141話「国王からの依頼」



 食用油を手に入れた数日後、唐突に国王に呼び出された。国王からの呼び出しがあるまでイエロープラントを栽培したり、孤児院の指導や屋敷の工房でいろいろと生産活動に勤しんだりと平穏ながらもそれなりに忙しい日々を送っていたところだったので、国王の突然の呼び出しには少し驚いた。



「わざわざ来てもらってすまんな」


「それで、一体どんな用向きだ? 隣国が戦争を仕掛けてきたのか? それともドラゴンでも出たのか?」


「……何故その二択しかないんだ?」



 国王の返答に、俺は肩を竦める。紛いなりにも魔族を撃退し、一応であるがこの国を救ったとされているこの俺を呼び出すということは、それなりの荒事である可能性が高い。でなければ、俺ではなく他の者に話が行っているはずだからだ。



 他の者では適任者がおらず、俺を呼ぶ必要がある内容といえば荒事……つまりは武力で解決しなければならない問題であるということを意味している。そして、そのことから俺は隣国との戦争かドラゴンが襲ってきたという俺でないと解決できない問題の具体例を挙げてみたのだが、どうやら違ったらしい。



「このティタンザニアから南に行ったところに【マリントリル】という港町があるんだが、その町の沖合近くにオクトパスというSSランクの強大な力を持ったモンスターが現れたのだ」



 さらに詳しく話を聞けば、そのオクトパスが現れてからというもの漁師たちは漁に出ることができなくなり、魚が取れず何とか近くにある山の幸で食い繋いでいるという話だった。



 こういった場合領主や町を牛耳っていた連中が真っ先に逃げ出すのがセオリーなのだが、マリントリルを治める領主は良識人であり、常に民のことを考える人間であるため、逃げ出すことは絶対にないと国王が太鼓判を押してくれた。



 まあ、俺としては領主が良かろうが悪かろうが関係のない話だが、こちらの邪魔をしなければ問題はないので特に気にする必要もない。



「それで、そのオクトパスを俺になんとかしてこいということか?」


「簡単に言えばそういうことになるな。もちろん礼はする。どうだ、やってくれないだろうか?」



 国を治める人間としては国内で起きた問題を迅速に解決する能力が問われるのだろうが、だからといってその問題をまだ成人していない子供に押し付けるなどという鬼畜な所業をおこなってもいいのだろうか? ……え? 俺は子供じゃないって? ナンノコトカナ? ボクハマダ、マダアソコニケモハエテナイヨ?



 だが、これはチャンスでもある。港町ということは当然海がある、魚もいる、何より襲ってきているモンスターはオクトパス……つまりはタコのモンスターだ。



「魚の仕入れとタコ焼きの材料調達か……ふむ、悪くない」


「何を言っているのだ?」


「気にしないでくれ、こっちの話だ。それよりも、報酬の話だが、そのオクトパスは俺がもらっても構わないな?」


「もちろんだ。モンスターを討伐したあとの素材の所有権は討伐者にある。それは当然の権利だ」


「では、オクトパス討伐の際は倒した死骸はこちらがすべて貰い受けるとしてだ。他の報酬についての話をしよう」



 少々面倒な案件ではあるが、魚とタコ焼きの材料が手に入るのであればなんということはない労力だ。港町に魚を仕入れに行ったらタコがいたので、ついでにタコも取って行こうといった軽いものだ。



 SSランクのモンスターという話だが、おそらく戦う場所が海の上であるということと、詳しいオクトパスの情報はわからないとのことだったが、予想の範囲内であればクラーケンと同じく相当な巨体であることが話の内容から見て取れる。



 人間が不利になる海の上という状況と、大きな体を持つ相手をしなければならないという悪条件が重なった結果、SSランクに分類されているのではないかと当たりを付けた俺は、国王の依頼を受けることにしたのだ。決して魚とタコ焼きに釣られた訳じゃないんだからね……じゅるり。



 そんなこんなで、今回の依頼の報酬についての話し合いをした結果以下の条件で纏まった。




 ・報酬に爵位や領地を与えないこと(破れば他国に亡命するという脅し付き)



