198話「籠絡」



「お嬢ちゃんのお陰で、村人に被害が出なくて助かったわい。本当にありがとうの」


「い、いえ。お役に立てたのでしたら良かったです」



 村長にお礼を言われたサーラだったが、今回の一件が自分たちに関係しているかもしれないことを知っているが故に、複雑な思いを抱いているようだ。



 それは、俺も同じなので村人たちが彼女にお礼を言うたびに「違うんだ。そうじゃないんだ」と弁明したくなる衝動に駆られるのを必死に堪える。



「お姉ちゃん!」


「あ、ローランドたん! ……終わりましたよ。これでよかったんですよね?」



 そんなサーラの元にとてとてと小走りに走っていき、健気な弟ムーブをこなしながら彼女に近づいていく。俺が声を掛けると小声で話し掛けてきたので、とりあえずは頷いておいた。……彼女から聞き出すのは、村を後にしてからだ。



 それから、村全体がお祭り騒ぎになり、オーガを解体するちょっとしたイベントとなっていた。俺たちも少しだけ祭りに参加したが、やはり負い目がある分素直には楽しめなかった。



 しばらく祭りに参加し、頃合いを見計らって村長に村を出る旨を伝えると、最初は慌てて引き留めようとした。だが、元々俺たちが魔王都を目指して旅していることを知っているだけに、最終的には諦めてくれたようだ。



「なにもこんなに早く出ていかんでもいいじゃぞ? せめて二、三日はいても誰も怒りゃあせん」


「そうしたいのはやまやまですが、家族が待っていますので」



 そんなことを村長が言ってくれるが、やはりここは先を急いだ方がいいということで、このまま村を後にすることにする。



 村を救ってくれた恩人として何か礼をということで、解体したオーガの素材をいくつか貰い受けることとなった。



 本当は倒したオーガすべての素材を受け取ることもできたが、必要になればまた狩ればいいだけの話だし、彼らには迷惑を掛けたので、そのお詫びということで素材は一部しか受け取らなかった。



「本当にありがとう! 道中気を付けて行くんじゃぞ!」



 村人たちに見送られながら、俺とサーラは村を後にした。しばらく歩いたあと、ようやく二人きりになれたということで、俺は彼女に問い掛ける。



「で? あれはどういうことなんだ?」


「な、なんのことですか?」



 サーラが白々しくもとぼけようとするが、明らかに動揺が見られるため、俺がなにを問い掛けているのか理解しているようだ。俺は彼女の牙城を崩すべく、さらに追及の手を強める。



「わかっているはずだ。あの魔法はなんだ? あんな強力な魔法が使えることをなぜ黙っていた」


「そ、それは……」


「あの魔法があれば、最初に出会った時に襲われていたオーガキングを倒せないにしろ、逃げる隙くらいは作れたはずだ。なぜあの時使わなかった?」


「……」



 俺の質問はサーラにとって都合の悪いものらしく、最終的には黙り込んでしまった。そんなことでどうにかなると思っているのならば大間違いだ。いいだろう。ここはさらに深い追及をするとしよう。



「実は、俺は【超解析】という相手の能力を見ることができるスキルを所持している。それを使ってお前の能力を見ようとしたが、ほとんどわからなかった。その理由をお前は知っているはずだ。答えてもらおうか?」


「す、すみません。今は答えることはできません」



 俺の追求からは逃れられないと悟ったのか、正直に答えることはできないとサーラは言い切る。それほどまでに何か特別な事情があるのか、彼女は真剣な表情で俺に返答した。



 だが、その程度で俺からは逃れられないということを知るがいい。……仕方がない、あの手を使おう。



「そうか、なら仕方がない。答えないのなら、無理にでも聞き出すまでだ」


「な、なにをするつもりですか!? 拷問しても絶対に答えませんよ!」


「この手だけは使いたくなかったんだがな……。お前が答えないなら、それもやむなしだ!」



 俺が強硬手段に出ると知って、途端に警戒するサーラ。何がきてもいいように身構えている彼女に向かって、一歩また一歩と彼女との距離を縮める。



 オーガキングとの戦いを見ている彼女であれば、逃げても無駄だということは理解しているのか、ただ俺が近づくのを観察している。



 俺は顔を俯きがちに傾け、そのままサーラからは表情を窺えないようにしながら彼女まで接近する。そして、手が届く距離まで近づくと大きく平げた両手をサーラの腰に絡みつかせ、ちょうど腰にしがみつくような体勢となった。



 そして、そのまま急に俯かせていた顔を不意にサーラに向けると、全力の弟モードを発動させ、彼女に言い放った。



「どーしてもどーしても、だめぇ?」


「はぅあ!?」



 そう、俺が取った選択肢はサーラを拷問するものではなく、ある意味では彼女に最も効果的であろう弟モードによる籠絡策であった。



 俺の弟モードに過剰なまでの反応を見せていたサーラなら、ただ純粋な苦痛を伴う拷問より、精神的なダメージが大きいと考えたからだ。



 実際、“全力の弟モードの俺を見たサーラの精神に三百ポイントのダメージ”というメッセージが表示される幻が見えるくらいには、かなり効いている様子だ。



「サーラお姉ちゃん、僕に隠し事するなんて悲しいなぁ……。僕、サーラお姉ちゃんが隠してること知りたいんだ。教えてくれるよね?」


「いや、そ、それを言う訳にはっ……。ダメだ私、言ってはダメよ私。これはローランドさんが、私から情報を引き出そうとする策略。耐えろ、耐えるのよ!」


「サーラお姉ちゃん、だぁーい好き」


「おふぁっ、ぎゅっは、ざぼっ」



 俺の猛攻に訳のわからない葛藤と、意味不明な叫び声を上げるサーラ。それはまるで、何かを耐えるかのような、耐え難い苦痛と目の前にある誘惑に手を伸ばすのを理性で押さえつけているような何とも言えない声だった。



