77話「令嬢襲来」



 ……あれから、四日が経った。なに、いきなり唐突すぎるって? そんなことは俺の知ったことではない。



 その間何をしていたのかというと、言わずもがなダンジョン攻略である。もちろんそれだけではなく、オラルガンドの地形の把握も暇を見つけては行っている。



 現在ダンジョンの攻略状況は九階層まで進んでおり、今日は九階層にいくつかあるセーフティーゾーンのうちの一つの転移ポータルからの再開となっていた。



 上手くいけば、今日中に十階層に行くためのボスに挑むことができるかもしれない。ようやく、二桁の階層までたどり着くことができるかもしれないことに、思わず頬が緩んでしまう。



 だが、まだまだ先は長くようやく十分の一が終わろうとしているところでしかないのだ。しかも、下手をすればオラルガンドの最深階層が百階層よりも深い可能性があるため、この十分の一というのもアテにはならない。



 いつもの流れとして、前日に素材を冒険者ギルドへ預け、それをギルドが査定したあと翌日の朝に買取金を受け取るという流れが続いている。最近では攻略する階層が深くなってきていることもあって、出現するモンスターの強さも上がってきており、その分素材の一つ一つの買取金も上昇していた。



 と言っても、さすがに中金貨や大金貨クラスというわけではなく、いいとこ中銀貨クラス程度におさまっている。しかしながら、一回当たりの入手量が多いため、かなりの割合で中金貨や大金貨での支払いとなってきていることは確かだ。



「さて、今日はどれくらいになったかな?」



 前世の記憶から、給料日当日のようなわくわくとした気持ちになりながら、冒険者ギルドの入り口を潜る。俺の金銭感覚は前世の日本の感覚になっているため、この世界の一般人と変わらず庶民的だ。尤も、前世の日本の物価は世界的に見ても高い部類に入っているため、あてにはならないだろうがな。



 そんなどうでもいいことを考えながら、いつもの受付カウンターに向かうと何やらちょっとした騒ぎが起きていた。そこにはフルプレートの鎧に身を包んだ数人の集団がいて、なにやらものものしい雰囲気が漂っている。



「ですから、言っているじゃありませんかっ! ある冒険者を探してほしいと!」


「はあ、そう言われましても、どのような見た目をしているとかの情報がなければこちらとしても探しようが……」


「むー」



 どうやらその集団の中心にいるのは、高貴なドレスに身を包んだ若い女性のようで、少女と呼んでもなんら問題ないほどの見た目をしている。おそらくはどこぞの貴族の令嬢で、漏れ聞こえてくる内容から誰か人を探しているらしい。



 こちらとしてはあまり関わり合いになりたくない相手であるため、さっさと前日の買取金を受け取ろうと専用カウンターに向かおうとしたその時、不意にその女性がこちらを振り返った。



 目は合わなかったが、その雰囲気からなにやら驚いた様子が伝わってくる。……まさかね。



「ああー! ようやく見つけましたわ!!」



 そう叫び声を上げると、ゆっくりと優雅な足取りながらも明らかに俺の方へと向かってくる。……やめろやめろ、来るんじゃねぇよ。



「お久しぶりにございます。あの時は助けていただいてありがとうございました」


「……」



 最初に浮かんだ感想としては“誰だこいつ?”である。十代前半くらいの年齢に、赤い長い髪とそれに負けないくらいの赤い瞳を持った少女だ。まだ幼さが残るあどけなさを持ちつつも、女性としての色香を身に着け始める年ごろとあって、つつましい膨らみがあるのが見て取れた。C寄りのBだな。



 俺が一体何の話をしているのだろうという雰囲気が伝わったのか、彼女が補足説明をし始める。



「先日、オラルガンドに向かう道中、盗賊に襲われこれまでかと思われましたが、あなた様のお陰で命拾いいたしました」


「ああ、あの時のか」



 そこまで言われて、俺はようやく彼女の正体を思い出した。以前レンダークからオラルガンドへと向かっている途中、盗賊に襲われていた貴族らしき一行がいたのだ。それを密かに助けたところ、何らかの能力を使って俺に話しかけてきた相手がいたのである。



 おそらくその相手というのが彼女だったようなのだが、俺にとっては取るに足らない些末な出来事であったため、今の今まで記憶の片隅に忘れ去られていたのであった。



 そりゃわからないのも無理はない。なにせ、俺は彼女の声を聞いた覚えはあっても姿は見ていないのだから。おそらく念話系かそれに近いスキルを持っているのだろうと推察し、解析を使って彼女のステータスを見ようとしたのであるが、そこに横槍が入ってしまう。



