143話「領主の人となりと名前があべこべ過ぎて話が入ってこない件」



 マリントリルにやってきた翌日、俺はこの町を治めている領主の屋敷を訪ねた。目的は、国王の依頼でオクトパス討伐をするために俺がこの町へやってきたことを連絡するためだ。



 国王の話では、マリントリルを治める領主は領民を大切にし、人柄も良く非の打ちどころのない人格者だという話なのだが、実際に会ってみるまではわからない。ならば、会ってみればいいだけのことだ。



「ここはこの町の領主であるバットガイ様の屋敷だ。子供がこんなところに何の用だ?」


「バットガイって……」



 ……なんだろう。人を見た目で判断してはいけないというが、名前でも判断してはいけないと言われているような気分になってきている自分がいるのは気のせいだろうか?



 そうだ。“名は体を表す”とか“看板に偽りなし”とか“名実一体”とか、昔の人は名前というものはその人の中身を表しているという言葉や四字熟語が存在するが、決して名前と中身が一致するなんてことはないと思う。否、思いたい。



 早くも領主に会う気が失せ始めてきた気がしなくもないが、一応この町の責任者には話を通しておかなければならないと国王に言われており、さらにそのための書状も受け取ってしまっているため、領主に会わないわけにはいかないのである。



 勝手に討伐して勝手に帰るという強行策も取れなくはないが、それをすると魚を仕入れる時間がないため、ほとぼりが冷めるまで再びこの町にやってくるのにしばらく時間が掛かってしまうだろう。



「国王陛下からの書状を持ってきた。領主に取次ぎ願いたい」


「国王陛下だとっ!? ……しばし待て」



 頭の中で最適解を導き出し、ここで領主に会っておく選択を取った俺は、ストレージから国王の書状をちらつかせながら門番にそう言い放った。



 子供の言うことだからと強気に突っぱねるのかと思いきや、意外にも上の人間に確認を取りに行くようだ。まあ、俺としては領主に会えるのなら問題ないので、しばらく待つことにする。



 すぐに執事らしき人物がやってきたので、門番と同じ内容を伝え国王の書状を執事に手渡す。最初は不審がっていた執事も、王家の紋章の入った封蠟を見た瞬間顔色が変わり、態度も急変した。



「大変失礼いたしました。こちらへどうぞ」



 その急変ぶりに多少戸惑いはしたが、とりあえず中に入れたので特に文句などはない。領主の屋敷はこの町で一番高い場所に建てられており、二階のバルコニーから町が一望できるようだ。



 執事の案内で応接室へと通され、メイドの入れてくれたお茶とお菓子を堪能しながら待つこと数分後、領主と思しき四十代くらいの中年の男性が入ってきた。



「失礼する」


「あんたが、この町の領主か?」


「そうだ。俺の名はバッドガイ・フォン・ウミガイヤー子爵という」


「……海が嫌?」



 ちょっと待て、いろいろ待て。バッドガイで海が嫌な領主……だと? いや、名前だから実際悪人で海が嫌とは限らない。うん、ここは確認するべきだろう。



「俺はローランド。冒険者をやっている」


「国王陛下の書状に記載されていたが、貴殿が魔族を退けた英雄殿とはな。人を見た目で判断してはならないとはこのことだな」


「あんたが言うと妙に説得力があるな。ところで、子爵閣下に聞きたいことがあるんだが?」


「そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。バッドガイで構わない」


「なら遠慮なく。バッドガイ子爵は、いい領主だと国王から聞いているが実際のところどうなのだ?」



 初対面の人間に聞くにしては、あまりにあまりな質問にバッドガイも嫌な顔を浮かべるだろうと思っていたが、存外にしれっと質問に答えてくれた。



「良い領主かどうかはわからぬが、今この町は危機に瀕している。それをなんとかしたいと考えているくらいには俺はこの町と領民たちを愛している」


「そうか。じゃあ、海は好きなんだな?」


「もちろん大好きだ」



“じゃあなんでバッドガイで海が嫌な名前なんだ!!”と突っ込みそうになったのを辛うじて喉の奥で押し留めることに成功した俺だが、この何とも言えない微妙な気持ちだけはまだ拭いきれてはいない。



 それから、この町がどれだけ素晴らしいかというバッドガイの言葉を聞いていたが、名前と本人の人となりがあまりにちぐはぐ過ぎて彼の話している内容がまったく入ってこないという事態に陥ってしまった。



 それでもなんとか名前を気にしなければいいということで、俺の中で彼をグッドマン・フォン・ウミガスキーという名前に変換することで、ようやくまともに話を聞ける態勢を取ることを維持していた。



「それで、国王の書状に君がオクトパスを討伐するとあったのだが、本当にあの化け物を倒せるのか?」


「その点については問題ないと考えている。いつ討伐すればいい?」


「簡単に言ってくれるな。まあ、倒してくれるのならできるだけ早い方がいい。もう魚介以外で町の食料を支えるのが難しくなってきていたところだ」


「じゃあ、明日の朝に討伐に行くとしよう」


「本当か!? ならば、何か必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ。このバッドガイ・フォン・ウミガイヤーの名に懸けて揃えて見せよう」



 台無しである。せっかくいいことを言ってくれているのにも関わらず、その名前を口にした瞬間急激に彼の言葉が薄っぺらくなった錯覚を覚える。



 とにかく、領主との話し合いも済んだので、適当に話を切り上げて俺は領主の屋敷をあとにした。オクトパスを討伐したあと、報告のためまたここに来なければならないことを思うと、少しだけ微妙な気持ちになるが、魚とタコ焼きのためにもここは頑張りどころだと自分に言い聞かせ、明日の討伐に向けて今日も謎の気疲れを残さないように今日も早めに休むことにした。

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