 それから俺の弟モードによる籠絡を試みたが、サーラが隠している秘密はよほど重いのか、結局俺がいくら誘惑しても彼女が秘密を喋ることはなかった。



「くそう、せっかく恥を忍んで全力の弟モードをやったというのに……。まさか、ここまで耐えるとは」


「はあ、はあ、はあ、はあ」



 俺の拷問に耐え切ったサーラは、その体を地面に横たえながら息も絶え絶えといった様子で、力なく項垂れていた。



 彼女がそこまでして話したくない秘密とは一体何なのか、それは現時点ではわからない。だが、秘密というものは、得てして必ず明るみになるものであり、どれだけ完璧に隠そうとしても隠しきることはできないのだ。



 今回は俺の敗北ということで、サーラの秘密の追求はこれくらいにしておくことにし、未だ息の整っていない彼女に向かって声を掛ける。



「いつまでもそんなところで寝転んでないで、さっさと魔王都に向かうぞ」


「……追及はもういいんですか?」


「あの拷問が通用しないのなら、お前に情報を吐かせるのは無理だと判断した。だったら、当初の目的である魔力固定の解除を目指して、魔王都に行くことを優先するだけだ」



 俺の話を聞いている間に、息の整ったサーラが立ち上がりながら「このまま私を置いて、一人で魔王都に向かうこともできるんじゃないんですか? そうすれば、面倒事にも巻き込まれないかもしれませんよ」と問い掛けてくる。



 だが、俺はそんな一言を鼻で笑いながら一笑に付し、思ったことを口にする。



「見くびるなよ。仮にお前が持ってる秘密が今後俺にどんな不利益が降り掛かろうとも、それを打開するだけの力が俺にはある。それに、お前には魔力固定の解除方法を教えてもらった借りもあるからな。お前にどんな秘密があっても、魔王都までお前を送り届ける約束は果たすさ」


「そう、ですか……。ローランドさん、実は私。……なんです」



 俺の言い分に何かを感じたのか、サーラは小声で秘密を話そうとした。だが、俺の耳にその言葉が届くことはなく、敢えて聞き返すこともしなかった。



 サーラがどんな秘密を抱えていようとも、今の俺であれば大抵のことはなんとかなると思うし、なんとかしてみせる自信もある。それがどれだけ困難なものであってもだ。



 彼女にその思いが伝わったのかはわからないが、俺の方に顔を向けながらにこりと微笑み掛けるのを視界の端で捉える。そんな彼女を無視するかのように、俺は話題を次の目的地に変える。



「確か、村長の話では、魔王都まで二十日から一月半っていう話だったな……」


「そうですね。まさか、私がそこまで移動させられてたなんて思ってもみませんでした」


「とりあえず、一週間で魔王都に到着するつもりだから、お前はじっとしていろ」


「えっ、ちょ、ローランドさん!?」



 そう言いながら、俺はサーラを抱きかかえる。女の子が憧れのシチュエーションであるお姫様抱っこというやつだが、男である俺は特に思うところはないので、躊躇いはない。



「【フライレビテーション】」



 サーラを抱えた俺は、飛行魔法を使って空に飛び上がる。そして、そのまま圧倒的な移動速度で魔王都に向かう。



 今思えば、マンティコアに乗らなくとも最初からこうすればよかったのだが、それだとマンティコアが行ったことが無駄だということになってしまうため、マンティコアの名誉のためにもそれは敢えて口にはすまい。



 突如として抱きかかえられたことに加え、空をいきなり飛ぶというとんでもない状況になっていることに、サーラはいつものように騒ぎ立てていた。



「ロ、ローランドさん! 飛んでます! 速いです! 止めてください!!」


「だが断る! この俺の最も好きなことの一つは、秘密を教えない強情な女を酷い目に遭わせてやることだ!!」


「なんですかそれぇ!? ただあなたの拷問で籠絡されなかった腹いせがしたいだけでしょ!」


「……」



 聞こえない。聞こえないったら聞こえない。俺が恥を忍んで全力の弟モードをやったにも関わらず、それで秘密を暴露しなかった腹いせに、サーラを【空中ジェットコースターの刑】に処しているなどという子供染みたことを俺がするとでも思っているのか?



 まあ、実際今の俺は十二歳で、世間一般的には子供の部類に入るため、そういったことをしても子供の悪戯で済んでしまうが、俺は某アニメに登場する子供名探偵と同じく“体は子供、頭脳は大人”を地で行く人間なのだ。その行動にはある程度の理性的なものが求められる。



「オラオラオラオラ! 俺に恥をかかせた罪は重いぞぉー!!」


「きゃあぁぁあぁあああ」



 このあと俺が冷静さを取り戻すまで数時間を必要としたが、そのお陰もあってかなりの距離を稼ぐことに成功した。今思えば子供染みた行動であったが、反省も後悔もしていない。



 一方、そんな八つ当たり染みた俺の行動に振り回されれる形となったサーラは、災難としか言いようがなかったが、俺の全力の弟モードを見て生きているのだから、そこは俺の八つ当たり甘んじて受けてもらいたい。



 そんな感じで、俺の飛行魔法で距離を稼ぐこと一週間。俺の宣言した通り、魔王都にたどり着くことができたのであった。

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