117話「ぬいぐるみ&木工人形騒動」



 冒険者ギルドでのマーケティング調査を終えた数日後、ぬいぐるみ及び木工人形の販売が開始された。あれからぬいぐるみと木工人形に少しのアレンジを加え、ぬいぐるみは最初に作ったサイズよりも二回り小さなものを追加し、木工人形は外からは何が入っているか確認できないよう木の箱に入れることにした。



 ぬいぐるみのサイズを二サイズにすることで、子供用と大人用に分けると同時に、子供用は大人用よりもリーズナブルな値段設定にする狙いがある。木工人形は、地球で言うところのガチャガチャと同じ理論で“中身を確認するまでは、何が出るかわからない”という心理を巧みに利用した方法を取っている。



 ぬいぐるみは、子供用の小さいサイズが小銀貨二枚と大銅貨八枚で、大人用が小銀貨五枚と大銅貨六枚という値段設定にしてある。木工人形は、見た目の精巧さと記載されている情報などや各木工人形毎にレアリティを設定しているため、小銀貨六枚と大銅貨八枚という新商品の中で最もお高い値段設定となっている。



「大丈夫ですかね?」


「何がだ?」


「ちゃんと売れますかね?」


「それはわからない。最初から上手くいくことがわかっているのなら、この世に存在するすべての商人は全員が大商人となってるだろうさ」



 現在俺はグレッグ商会で開店準備に向けて忙しく働く従業員に混じって新商品のコーナーの最終確認を行っている。



 新商品が売れるかどうか不安を見せるグレッグに対し、俺は尤もな意見を述べる。その言葉に、納得したかのように頷くと、グレッグは苦笑いを浮かべる。



 前世の地球においても、前評判が良かったのに実際売り出してみたら、それほど売れ行きが良くなかったという商品はいくらでもある。地球よりも情報の伝達力や求められている商品の種類など、何もかもが異なる状況でどの商品が売れるのかを見定めるのはとても難しいことだと思う。



 だが、前世のようにライバルが少なく、税金や法律もそれほどの規制がないこの世界において、地球の知識を持っている状態での商いというのは、それだけで反則……チートと言えるのではないだろうか?



「さて、そろそろ開店の時間だな」


「坊っちゃん、本当にダンジョンに行かなくてもいいのですか?」


「大丈夫だ問題ない。これは俺の勘だが、なんかとんでもないことになりそうな予感がするんだ」



 今日は朝起きてからずっと戦争に赴くような予感がしてならない。これはおそらく今日という日が、このグレッグ商会の新たなストーリーの幕開けを意味しているのではないかと俺はそう思っている。



「坊っちゃん、時間です」


「よし、じゃあ……開店だ!」



 俺の宣言と共に、店の入り口が解放される。既に開店前に並んでいた数十人の客が店に雪崩れ込んできて、あっという間に店内は買い物客で混雑する。そんな中、俺はぬいぐるみと木工人形が陳列されたコーナーに陣取り、その売り場の担当を買って出ている。



 この店が俺の店だということがバレてしまった以上、隠れる意味もないので今回だけではあるが、初日の販売を任せてもらうことにしたのだ。そのことをグレッグに話すと「なんだか申し訳ないです」と言っていたが、こちらとしてもこの商品の販売初日は俺が担当しなければならない気がしたので、問題はない。



「あ、あのー、これってなんです?」


「いらっしゃいませ。こちらは本日から販売しておりますぬいぐるみというものでございます」



 一応接客業であるため、お客相手に丁寧な言葉遣いを心掛ける。……おい、今ちゃんとした言葉遣いができるのかとか思っただろ? これでも元は営業サラリーマンだぞ? 舐めてもらっては困る。



「ぬいぐるみですか?」


「はい、どうです? 可愛いでしょ? こちらの小さいのは子供のおもちゃとしてお使いいただいて、こちらの大きいほうは大人の方が疲れている時や癒されたい時に撫でたり部屋に飾っておいたりできるものでございます」


「ホントに可愛いですね。ちなみにおいくらですか」


「小さい方は小銀貨二枚と大銅貨八枚、大きい方は小銀貨五枚と大銅貨六枚となっております」


「うっ、意外と高いんですね……また来ます」


「はい、是非お待ちしております」



 どうやら、最初のお客さんは購入を諦めたようだ……無理もない。実際にこのぬいぐるみの値段はかなりのもので、一般的な庶民の一日の食費が多くても大銅貨三枚なのに対し、小さいものでもその九倍ほどにあたる小銀貨二枚と大銅貨八枚という値段なのだ。大人用に至っては、十五倍以上もするの小銀貨五枚と大銅貨六枚という大金なのである。



