169話「出戻り」



「そろそろ、シェルズに戻ってみてもいいかもな」



 そんなことを思わず口にする。そう言いだしてしまうほど時間は経っていないのだが、いろいろと問題が起こり過ぎたためにその状況が嫌になったことに対する裏返しなのかもしれない。



 この世界の歴史上初となるであろうミスリル一等勲章複数個持ちという肩書は、瞬く間にセイバーダレスはおろか他国にも広まった。そのことで、一度シェルズ王国の国王の使いが現れ「一度説明に来い」という伝言があったが、適当な紙に「成り行きでそうなった。反省はしていない」と一言だけ書き記し、その紙を国王のいる執務室に転換魔法を使って転送しておいたので大丈夫なはずだ。



 あの波乱の謁見が終わって一週間ほどになるのだが、人々の話題は未だにマンティコアを討伐したミスリル一等勲章複数個持ちの俺のことばかりであった。



 幸いなことに姿まではバレていないので、首都の中を見物するくらいはできるのだが、あちこちで自分の話を聞かさせると何とも言えない気分になってくる。



 この一週間謁見から何もなかったわけではなく、今回の功績を称えるパーティーが夜毎開かれており、今夜もあるらしい。



 当然、主賓である俺が参加しないわけにもいかず、最初の何回かは半ば強制的に出席させられたのだが、何があったかは大体見当がつくだろう。



 元々この国を救った英雄としてお近づきになりたいという理由に加えて、謁見での例の説教を目撃した貴族の女性たちが、別の意味でも標的に据えられてしまった挙句に、俺を巡っての争いが勃発してしまった。



 特に凄まじかったのは、やはりと言うべきなのかどうかはわからないが、俺の説教を直接受けたマルゲリータ公爵だった。聞くところによると、彼女の年齢はまだ二十四歳と若く、見た目はいいが肝心の中身があれということで、他の貴族家から煙たがられていたらしい。



 そのため、この歳になるまでまともな恋愛をしたことがなく、所謂初心な女性だった。と言っても、貴族である以上将来を誓う相手はいたようで、婚約は何度かしたことがあったらしい。



 だが、その見た目の美しさとは裏腹に性格があまりよろしいとは言えず、なんだかんだ理由を付けて先方側から婚約を破棄されてしまっていた。



 それが一度であれば何か事情があったのではと思えるが、それが複数回に渡って続いてしまえば、やはりそれだけの理由があるのだと考える者は少なくなかったようで、それ以降結婚どころか婚約自体の話が来ることがなくなってしまったらしい。



「私の何がいけなかったのでしょうか?」


「その自分本位なところじゃないか?」



 ここ数回の会話で、マルゲリータの欠点というべきものがわかった。それは、相手の話をあまり聞かないということだ。自分のしたい話だけをして相手の話はあまり聞かないタイプの人間らしく、こちらが話題を振っても、すぐに別の話題に切り替えられてしまう。



 かと思えば、その話題にこちらが食い付いてもすぐに別の話へ話題が変わってしまい、言葉のキャッチボールができないのだ。



「いいか、自分のことを好きになってもらいたいのなら、まずは相手の話をきちんと聞いてやるんだ。自分の話したいこともあるだろうが、相手もお前と話をしたがっているということを忘れるな」


「は、はいっ!」



 というような感じで、一応アドバイスはしておいたが果たしてどうなることやらといった感じだ。



 他にも俺にアプローチを掛けてきた貴族や、自分の親類縁者との縁談話などの話も出てきたが、大体の話はアリーシアやその娘達であるアレスタとアナスターシャが処理してくれた。



 あの一件が原因かどうかは知らないが、あれだけ挑発的な態度を取っていたアレスタが今はしおらしくまるで恋する乙女のように大人しくなってしまった。心なしか俺を見る目に違和感があり、目の中にハートマークのようなものが見える気がするのだが、幻であることを祈りたい。



 アナスターシャはアナスターシャで、元々俺に対して友好的な態度を取っていたので問題はなかったのだが、彼女もまた俺に対して積極的なアプローチを掛けてきているような気がした。アレスタのようにわかりやすくはないがな。



 セイバーダレス公国の女性貴族達からの熱烈なまでのアプローチを躱しつつ、彼女たちのお祭り気分が抜けきるのに一週間という期間が掛かってしまった。



 彼女たちからようやく解放された俺は、精神的にかなり疲労していたこともあり、一度この国を離れて一旦拠点の様子を見て回ることにした。……別に逃げてる訳じゃないからな?



