215話「やんごとなき連中のルール」



「ダメだ」


「なぜだ?」



 今後の第二王女の処遇について話し合っている際、魔王との間で意見の対立が起こった。それは今すぐ第二王女を拘束し、事を起こす前に捕まえた方がいいという俺と、第二王女が事を起こすまで待つという魔王で意見が分かれたのだ。



 俺としては先に捕まえておくことで、後々面倒なことにならなくて済むという意味だが、魔王の場合は違っていた。



「現時点でサニヤは何もしておらん。その状態で理由もなく拘束すれば、責められるのはこちら側となってしまう」


「王侯貴族のしがらみってやつか……これだからやんごとなき連中は」



 要するに、第二王女が明らかに国を裏切るような犯罪行為を行わなければ、例え魔王の命令でも拘束することは難しいらしい。前世で言うところの痴漢や盗撮と同じ原理だ。



 痴漢や盗撮は、そういった行為が行われた後の証明が難しい。痴漢の被害に遭った被害者が“この人に痴漢されました”と訴えても、その相手が“じゃあ自分がやったという明確な証拠はあるのか?”と言われたら、その証拠自体を提示することが困難なのである。



 だからこそ、そういった犯罪を取り締まる警察は、基本的に視認による現行犯逮捕を行うことがほとんどなのだ。尤も、その方針で未然に痴漢や盗撮を防ぐことができず、被害に遭う女性が出てしまうのだが……。



 かといって、痴漢や盗撮が行われる前に犯人を逮捕するということもできず、警察としても現行犯逮捕で対処しているのが現状だ。それに“あいつは痴漢しそうだから逮捕だ”などという道理の通らない理由で逮捕されては、本当に痴漢をするつもりのない人間も逮捕してしまうという誤認逮捕に繋がりかねない。



 少々話が脱線したが、今回の第二王女に関しても同じことで、第二王女が魔族の法に触れない限り、彼女を断罪することができないのである。



 そこのところを明確にしておかなければ、逆に冤罪を盾にとんでもない要求をしてくる場合があり、過去の歴史の中でもそういったあらぬ冤罪を使って無理難題を吹っ掛けてきた貴族もいたそうだ。



「こればかりは相手が尻尾を出してくれなければ、こちらとしても相手を拘束することはできぬのだ。もちろん我としても、事が起こる前に未然に防げるに越したことはないのだがな」


「であれば、誰にも悟られないよう第二王女を亡き者――」


「その先は言わなくていい! もう何が言いたいかわかってしまったわ!!」



“バレなければ何をやってもいい”とはよく言ったもので、第二王女を暗殺したことが誰にも知られなければ、わざわざ証拠を掴まなくとも始末できると思ったのだが、どうやらそれもダメらしい。まったく、魔族のくせにそういう細かいところを気にするとは……。