 しかしながら、これ以上値を下げるつもりはない。もともと用途が娯楽用であるということと、ぬいぐるみの品質や使われている材料の相場から算出しても利益がぎりぎり出る絶妙な値段なのだ。尤も、材料自体はどこかから仕入れたわけではなく、俺が直接現地で入手してきたものであるため、使われているコストはほぼゼロだがな。



 今後この商品は、グレッグ商会が材料の仕入れから生産・販売までを一手に引き受けさせるつもりであるため、今の価格設定が妥当だと判断した。この商会が本当の意味での商会になる初めの一歩であるため、できるだけ妥協せずにいきたいと考えた結果なのだ。



「うん? なんだこの音は?」



 ぬいぐるみの接客担当をしてしばらくしたその時、突如として大地を揺るがすほどの轟音が響き渡る。その音は次第に大きくなり、どうもこのグレッグ商会に近づいてきているらしい。



 何事かと思い外に飛び出して確認してみると、大通りの遠くの方から何やら土煙のようなものが上がっている。よく目を凝らして見てみると、それは人が大挙して押し寄せてくるために巻き上がっていた土煙であることがわかった。



 さらによくよく見てみると、その人物たちは先日マーケティング調査を行った時に協力してもらった冒険者たちで、物凄い形相をしながらこちらに向かってきているのが見えてしまった。



 慌てて自分の持ち場に戻ると、勢いよく雪崩れ込んできた冒険者たちが、俺の姿を見つけどたどたと激しい足音を立てながら近づいてくる。



「……いらっしゃいませ」



 とりあえず、商会にやってきている以上はお客さんなので、顔を引きつらせながらも来店の挨拶をする。すると、一人の女性冒険者が前に踊り出てきたかと思ったら、握った拳をこちらに突き出し反応に困ることを言い出し始めた。



「チャッピーください!!」


「はい?」



 どうだ? 意味が分からないだろ? だが、そのイミフな言動も彼女の顔を見て理解することになる。彼女の顔をよく見てみると、マーケティング調査の時に見せたぬいぐるみに、チャッピーという名前を付けていた女性冒険者だったことを思い出したのだ。つまりは、彼女の発言した“チャッピーください”はぬいぐるみをくださいということだったらしい。



「チャッピーですよ! チャッピーください!!」


「ああ、はいはい。では券をご提示くださいませ」


「ん」



 マーケティング調査に協力してくれた報酬として、どれでも好きなぬいぐるみ一つと交換できる紙券を配っておいたので、券の提示を求めたところ突き出していた握り拳をぱっと開くとそこにくしゃくしゃになった紙券が出てきた。握ってたんかい……突き出した拳の意味がようやく理解できた瞬間であった。



 そこから、男性冒険者は木工人形を女性冒険者はぬいぐるみを希望したため、女性の方は補佐として待機していたモリーに任せ、男性冒険者の相手をすることにした。



「券の提示をお願いします」


「これでいいか?」


「結構です。ではこの中から一つ好きな箱を選んでください」



 そう言って、山積みにされた箱を指差す。木工人形に関しては、木箱に入れ中身がわからない状態にしてあるため、どの木箱にどの木工人形が入っているかは空けてみるまではわからない。つまり何が出るかはお楽しみというやつなのである。



 男性冒険者は、鋭い目つきで木箱を品定めし、これと決めた木箱を指し示す。俺は指定された木箱を取って男性冒険者に渡した。



「今すぐ開けますか?」


「おうよ」


「ではどうぞ」



 そう俺が言うと、男性冒険者は豪快に木箱を開け始める。中から出てきたものは、とても精巧に作られた今にも動き出しそうな……ダッシュボアであった。



「はい、ダッシュボアですね。レア度は最低のFランクです」


「うーん。なあ、もう一箱もらってもいいか?」


「構いませんが、お金が掛かりますよ?」


「問題ない」


「では、小銀貨六枚と大銅貨八枚になります。それと、券を持っている方は一箱目は代金はタダですが、二箱目は代金をいただきます。それから、木工人形の購入は券を持っている方は二つまで、持っていない方は一つまでとさせていただきますので、ご了承くださいませー!」



