220話「次の問題」
「それで、今回の一件はなんだったのさ?」
すべてが終わってから、そんなことを聞いてきたのはナガルティーニャだった。彼女の態度からは別段からかっているという訳ではなく、改めて事の顛末を知りたいという感じが伝わってくる。
だが、散々場を乱しておいて素直に答えるのは癪だったので、適当に答えることにした。
「実はかくかくしかじかもちもちぺったんだったんだ」
「……なるほどねぇ。魔王の娘同士の争いがあって、その実は裏で先代魔王が第二王女を操っていて、ローランドきゅんが戦っていたところにあたしがやってきたと」
「……」
こいつもか? こいつもなのか? ハンニバルといいこいつといい、なぜ俺に傾倒している人間は俺の適当説明がまかり通るのだ。……解せぬ。
まあ、プラスに考えるなら余計な説明の手間が省けて助かるといえば助かるのだが、嫌がらせでやったことなので、簡単に理解されると腹立たしく感じてしまう。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、珍しくシリアスな顔つきでナガルティーニャが語り始める。
「以前にも説明したが、あの先代魔王、ヴェルフェゴールはな。今から二百五十年前に魔族と人間の間で起こった戦争のきっかけを作った男でな。野心に満ち溢れた欲深い男だ。以前はあたしが出ていって瞬殺してやったんだが、死ぬ間際に自分の魂の一部を魔道具に封じ込めることで生き長らえていたようなんだよ」
「そして、その魔道具をたまたまサニヤが見つけてしまったことで、サニヤに憑依して復活の好機を窺っていたということか……」
「そんなこととは知らなかったとはいえ、サーニャ姉さんとサーラには酷いことをしてしまいました」
ナガルティーニャの説明にベリアルとサニヤがそれぞれ口々に心情を漏らす。七魔将の面々もそれを黙って見守っている。
とにかく、今回の一件は未然に防ぐことができたためよかったが、またヴェルフェゴールが魂の一部を何かの魔道具に移した可能性に思い至る。そんな思いが顔に出ていたのか、ナガルティーニャは俺の考えを否定する。
「ヴェルフェゴールが再び魂を移すことはできないよ。奴の魂ごと亜空間に閉じ込めてやったからね。あの空間をぶち破るには、相当な魔力と高位の時空属性魔法が必須になってくる。仮にあたしが死んだとしても、少なく見積もって五千年は出てこれないだろうねぇ」
「一ついいか?」
「なんだいローランドきゅん?」
彼女の説明を聞いて、一つだけ疑問に思ったことがあったので、それを素直に聞いてみることにした。そう、実に素朴な疑問を……。
「お前が死ぬことがあるのか? 妖怪ロリババアという異名を持つお前が?」
「それローランドきゅんが言ってるだけの異名じゃないか!」
いやいや、厄災の魔女なんて言われているということは、彼女がそれほど恐れられている相手だということであり、出会ったら何をされるかわかったものではないという意味も含まれている。
そういう意味では、厄災の魔女も妖怪ロリババアもベクトルとしては同じであり、そこに何ら違いはないのである。大事なことなのでもう一度言うが、そこに違いはないのである。
「とにかくだ。これで今回の騒動は一件落着したということでいいんだよな魔王?」
「あ、ああ。貴殿らには本当に世話になった。礼を言う」
「おやおや、魔族があたしに頭を下げて礼を言う日が来るとはねぇ」
「おい、人が礼を言ってる時は素直に受けるもんだ。そんなんだから行き遅れになったんじゃないのか?」
「ローランドきゅん、それはあまりに辛辣ですぞぉー!!」
またしてもナガルティーニャが嫌味なことを言っていたので、俺が皮肉を返してやると、目に涙を溜めて彼女が抗議してきた。どうやら、自分が未だ未婚であることを気にしているらしく、俺にしか聞こえない声で「あたしだって、結婚できるものならとっくにしているんだ……」と聞こえてきた。どうやら、彼女とっては切実な問題らしい。