 ・商業区の中で一等地の土地を借り受けたい(タダで)



 ・御用商人の息子か弟子を紹介して欲しい




 まず最初の条件は、言うまでもなく貴族という面倒なしがらみ回避として提示させてもらった。国王は渋っていたが、他国に亡命するという脅しが効いたのか表立って反論することはなかった。



 そして、二つ目の報酬として商業区内にある王家が管理する土地の中でも一等地を要求したのは、もちろんこの王都でも商売を始めたかったからだ。



 もちのろんだが、俺自身がその商売の責任者をやるのではなく、あくまでも出資者として裏方として暗躍する形を取りたいので、そこで三つ目の報酬として御用商人の次男か三男、あるいは弟子を紹介してもらい、そいつにその店の経営をすべて押し付けようという腹積もりだ。所謂、グレッグ二号が欲しいわけだ。



「本当にそんなことでいいのか?」


「十分だ。俺にとっては、港町に観光に行くついでにやるやっつけ仕事のようなものだからな。足りないというのなら、また大金貨を何百枚と適当な勲章をくれればいい」


「わかった。すべて整えておく」



 これで国王との話し合いは完了し、俺は各方面に情報を通達したのちオクトパスが出現したというマリントリルに向けて出発した。



 王都を出てすぐに人気のない場所へと移動する。風魔法や聖光魔法を駆使し、光学迷彩的な感じで姿を見られないようにした状態での飛行でマリントリルへと向かう。



 国王の話では、王都からマリントリルまで馬車を使って七日前後という話だが、飛んでいけばかなりの時間短縮になり、今日中にはたどり着けるだろう。



 今の俺の姿を視認することができたなら、その人間は口を揃えてこう言うだろう。“鳥だ! 飛行機だ! いや、あれは……スーパ――”。詳しくはWebで。



 透明な状態での飛行というとんでもチートをさり気なく使いこなすこと数時間後、ようやく漁港がある町【マリントリル】に到着する。ようやくといっても、通常の交通手段を使えば七日掛かる距離を数時間に短縮できているのだから、ここでの“ようやく”という表現は適切でないのかもしれない。



「いらっしゃい、マリントリルへようこそ……」


「なんか投げやりな感じだな」


「はは、そりゃ今この町で起きてることを考えればな」


「とりあえず、ギルドカードだ」



 町の門兵にやる気がなかったのは、オクトパスが襲来しているからだと予想が付いていたので、それ以上は何も言わずギルドカードを提示する。ギルドカードを見た門兵が「こんな子供がAランク冒険者!?」と目を見開いて驚いていたが、すぐに平静を取り戻すと、ギルドカードを返却してくれた。



「し、失礼しましたっ! まさか、Aランク冒険者様とは露知らず!!」


「気にするな。それよりもこの町でおすすめの宿を紹介してくれ」



 どうせこの町にもあの法則があるだろうから、どうせだったら見てみたいというのが、元日本人の気質というものだ。それに今までのパターンじゃなかったらなかったで「違うんかい!」と突っ込みを入れなくてはならないので、それはそれでなんだか負けた気がするというどうでもいいことだが微妙に複雑な心境が渦巻いているため、ここは兵士におすすめの宿を紹介してもらうことにしたのである。



 兵士が教えてくれたおすすめの宿は【夏のそよ風】という名前の宿で、海の幸をふんだんに使った海鮮料理がおすすめらしい。尤も、今はオクトパス騒ぎで魚が取れないため、海鮮料理は食べられないらしいが。



「これは、早くタコ焼きの材りょ……もとい、オクトパスを狩らねばなるまい。そして、タコやk……マリントリルを救うのだ!!」



 若干マリントリルを救うという目的とは別の目的に重点が置かれている気がしなくもないが、結果的にオクトパスを狩ればマリントリルも救われるので、そこについては完全に黙殺することにした。



 兎にも角にも、拠点の確保が重要ということで兵士の紹介してくれた【夏のそよ風】へと向かったのである。

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