 最初に木工人形を購入した冒険者が二箱目を購入しようとしたタイミングで、その場にいたお客さんにアナウンスする。その内容に文句が出るかと思ったが、案外物分かりがいい人しかいなかったようで、全員が頷いてくれた。



 ちなみにぬいぐるみの方にも購入制限を掛けており、ぬいぐるみに関しては紙券の有無に関わらず一人二個までの購入制限を掛けさせてもらうことにしている。



 ぬいぐるみと木工人形の生産についてだが、今回は初日ということで俺と職人ゴーレムを駆使して一定数を用意させてもらった。もちろん、従業員が作ったものもあるが、ほとんどが俺と職人ゴーレム製の商品だ。特に木工人形については、従業員の中にまともな木工人形を作製できる人材がいなかったため、すべて俺と職人ゴーレムで作製した。



 今日販売する予定の商品の数は、ぬいぐるみが五百個、木工人形が三百個となっている。ぬいぐるみは、従業員でも生産が可能なので彼女らにがんばってもらえばいいが、木工人形については早めに職人を見つけて確保しておく必要があるかもしれない。



 ちなみに木工人形のレア度についてだが、基本的にモデルとなっているモンスターのランクに合わせている。そして、はずれ枠のFランクはゴブリンとスライムとダッシュボアという駆け出し冒険者がよく相手にするモンスターにしている。Eランクはフォレストウルフと角ウサギとホワイトキャタピラーで、実際のランクも同じだ。



 次いでDランクはゴブリンウォーリアーやゴブリンアーチャーなどのゴブリンの上位種と砂漠地帯に生息しているサンドワームや肉が美味しいザッピ―がラインナップだ。Cランクはオークやポイズンマインスパイダーと、モンスターのランクはEだがオラルガンドの一階層に出現するダンジョン最初のボスということでこのランクに入れさせてもらった。



 ここからはレアな部類に入るBランクで、そのラインナップもオークジェネラルやゴブリンナイトなどの各モンスターの上位種に十五階層のボスモンゴリアンサンドワームという豪華なものになっている。次いでAランクだが、ここはキング系のモンスターを選んでおり、オークキングとゴブリンキングだ。



 最後にSランクは、エルダースコーピオンキング・ジュエリーキングスライム・グランデワイバーンというナガルティーニャの結界から抜け出した時に見たことがあるモンスターを選ばせてもらった。以上が木工人形の具体的な中身についてだ。



 ちなみにレア度と称している以上ランクが高くなればなるほど、作った個数は少なくなっており、Sランクに至っては一体ずつしか作製していない。三百個作ったので、実質三百分の一が当たればラッキーといったところだ。



「はい残念ー、ゴブリンでーす」


「くそう」


「はい、こちらはフォレストウルフですね。Eランクです」


「Eランクか、まあFよりはマシだな」


「おっ、ザッピ―が出ましたね。Dランクです」


「よし!」



 などという感じで、開封の儀を行っていると、そこに見知った顔ぶれがやってきた。ギルムザック達やオルベルトとそのパーティー仲間に何故かは不明だが、解体場の責任者であるハゲルドとギルド職員のムリアンとサコルの姿もあった。



「師匠来たぞ」


「先生、おはようございます」


「おう坊主、今日は店員の真似事か?」


「この店は食べ物は売っていないのか?」


「ローランド君、おはようございます」


「いらっしゃいませ。まあ、そんなようなものだな。オルベルト、うちが扱ってるのは装飾品だ。食べ物なら外の露店で何か売ってたぞ。今日はぬいぐるみと木工人形目当てか?」



 ギルムザック、メイリーン、ハゲルド、オルベルトの順に俺に話し掛けてきたので、それぞれに返答する。どうやらこいつらの目的は、俺が言った通り今日販売開始のぬいぐるみと木工人形が目的だったようだ。



 ちなみに、ハゲルドは男性冒険者にマーケティング調査を行った時に、ムリアンとサコルと入れ替わりで男性ギルド職員代表で来てもらっていた。一応三人にも、報酬として紙券は渡している。



「先生、ぬいぐるみくーださい!」


「ぬいぐるみ売り場は隣だ。欲しいならあの子に言ってくれ」



 そう言うと、俺は女性冒険者たちが群がる魔の巣窟を指差した。それに臆することなく、寧ろやる気満々といった具合に腕まくりをしたり舌なめずりをする女性陣たち。あのー、ここダンジョンじゃなくて店なんですけど?