一つの問題が解決すれば、また新たな問題が発生するのは自然の摂理というものであり、それは必然である。ヴェルフェゴールの問題はナガルティーニャが解決したが、残っている問題はサーラたち王女の確執だ。
ヴェルフェゴールに憑依されていたとはいえ、サニヤが姉妹たちを陥れてしまったという事実がショックらしく、サニヤはそのことをとかく気にしている。
「私はあの二人に合わせる顔がないです」
「二人もちゃんと事情を話せばわかってくれる。お前が悪いわけではない」
「まーたそういう――ぶへらっ」
「同じことを何度も言わせるな」
顔を伏せ沈んでいる彼女をベリアルが慰めている。それを見たナガルティーニャがまた何か言おうとしていたらしいが、奴が何か言う前に奴の首目掛けてラリアットをかましておいたので、しばらくは起き上がってこれまい。
「とりあえず、俺が人間界に戻って彼女たちに事の顛末を説明してくる。あとは姉妹同士で話し合って解決するんだな」
「わかりました。お願いします」
そう言うと、俺は地面に仰向けに倒れているナガルティーニャの胸倉を掴み、そのまま彼女と共に俺の屋敷の自室に転移した。彼女を連れてきたのは、これ以上空気を読まない馬鹿な言動をさせないようにするためと、魔族にとって畏怖の対象である厄災の魔女をこれ以上魔界に置いておくことを避けるためである。
「さて、お前はここにいろ。ちょっとサーラたちに説明してくる」
「だが断る!!」
「ダメだ断る」
「……断るとは、どういうことかな?」
どこかで聞いたようなお決まりな台詞に、俺はさらに言葉を被せてやった。だが、彼女にとってそれは予想外なことであったため、俺の言葉の意図を問い掛けてくる。
「お前が断ることを俺が断る。これ以上人様に迷惑を掛けるのことを止めるのが面倒臭いんだ。いいから黙ってここにいろ」
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃあ!! サーラとは女子の名前ではないか! ローランドきゅんにすり寄ってくる羽虫はこのあたしが一匹残らず叩き潰して――ふぐっ」
「……それ以上喋るな。そして、しばらく眠っていろ」
我が儘を言うナガルティーニャの背後に瞬時に回り込み、そのまま彼女の頭を抱え込む。右腕と左腕を十字の形にクロスさせた状態で首を絞めながら、ナガルティーニャを気絶させる目的で技を掛ける。プロレス技のチョークスリーパーである。
物理的に奴を黙らせることに成功した俺は、すぐにサーラとサーニャたちがいる客室に赴き、それぞれに今回の一件について説明し、憑依されていたサニヤが二人に合わせる顔がないことも伝える。
「サニヤお姉様……」
「そういうことだ。サーラたちはどうしたい?」
「ローランドさんにはお世話になっているので、こういうことを言うのは心苦しいですが、すぐにでもサニヤお姉様の元へ行ってあげたいです」
「それはやめておいた方がいい」
サニヤの元へ行きたい気持ちはわからないでもないが、本人の気持ちを考えればそれはやめておいた方がいいことをサーラに伝える。同様にサーニャもサニヤの元へ行くことを懇願したが、三人にはしばらく自身を見つめる時間が必要だ。
そのことを説明し、俺は再び自室へと戻る。すると頬を膨らませながらこちらにジト目を向けているナガルティーニャがいた。
「じー」
「なんだ?」
「ローランドきゅんの浮気者」
「お前は何を言ってる?」
見当違いな物言いに、思わず呆れた視線を俺は向ける。その言動は付き合っている恋人同士が取るものであり、恋人関係にない俺とナガルティーニャには当てはまらない。
そんな彼女の胸倉を再び掴み上げると、俺は元の魔王の部屋へと転移した。
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