 そんなことを考えていると、突如として大地を揺るがすほどの地響きが起こる。咄嗟に下半身に力を入れ、踏ん張ることで何とか転倒は避けられた。



「い、一体何事だ!?」


「こりゃあ、第二王女が実力行使に出たか? よし、これで殺せる理由ができたな」


「また貴殿はそのようなことを……。と、とにかく外に出て確認してみる他あるまい」



 俺が嬉々として第二王女の誅殺を目論む中、それに反論する魔王と共に、俺たちは部屋の外へと飛び出した。





   ~~~~~~~~~~




 ――時はローランドたちが騒ぎを聞いて部屋を飛び出す少し前に遡る。




 ~ Side チャム ~



「……」



 ボクはサーニャ王女の部屋で項垂れていた。あの見た目は子供なのに恐ろしく強いアイツに手も足も出ず、結局止めることはできなかった。



 ただでさえ任務を失敗し、生きている価値などないボクが敵の足止めすらできないことに歯噛みしながらも、意識を切り替える。



「報告しなきゃ」



 今は自分の力の無さを嘆いている場合ではない。あの方の元へ戻ってこのことを報告しなければならない。例え任務失敗の責を問われ、あの方に殺されようとも忠義を尽くすことが忠誠というものだ。



 アイツの魔法によって未だ気怠さの抜けない体に鞭を打って、ボクは主の待つ場所へと急ぎ戻った。



「あら、お前にしては遅かったのね。それでサーラの様子はどうだったの?」


「それが……」



 自らの主に最後の報告をしようとしたその時、突如としてボクの体から閃光が解き放たれる。その光は魔力が帯びており、どこか覚えがある魔力だった。そう、アイツの魔力だ。



 放たれた魔力は僕の体の周囲を駆け巡り、一つの魔法を発動させようとしていた。おそらくは、アイツが使った【コンディションコントラクト】とか言う魔法だというのはすぐに理解できた。



 契約魔法の一種で魔法を使った相手と契約し、その提示した契約の内容を遵守させる魔法で、それを破れば特定の罰があるということらしい。



 一体どんな罰が待ち受けているのかと身構えたが、すぐに光が次第に弱くなっていき、完全に消失してしまった。だが、次の瞬間ボクの体にある変化が起こった。



「あははははははっ」


「な、なにを笑っているの!? 笑うのを止めなさい!」


「うきゃきゃきゃきゃきゃっ。そ、そこはらめぇ!!」



 ボクの体を誰かが擽るような感覚と共に笑いが止まらなくなってしまった。サニヤ様が笑うのを止めろと命令するが、止めようにも止められない。これがアイツが仕込んだ魔法だというのであれば、なんて凶悪なものを仕込んでくれたのだろうと、内心で恐れ戦く。



 アイツが言った“死んだ方がマシ”という罰がこれなら確かにこれは死んだ方がマシだ。死ねばそれ以上の苦しみを感じることはなく、文字通り楽になれる。だが、これではただただ苦しみが続くばかりで、解放されるにはアイツが提示した条件を遵守するほかない。



「笑うのを止めなさいって言ってるでしょう!!」


「おいおい、随分と賑やかじゃねぇか」



 サニヤ様が声を張り上げる中、そこにやってきてのはグリゴリ様だった。この方も今回の一件に一枚噛んでいる方であり、協力者ではあるのだが、どこか信用の置けない方でもある。



「ほう、何か変な魔法を掛けられてるみてぇだな。この感じは契約魔法の類ってところか」


「なんですって!?」


「おそらくは、自分たちの情報を話そうとすると、それを妨害するような契約内容になってるみてぇだな。笑いが止まらなくなるとか、ある意味では地獄だな」


「……」



 グリゴリ様がいつもの飄々とした態度で説明する中、ボクの笑い声が部屋に響き渡る。だが、次の瞬間サニヤ様がとんでもない行動に出る。



「そう、てことはこの子は任務に失敗したのね」


「そうなるな」


「なら簡単だわ。使えなくなった駒は始末するまでだわ! 死になさい。【ブロウカッター】」



 任務を失敗したことを知ったサニヤ様が、ボクに向かって魔法を放ってきた。だが、何故かその魔法がボクに届くことはなかった。



 この時のボクは知らなかったが、どうやらアイツが掛けた魔法の中に第三者に危害を加えられないようにする内容が含まれていたらしく、サニヤ様の魔法は出現した障壁によって防がれてしまう。



「これは一体何なの!?」


「はっ、この契約魔法を掛けた奴は相当底意地が悪いらしいな」



 グリゴリ様の意見にボクも同意する。ボクに説明した内容にこのことは含まれていなかった。わざと説明しなかったことは明白で、性格の悪さが滲み出ている。



「くそ、くそくそくそくそ! なんで私の思い通りにならないのよ!! ……いいわ。ちょっと早いけどこれを使いましょう」


「お、おい! よすんだ姫さん。それはまだ使うな」



 ヒステリックを起こしたサニヤ様が、吹っ切れたようにどこかから首飾りを取り出すと、それを首に掛ける。すると今まで感じたことのないほど大きい魔力が溢れ出した。



 それを見たグリゴリ様が珍しく焦ったように止めに入ったが、そんな彼の制止も聞かず、サニヤ様がその魔力を片手に収束させ、魔法を使った。



「すべてを破壊しなさい! 【カオスティックカタストロフィ】!!」



 次の瞬間目の前の視界が真っ白になり、気付いたら巨大な爆発と共に辺り一面が吹き飛んでいた。

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