231話「女の甘味に対する執着心」



「よし、サーラたちを迎えに行くか」



 お茶会に出すお菓子の準備が整ったところで、本日の主役であるサーラたちを迎えに行くことにした。屋敷内だが時間短縮のために瞬間移動で転移し、サーラとサーニャの二人と侍女たちを連れ立ってお茶会の会場へと入る。



「ご歓談中のところ申し訳ありませんが、皆さまに本日の主賓をご紹介いたします。遠き東の方よりの国からお越しいただいております姫君、サーラ王女とサーニャ王女のお二方です」


「サーラです」


「サーニャと申します。宜しくお願い致します」



 会場入りしていた面々に二人を紹介し、それに倣って二人とも簡単な自己紹介をする。そのまま、お茶会の開催を宣言するとともに用意されたテーブルに各々席に着いてもらった。



 ちなみに、サーラとサーニャにはあらかじめ親睦を深めるためのお茶会が開かれることは通達しているため、緊張している様子ではあったが、戸惑ってはいない。当然だが、魔族であるとバレないようにするため、魔法で人間に変装している。



 テーブルは王妃サリヤと王女ティアラ&シェリルに魔族側の王女サーラとサーニャ、そしてもう一つのテーブルに貴族の方々が席に着いている。



「まずはこちらをご賞味ください」



 そう言って、俺はソバスに目配せをすると、俺の使用人と助っ人の使用人と協力して、お茶とお菓子を各テーブルに配膳していく。まずはお茶会に必須のお茶だが、以前作った高級茶葉を加工してアールグレイ風にしたものを牛乳と砂糖を加えたロイヤルミルクティー風味に仕上げたものを出すことにした。



 そして、お茶請けのお菓子についてはスタンダードなものがいいということで、先ほどできたばかりのクッキーを出す。直径三センチほどの円形のクッキーで、ちょうど一口で食べることができるサイズだ。



「これは、何とも良い香りね。ですが、このような香りの茶葉に覚えがないのだけど」


「そちらは、既存の茶葉を私自らの手で加工したものに、牛乳と砂糖を加えて仕上げております」


「そう、これを貴方がねぇ……」



 そう言いながらサリヤが一口ミルクティーを啜る。すぐに口の中一杯に茶葉の香りとまろやかな風味が広がり、砂糖のほのかな甘味で包み込まれる。



 他の者もまずは香りを楽しんでおり、サリヤと同じく味わったことのない紅茶を楽しんでいるようなのだが……。



「もぐもぐ……ローランドきゅん。このクッキーは美味いぞ」


「……皆さまちょっと失礼します。こっち来い」


「まだ食べ終わってないよ。これを食べてから――」


「いいから来い!」



 そういえば、こいつも会場にいるんだったな。ナガルティーニャとの事前打ち合わせでは、俺の知り合いということにしているのだが、もう少し品よく食べられないのだろうか?



 このままではお茶会の品格が損なわれると判断した俺は、未だ某教育番組に登場するクッキーなモンスターの如くバクバクとクッキーを頬張るナガルティーニャを会場から連れ出した。



「おい、もう少し上品に食べられんのか? 他の連中が引いてたぞ」


「……だって、あんなことを言われたら」


「何をもごもごと言ってるんだ? とにかく、王族がいる以上粗相は許されない。もっと行儀良くしろ」


「ぶぅー」


「返事はイエスかハイで答えろ」



 俺の追求に何かをぶつぶつと言っているようだが、俺の耳にそれが届くことはなかった。だが、王族が参加する格式高いお茶会である以上、必要最低限のマナーを守ってもらわなければ、こちらとしても困るのだ。



 彼女にそれを求めるのは少々酷なのかもしれないが、せめて見ていて不快にならない程度のことはやってもらいたい。



 俺の言葉に不満気ながらも頷いたので、それ以上の説教はなしにして彼女と共に会場へと舞い戻る。だが、不思議なことにそこは静寂に包まれていた。



 音らしい音といえば、食器がカチャカチャとなる音程度でそれ以外は何も音がしない。理由はすぐに理解できた。参加者が話すこともなく淡々とお菓子を食べていたからである。



 人というのは、美味しいものを食べている時は不思議と無口になる傾向にある。有名な話としては、“カニを食べている時は、みんな無口になる”というものだ。



 どうやら、こちらの世界でもそれは共通認識のようで、全員が一言も喋ることなく、クッキーに手を付けているのだ。ナガルティーニャは別として、他の参加者はやんごとなき身分の王侯貴族であるからして、その所作はとても美しい。だというのに、クッキーが物凄い勢いで無くなっているのだ。



「あら、もう無くなってしまったの?」


「こんな美味しいクッキーは初めてです」


「私も初めて食べました」


「おかわりはないのでしょうか?」



 十数という女性の視線がこちらに向けられ一瞬怯んだが、俺は貴族モードの笑みを顔に張り付けながら非情なる一言を発する。



「ございません。それに一応ですが、皆さまにご提供したものは残されることを前提として配膳しておりますので、それでも多いくらいなのですよ?」



 基本的に貴族などが催し物を開いて食事会などを行う時は、物足りないということが起きないようにするため、食べきれないくらいの量を用意するのが通例となっている。今回もそれに倣って一人当たり三十枚ほどのクッキーを用意したのだが、全員の皿を見回してみたところ、残っているクッキーはナガルティーニャの皿を除いて一枚たりともなかった。そして、今この瞬間ナガルティーニャの皿からもクッキーが絶滅した。



 女性の甘味に対する執着は凄まじいことは理解しているが、まさか俺の予想を超えてくるとは、なかなかに末恐ろしいものがあると内心で恐れおののく。



「では続いてこちらをご賞味ください」



 それから続くようにしてスイートポテト・ホットケーキ・クレープ・プリンと用意しておいたお菓子を提供していったが、その尽くが彼女たちの胃袋に消えていった。



 特にナガルティーニャと意外にも王妃サリヤの食欲は底なしかといわんばかりの勢いで、すでに四人前は完食している。



(くっ、やるわねあのおばさん)


(あの小娘、なかなかやるじゃないの)



 お互いに牽制するような視線を向けながらも、自分の皿にあるお菓子は確実に手を付けている二人を見て、この二人は一体何と戦っているのだろうかと途中から呆れた様子で観察していた。



「サーラ様は羨ましいですわね。毎日こういった料理を食べられて」


「いえ、そんなことは」


「私もこの屋敷に住みたいです」


「あなたには王城があるではないですか」



 ティアラの言葉に反論するように言ってやると、頬を膨らませながらムスッとする。そんな彼女を見てサーラがクスッと笑みを浮かべる。



「ところで、うちのティアラと婚約する気はないかしら?」



 それから、何事もなくお茶会が進むかのように思えたが、サリヤのこの一言で場の空気が一変することとなるのであった。

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