165話「屈辱よりも優先すべきこと、それ即ち食欲である」



 今起こったことをありのまま話そう。マンティコアが吹き飛ばされてしまった。



 知っているだろうか? 中指を親指にかけながら弾く“デコピン”という行為を。先ほどからいろいろとこちらに攻撃を試みていたマンティコアだったが、それを黙って好きにやらせるほど俺はお人好しではない。



 尤も、俺が何もしなくてもマンティコアが俺にダメージを与えられたかという疑問が残るが、おそらくは不可能という結論に至るので、無駄な思考に労力を使うことはしない。



 話を戻すが、一生懸命に攻撃を仕掛けてくるマンティコアに対し、俺はそのデコピンをマンティコアの顔面に放ったのだ。



 通常のデコピンであれば、ただ少し痛みが走るだけでどうということはないが、俺が放ったデコピンはそんな生易しいものではなかった。



 できる限り加減をして放ったつもりだったが、インパクトの衝撃までは加減ができなかったようで、マンティコアの巨体が宙へと投げ出された。



 そのまま飛距離が十メートル、二十メートルと伸びていくが、勢いが衰えることなく飛ばされていく。途中にある木や岩などの障害物にぶつかりながらも、その勢いは止まることはない。



 五十メートルほど飛ばされたところで、ようやく勢いが衰えてきたが、それでもまだ完全停止には至っておらず、未だにその巨体が宙を舞っている。



 そして、俺のデコピンをくらってから時間にして二十二秒、距離にして七十八メートルほど飛ばされたところで、ようやく完全停止に至ったのである。



「おいおい、これ以上の手加減のしようがないっていうのに。しょうがないな、小指一本でやるしかないか」



 マンティコアが飛ばされていった方向を見ながら、そうぼやきつつマンティコアを追い掛ける。マンティコアの元へたどり着く道中は壮絶なことになっており、何もかもが滅茶苦茶だ。



 覆い茂っていた木々をなぎ倒し、大きな岩は粉砕され残っているのは破片のみで、そこに岩があった痕跡すら残ってはいない。



 大自然の景観をほんの一瞬でこのような光景に変えてしまうとは……これがSSランクのモンスターの実力というやつなのか?



 ……わかってるよ、俺がやったんだよ。だが、一つだけ言い訳しておこう。壊したのはマンティコアであって、俺がやったのはマンティコアを吹っ飛ばしただけだからな?



 そんな誰にともなくする必要のない言い訳を頭の中でしつつ、片足をピクピクとさせているマンティコアに近づいていく。



 最終的にマンティコアが止まった原因は、切り立った巨大な崖になっている岩壁であった。いくら勢い良くぶつかったとしても、流石に山ほどもある岩壁を粉砕するには至らなかったようだ。……少し手加減しすぎたか?



「いや、これは別にマンティコアを使った岩壁破壊選手権という競技ではないんだ。寧ろ、あれ以上力を加えていたら顔が爆散して吹っ飛ばなかっただろうしな」



 その時は、俺の体が奴の撒き散らしたもので汚れてしまい、悲惨なことになっていただろう。まあ、俺には魔法があるからものの数秒で綺麗になるのだが。



「ちぃ、面倒な……早く起きろ!」



 そして、未だに気絶したままのマンティコアに、目が覚めるまで待つ気が失せた俺が放った水魔法が直撃し、ようやく目が覚めたマンティコアの放った第一声がこれだった。



「ここはどこだ!? 我は誰だ? 我が誰かって? そんなことは決まっている。最強のSSランクモンスターマンティコア様だ!」


「……【スタンパラライズ】」


「じゅばばばばばばあばああばばあああ」



 相手に麻痺の効果を与える魔法を使用し、未だ意識がはっきりしていないマンティコアを覚醒させるためのきつけ薬の代わりとする。



 若干理不尽な気もしなくはないが、こいつには村を襲った罪があるのだ。それを免罪符として、俺はこいつに対しどのような非道な真似も辞さない。この俺に屈辱を与えた罪、軽くはないぞ。



 それからしばらく麻痺の効果で動けなかったマンティコアがようやく復活し、なにやら怒った様子で怒号を上げてきた。



「貴様ぁ、よくもこの我にこのような真似をしてくれたな! 許さぬぞ!!」


「先に許されない真似をしたのはそっちだ。それにいつまで捕食者気分でいる……?」


「っ!?」



 いい加減マンティコアの相手をするのが面倒になってきた俺から何かを感じ取ったのか、マンティコアが狼狽え始める。野生の本能で、俺という存在が脅威であるということを理解したようで、目に見えて態度が急変した。



「き、貴様は一体何者だ!? なぜお前のような化け物が存在している」


「化け物に化け物と言われる筋合いはない。俺はただ、お前という邪魔者を消しに来ただけの存在だ。話は終わりだ。覚悟はいいか?」


「くそぉー!!」



 破れかぶれの特攻とはまさにこのことで、何の策もなくただ大きな体を活かしての突進という実に単純な攻撃方法を取ってきた。これが普通の人間であればとても有効的な手段だが、マンティコアの言う通りではないが、俺は普通の人間とは少しだけ違うので、ただの突進では俺には通じない。



「はあ」


「ぐっ」



 腰に装備していた剣を構え、そのまま抜き放ち一閃する。一筋の光が走ったと思った瞬間、マンティコアの両前足と両後足は切断され、見た目的にはなんちゃってスフィンクスのような状態になってしまった。……スフィンクスには手足があるか。



「終わりだ」


「命乞いはせぬ、殺せ」


「そのつもりだ。今楽に……うん?」



 マンティコアに止めを刺そうとした瞬間、先ほどマンティコアから切断した両前足と両後足が妙に気になったので、解析してみたところ以下の情報が表示される。




【極上なモンスターの肉】:ランクの高いモンスターから取れるとされる超高級肉。その味は得も言われぬ味とされ、幻の食材として広く認知されている。




「……」


「おい、貴様! なにをしているさっさと止めを――」



 ――ササッ、シュタッ、カンカン……じゅー。



「おい、なんでいきなり料理を始めているんだ!? そして、我の目の前で我の肉を焼くな!!」


「完成だ。モンスターの焼肉」



 それから、マンティコアの抗議の声を黙殺し、解析にあった得も言われぬ味を確かめるべく、その場で調理して試食してみた結果、こうなった。



「よし、お前。俺のペットになれ」


「なんでやねん!!」



 まさか異世界のモンスターに関西弁で突っ込まれる日が来ようとは……人生何が起こるかわからないものだな。

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