 まずは、オラルガンドの自宅へと瞬間移動で移動する。ちなみに、自宅については時間を見つけてちょこちょこ帰って来ていたりするのだが、しっかりとした確認ができていないため、あまり手が付けられていない。



「ただいま」


『ムー!』



 俺の挨拶に、その場にいた職人ゴーレムたちが片手を上げて答えてくれる。あれから【無機物生物創造】というスキルのレベルも上がっており、ゴーレムたちにちょっとした自我を付与できるAIのようなシステムを組み込むことができるようになったので、試しに単純な自我を持たせてみたのだ。



 こちらが挨拶すれば、相変わらず珍妙な鳴き声だがしっかりと反応を返してくれる。職人ゴーレムたちは、俺がセイバーダレス公国へ行った後も生産を続けており、現在かなりのストックができあがっている。



 一応、グレッグに俺のストレージの一部分と繋がっている鞄を渡しているので、その鞄を通じてゴーレムたちが生産した商品の在庫を売り捌いてはいるものの、そろそろ供給が需要に追いつきそうなのである。



 このままでは大量に在庫を抱えることになってしまい、勿体ないことになる。生産コスト自体はほとんど掛かっていないため、売り上げゼロでも赤字にはならないが、作った以上は売り捌きたいというのが心理だ。



「こりゃあ、本格的に王都でも店を出すべきだな」



 王女たちの押し掛け騒動により有耶無耶になっていたオクトパスの報酬の件を再始動させるべきだという結論に至り、近日中に国王の元へと顔を出す決意をする。



 自宅の確認を終えると、次に向かったのはグレッグ商会だ。グレッグ商会については、先ほど言った通りあらかじめ商会で取引する商品だけを取り出せる鞄をグレッグに手渡しておき、そこから在庫の補充をさせる形にシフトすることで、俺がいなくても商品が途切れないようにしていた。



 しかしながら、新たに追加した【ぬいぐるみ】と【木工人形】については、商会の従業員による手作業での生産に任せてあるので、現状どうなっているのか把握できていない。特に、木工人形に関してはガンザスという木工職人を営んでいた人物を引き抜く形で彼に一任しており、現在供給が需要を満たしきれていないと予想される。



 徹夜での作業などで無理しないようにとグレッグに指示は出してあるので、過労で倒れるなどというブラック企業にはなっていないだろうが、早急になんとかしなければなるまい。



「戻ったぞ」


「わふっ、ご主人だ! ご主人が戻ってきた!!」


「うおっ、こら邪魔だ。くっつくな! おすわり」


「わふっ!」


「……いや、言うこと聞くんかい」



 おそらく俺の匂いをいち早く察知したであろうウルルが、いきなり飛び掛かってきた。突然犬のように纏わりつかれたことに鬱陶しさを感じたので、犬の躾のように“おすわり”と言ってみたのだが、まさか本当に俺から離れたておすわりの態勢になるとは思わなかった。



 その騒ぎを聞きつけてやってきた他の面々が、俺が帰ってきたことを喜んでくれた。その中に見慣れない顔も何人かいるが、おそらくは新たに雇った従業員たちだろう。



「坊っちゃん、帰ってらしたんですね」


「ああ、何か変わったことはなかったか?」


「いえ、特にありません……」



 口ではそう言いつつも何か含みのある物言いに、内心で首を傾げていると、突然低い男の声が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る