 俺の心の声が届くことなく、女性冒険者たちの群れに突入するのを見届けた俺は、残った男性陣の相手をすることにする。



「じゃあ、まずは俺からだぜ!」



 そう言うと、ギルムザックが前に躍り出る。ちなみにギルムザックたちはマーケティング調査に参加していないので、紙券を持っていない。小銀貨六枚と大銅貨八枚、毎度あり!



 ギルムザックが選んだ木箱を手渡し、勢いよく開け放った箱から出てきたのは……。



「これは?」


「おめでとうございまーす! Aランク、大当たりでございまーす!!」



 ギルムザックが選んだ木箱から出てきたのは、ゴブリンキングであった。Aランクの木工人形はそれぞれ二体ずつしか作っていないため、百五十分の一を引いたことになる。



 一応念のために、福引で大当たりを引いた時に鳴らすベルのようなものを作っておいたので、Bランク以上のレア度が出ればそれを鳴らすことにしていた。そのベルが店内に響き渡り、全員の視線がこちらに向けられる。



「やったぜ!」


「まさか、ここで引かれるとはな。なかなかの強運だ」


「へへっ、師匠に褒められると嬉しいぜ」


「やるなギルムザック。俺たちも負けてられん」



 そこから他の冒険者たちも挑戦するが、そう立て続けにレアは出ずFランクやEランクばかりという悲惨な結果となっていた。そして、満を持してあの男が出陣する。



「じゃあ、俺が引かせてもらうぞ。この券でいいんだよな?」


「では、この中からお好きな箱を一つお選びください」


「これだ」


「では箱をどうぞ」



 あの男とは言わずもがな、冒険者ギルド解体場責任者のハゲルドだ。相変わらず、髪の毛一本もない光り輝く頭は太陽のように燦々と輝いている。



 俺から箱を受け取ると、職業病なのか丁寧な手つきで開け始める。そして、中から出てきたものに俺は一瞬言葉を失い掛けたが、すぐに平静を取り戻し接客業務を継続する。



「おめでとうございまーす! 超大当たり、Sランクでございまーす!!」


『おおおおおおおおおお』



 俺の大声と共にベルが鳴らされる。それと同じくらいの歓声が店内に響き渡る。ハゲルドが引いたのは、三百の内の一体しか作っていなかったグランデワイバーンだった。



 Sランクは品質に確実性を持たせるため、すべて俺の手によって作製されており、その精巧さは折り紙付きだ。何せこの目で直接実物を見ているのだから。



「お、おおー当たったのか? それにしても、これがグランデワイバーンか……始めて見たな」


「まあ、Sランクのモンスターだからな」


「うん? なんで坊主がこのモンスターがSランクだと知ってる? ギルド職員でも一部の人間しか把握しとらんはずだぞ?」


「……そりゃあ、俺がAランク冒険者だからだ!!」



 ハゲルドの追求に一瞬焦ったが、SSS判定まで目前という高ステータスを駆使し、瞬時に切り返した。俺の切り返しに冒険者たちが湧きたつ中、店にやってきたすべての冒険者たちが購入を終えた。



 今回の購入で、ぬいぐるみは五十個ほど木工人形は八十個ほどが売れた。数としてはそれほど大したことがないように思えるが、冒険者たちだけで大銀貨四枚ほどの利益になっている。紙券の分が無料なため、本来なら大銀貨八枚以上の利益だが、マーケティング調査に協力してもらった報酬としては多くはないと考えているため、妥当だと考えている。



 その日は結局ぬいぐるみは二百個に届かず、木工人形も百個に届かない売り上げだった。やはり庶民が購入するには少し値段が高いということがネックになっているのだろう。なんて思っていた日が俺にもありました……。



 翌日、ぬいぐるみと木工人形を買った冒険者たちが、購入したその日のうちに他の冒険者に自慢をしたり、初日にぬいぐるみや木工人形のことを聞いていたお客さんが他の知り合いに話したり、子供を持つ母親冒険者が子供にプレゼントをしたものを他の子供たちに自慢したり、一般庶民の知り合いに話したことで瞬く間に噂が広がり、翌日にはさらにも増してグレッグ商会に長蛇の列ができあがってしまったとさ。めでたし、めでた……って、めでたくねぇわ!!

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