149話「前世の厄介事は突然やってくる」



 王都へ帰還した翌日、俺はさっそく国王に報告するため城へと赴いた。城の門番には話が通っているのか、俺の顔を見るや「英雄殿ですね。どうぞお通りください」と身分証の提示を求められることなく顔パスで城に入ることができた。



 セキュリティー上それでいいのかとも思ったが、無駄なプロセスを踏まなくていい分こちらとしては助かるので、それを指摘するつもりはない。



 何度か通ったことのある通路を進み、途中すれ違う人たちが目礼や会釈をしてくるのでそれに応えながら王のいる執務室へと向かった。



「これはローランド殿。今日はいかがされましたか?」


「国王にちょっと伝えることがあってな」


「そうでしたか、では少々お待ちください」



 執務室の扉の前に立つ近衛騎士が扉をノックして入って行く、国王に確認を取っているのだと当たりを付けつつしばらく待つ。



 数十秒後、すぐに帰ってきた近衛騎士の「どうぞお入りください」という言葉に従って室内に入る。だが、そこにいるはずのない人物たちがいることに気付いた。



「失礼、何か用でもあったようだな」


「いいや、そんなことはない。彼女たちはお前を待っていたのだから」


「……とりあえず、例の件の報告からだ」



 そこにいた人物たちの面子も気になりはしたが、ひとまず国王にオクトパスの一件を報告することにした。



「マリントリルからオクトパスの排除には成功した。今は平穏を取り戻し、元の町の活気を取り戻しつつある」


「そうか、オクトパスを倒してくれたか……。此度のこと感謝する」


「気にすることはない。俺にとっては、港町観光のついでにやったことだ」


「では、報酬の受け渡しについての話は後日にすることにして、今日は彼女たちがお前に話があるそうだ」


(……嫌な予感がするな)



 そこにいたのは、二人の見知った女性と初めて見る女性が一人の合計三人の女性だ。女性と言っても、三人ともまだ二十歳にもならない少女と言って差し支えないほどの年齢をしており、女性としての色香を纏い始めつつもまだまだ幼さが残っている。



 顔見知りの二人はローゼンベルク公爵家の令嬢であるファーレンと、バイレウス辺境伯家の令嬢のローレンだ。ローレンに会うのは数か月ぶりとなるが、以前見た時よりも大人びて見える。



 そして、見知らぬもう一人の少女は身なりからしておそらく王族で、国王の娘か何かだと推察される。これで王女風のコスプレをした一般人だと言われたら何の冗談だと突っ込まずにはいられないだろうが、纏っている雰囲気と気品から王族であるのは間違いない。



「おはっ、お初にお目に掛かります。わた、私はこの国の第一王女のティアラと申します。以後お見知りおきくださいませ」


「これはご丁寧に。私はローランドという者で、冒険者をやっております」



 一応だが、相手はこの国の王族ということで敬意を払って接しているのだが、この国の頂点に立つ国王に対してため口で話している時点で今更加減が半端ない。



「ローランド様、私にそのような言葉遣いをする必要はありません。お父様と同じように気軽に接してくだされば、私としても嬉しゅうございます」


「であれば、そうさせてもらおう。で、この三人は一体俺に何の用だ?」



 奇しくもこの国の王族と有力貴族の令嬢たちが揃い踏みで一体俺に何の用だというのだろうか? まあ、大体の予想はついているのだが、それを認めたくない自分がいる。



 嫌な予感というものは、大体よく当たるというのが相場であり、今回の一件に関してもその例に漏れず実に厄介極まりない案件であった。



「ローランド様……いえロラン様。どうか、どうか私たちと婚約していただけないでしょうか?」


「何を言っているんだ?」



 やはりそう来たか、という思いが俺の中を駆け巡った。何故なら今回の一件に関していろいろと心当たりがあったからだ。



 【確率の収束】という数学的な理論がある。ある一定の確率で出現する事象というのは、確率通りに出現するように一定の試行回数を過ぎるとその確率通りの数字に落ち着くように事象が発生するようになるというものだ。



 前世での俺は、結婚はおろか恋愛のれの字もまともに経験したことがなく、前世を跨いで初心な人間を絶賛継続中なのである。つまりコインの表と裏なら、ずっと裏を出し続けていることになるのだ。



 そして、今生で先の確率の収束というものが発生し、所謂一つの“モテ期”というものが到来したとすれば、今回の一件にも説明が付くのである。



「あなた様を一目見たその日から、胸の鼓動が鳴りやみませんの。今もこうして対峙しているだけで、息が苦しいのです」



“それは、病気かなにかでは?”という言葉を口にしかけたが、寸前で言うのをやめた。恋というのは、医者や科学者の間でよく異常性のあるもの……つまりは病気という一言で片付けられてきた。だが、目の前の目をきらきらと輝かせる少女にそれを言う勇気は俺にはなかった。



「私はこの国の王女です。ですから、結婚する相手にはそれ相応の地位が求められます。ですが、ロラン様は貴族の位も領地も望まれていないとお父様より聞かされました。それでは私たちがあなたに嫁ぐことができません。ですから、ロラン様に直談判をしにやって来たのです」


「その名で呼ぶのはやめてもらおうか。もはや捨てた名だからな」



 さすがにこの国を支配する一族の情報網は凄まじく、俺が元貴族家の跡取りだという情報は掴んでいたようだが、俺が別の名を使っていることを知りながらその名を口にするのは愚策としか言いようがない。



 さて、この状況をどうしたものかと悩んでいたが、俺の答えは一つしかない。それを実行する前に、俺は久しぶりに会ったローレンに声を掛けた。



「久しぶりだなローレン。元気そうでなりよりだ」


「お久しぶりですローランド様。再びこうしてお会いできたこをとても嬉しく感じております」



 さすがに俺の嗜好に気付いているようで、ロランという名前を呼ぶことの意味を理解しているようだ。そう考えていると、ファーレンが割って入ってくる。



「あの、私には何もないんですか?」


「と言われてもなー。最近まで会っていたし、王女と違って初めて会うわけでもない。何を話せと?」


「うっ」



 まさにあまりにも正論な回答を受けて、ファーレンが言葉を詰まらせる。そんなことにもお構いなしに俺はストレージからとあるお菓子を取り出す。



「まあ、とりあえずだ。お近づきのしるしにこれでも食べてくれ」


「これは?」


「卵を使ったプリンというお菓子で、甘くて美味しいぞ」



 そう言って、この場をごまかすためにあらかじめ作っておいたプリンを振舞う。甘いお菓子という言葉に、三人がプリンに気を取られる。俺は、国王にもプリンを出すため国王に近づき、プリンを置くと同時に咄嗟に書いた小さな紙切れを手渡す。



 出てきた紙切れに一瞬戸惑ったが、書いてある内容を見た瞬間目を見開き驚いた様子を見せた。……まあ、今回はこうせざるを得ないということで許してほしい。



 それから、さらにお代わりのプリンをそっとテーブルに置くと、俺は瞬間移動を使って屋敷の方へと転移した。



 とりあえず、貴族にさせられそうになる+婚約者を抱え込まされそうになる案件をごまかすことはできたが、ただ逃げただけなので何の解決にもなっていないが、そこは俺にいろいろと借りがある国王がなんとかしてくれることだろう。ひとまず、各方面に事情を説明して旅の準備をしないといけないな。

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