしては金額的にこれくらいが妥当なところだろう。



 尤も、入社祝いが下着などの衣類というのが、元の世界ではセクシャルなハラスメントに相当する可能性があるが、この世界の法律にそういったものを制限する法がないということと、彼女たち自身が不快感を抱いていないということでぎりセーフだと思いたい。



 ひとまずは、奴隷たちの衣服問題についてはこれで解決と判断し、彼女たちを伴って一度人気のない無人の更地に移動する。



 王都内には、衰退した貴族や商人の屋敷を維持するための資金が勿体ないということで、屋敷は取り壊して更地にして管理している土地が多く存在する。こういった場所は、雑草しか生えていない何もない土地であるため、スラムに住んでいるような孤児や浮浪者すらも寄り付かない場所となっている。



 だが、今の俺にとっては誰にも見られない場所としてとてつもなく好都合な場所と化している。土地を管理しているのは国であり、その国の頂点に君臨する国王と俺は親しい間柄だ。故に無断で使っても事後報告で何とかなると踏んでいる。



 更地に到着すると、俺は先ほど手に入れた屋台を取り出し、奴隷たちを見回しながら説明をする。



「いいか、お前たちを“雇った”のはこれを製造販売してもらうためだ」


「なんすかそれ? おっと」


「食べてみろ……飛ぶぞ」



 俺の説明にすぐさまカリファが反応を示したので、ストレージから取り出した一枚のクッキーを弾いてやる。さすがと言うべきか、落とすことなく見事にキャッチしたクッキーをカリファは食べ始める。



「なんだこれ!! すげぇうめぇ!!」


「お前たちにはこれを最初から作ってもらい、それをこの屋台で販売してもらう。料理スキルを持っている者はこれの製造を、接客経験のある者は客の対応を、腕っぷしに自身のある者は理不尽な要求や力で訴えかけてくる愚か者に対処をするためにそれぞれ役割を分担させる」


「ご主人様、一つよろしいですか?」


「俺はお前たちの主人ではない。奴隷契約を結んでいるのは、あくまでもここにいるマチャドだ。それを間違えるな。まあ、それはそれとしてだ。何か質問か?」



 俺は奴隷たちにあくまでも自分が主人ではないことを強調し、何か質問があるのならそれに答えることを告げた。奴隷たちの中には、どこか納得のいっていないような顔を浮かべる者もいたが、俺自身の言葉ということもあり、そのことについてはひとまず置いておくといった様子だった。



 そんな空気の中、彼女たちを代表して料理組のメランダが問い掛けてきた。



「先ほど、あなた様は私たちを“雇った”と言いましたが、それはどういう意味でしょうか?」


「どういう意味もない。言葉そのままの意味だ」


「つまりは、そのクッキーですか、それを販売させるための従業員を雇ったということでしょうか?」


「そういうことになる。だから、しっかりと働けば相場よりも少ないがちゃんと給金も出すし、望むのならお前たちに払った奴隷の代金分働けば、奴隷から解放することも視野に入れるつもりだ」


「そ、それは本当ですか!?」



 俺の言葉に、奴隷たちは色めき立つ。通常奴隷になったものは無償で主人に仕えることは極当たり前のことであり、給金はおろか日ごとの食べ物すら碌に与えられないというのが常である。



 にも関わらず、働きに対し給金を支払い、あまつさえ支払った奴隷の代金分働けば、奴隷から解放するなどという夢物語のようなことを語る俺の言葉を疑っているようだ。



「マチャド。お前のところで雇った奴隷たちの状況はどうなっている?」


「はい。既にほとんどの者が自身の金額分を稼ぎ出しましたが、他に行くあてもなくまた自由の身になっても生きていくことが難しいということで、ほとんどの者が奴隷から解放されることを拒否している状況です」


「ということらしいぞ。とりあえずは、しばらくお前たち二十人の三交代で働いてもらうとしてだ。給金については、クッキーの売り上げ次第で上下する歩合制で支払うことにしよう。他に何か質問はあるか?」


「はい」


「じゃあそこの……誰だったか」


「シーファンでございます。寝泊まりする場所はどうするのですか? 適当に野宿でしょうか?」



 彼女のまさかの発言に、奴隷というものがどういった扱いを受けているのか、内心で嫌悪感を抱きながらも、それを悟られないようにポーカーフェイスで俺は彼女の質問に答える。



「先ほど水浴びをした場所があっただろう? あの場所に新たに住居を作るから、お前たちにはそこで生活してもらうことになる」


「それまでは野宿ですね」


「何を言っている。雨風を凌げる場所なら今日中にでも用意できる」


「え?」


「ん?」


「ローランド様、普通は大工などの家を建てるための職人を雇い入れ、何日も掛けて家を建てるものなのです」


「ああ、そういうことか」



 俺の場合は魔法一つでちょちょいのちょいと作ることができてしまうため、彼女たちの常識とのずれがあったようだ。だが、職人に任せていては時間が掛かり過ぎるため、今回のところは俺が直接建築していくことを伝えると、奴隷たちは目を丸くして驚いていた。



「とりあえず、質問はこれくらいでいいだろう。じゃあ、今からクッキーの作り方を教えていくから料理組は覚えるように、接客組と護衛組はひとまず待機……は暇だから接客組はマチャドに最低限の接客の作法を教わって、護衛組はこれで邪魔にならんところで模擬戦でもやっておいてくれ」


「ちょ、ちょっとローランド様! 聞いてませんよ!?」



 俺はそう言うと、ストレージから模擬戦用の木剣を数本取り出し、護衛組に手渡す。護衛組は嬉々としてそれを受け取り、「久々に体を動かせるぜ」と口々に言いながら、少し離れた場所でウォーミングアップを始めた。



 一方のマチャドは、急に重要な仕事を任されたことに驚いていたが、「お前も商人の息子なら、接客術の一つくらい叩きこまれているだろ? やれ」と睨んでやると、渋々ながらも接客組を引き連れて護衛組とは反対の方向に離れ始めた。



 それを見届けた俺は、首を横に振りながら「やれやれ」と一つ口にして、料理組に向き直った。



「では、これからクッキーの作り方を教える」

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