「貴様ぁ! お嬢様に対するその態度はなんだ!!」



 突如として怒声を上げたのは、話し掛けてきた令嬢よりも二つ三つほど年上の女騎士だ。フルプレートではなく、急所となる部分のみを守るタイプの鎧を身に着けている。胸も結構ある。たぶんFだ。



 長い金髪に碧眼という美少女キャラにありがちな見た目だが、それが様になっており高貴な品のある雰囲気を持った麗人だった。



 いきなりの怒声に多少目を見張ったが、こういったタイプは苦手なので、できれば早々にお引き取り願いたい。そういう意味も込めて俺は彼女の言葉に反論する。



「そちらこそ、主である彼女を差し置いて従者が勝手に口を開くとは、何事だ? それでも貴族の家に仕える騎士なのか?」


「ぐっ」


「それに、初対面の相手に対して名乗ることもせず、ただ頭ごなしにこちらの行為に非難を浴びせかけるとは。礼儀知らずも甚だしい。これだから騎士というのは、礼儀を知らない無骨者と罵られるのだ」


「ぐ、ぐぐぐぐ。言わせておけば……」


「クッコロ、やめなさい。あの方の言う通りですわ」



 女騎士の言動を窘めると、彼女はこちらに向き直り頭を下げる。そして、そのまま自己紹介をし始めた。



「お初にお目に掛かります。私は、ローゼンベルク公爵家長女ファーレン・ローゼンベルクと申します。この度は、我が家の騎士の狼藉を働きましたことお許しくださいませ」


「ローランドだ。冒険者をやっている。別に気にしていないから構わないが、従者の失態はそのまま主の監督不行き届きとなることがあるから、部下の手綱はもう少ししっかりと握ってた方がいいぞ」


「貴様っ――」


「クッコロ、やめなさいと私は言ったはずよ。それとも、私の言うことは聞けないというのかしら?」


「も、申し訳ございません」



 俺の忠告に激昂する女騎士をファーレンが宥める。心なしかその雰囲気は剣呑で有無を言わせないといった気迫を感じた。さすがに公爵家の令嬢ともなれば、それにふさわしい風格があると内心で感心する。



 そんなことを考えていると、女騎士がこちらに近寄りぶしつけな視線を向けながら見下ろしてくる。俺の方が年齢が低いため、傍から見れば成人した女性が子供をいじめているようにも見て取れるほどだ。



「我が名はクッコ・ロリエール。ローゼンベルク家第二騎士団第二部隊隊長兼副団長だ」


「ふーん、なるほど。クッコ・ロリエール。だからクッコロなのか」


「私のことをそう呼ぶことを許可した覚えはないぞ」



 そういいながら、殺気混じりの視線を俺に向けてくる。おいおい、こちとら十二歳の子供だぜ? そんな視線を向けたら普通気絶して倒れるぜ?



 そんな俺の心の願いもなんのそのといった具合で、俺に対し敵意を隠そうともしないクッコロに少々面倒臭さを感じ始めながらも、彼女の言い分に反論する。



「俺がお前のことを何と呼ぼうと俺の自由だ。お前の許可など必要ない。俺はこう見えても忙しいんだ。用がないならこれで失礼する」


「お、お待ちください! 助けてもらって何も礼をしないとなっては貴族の沽券に関わります。ですから――」


「ならばこうしよう。俺の言うことをなんでも一つだけ聞いてくれ。それを今回の礼として受け取ろう。どうだ?」



 俺がそう提案すると、ファーレンが目を丸くする。どうやら俺の提案は唐突なことだったようで、驚いたようだ。



「お嬢様、奴の言うことを聞いてはなりません。きっといやらしいことを要求するに決まってます」


「くっころは黙ってろ」


「私をその名で呼ぶな!!」


「わかりました。私のできることであれば、なんでもします!」


「お、お嬢様!?」



 ……ほほう。今なんでもとおっしゃいましたかお嬢様よ? いくら俺がまだ十二歳とはいえ、その言動は頂けない。実に頂けないですなぁー。これが成人した男であれば、要求することなんて一つしかない。それはなにかって? ……聞くまでもないだろう?



 尤も、俺はまだ成人してないし、そういったことに関してはまだ体が反応しないので、それを要求したところで何の意味もない。俺が今回彼女に要求するのは単純な内容だ。それはなにかと言えばだ……。



 俺は彼女の耳元にまで顔を近づけ、その耳元で優しく囁いた。突然のことにフォーレンもクッコロも対応できず、俺のされるがままとなってしまった。



「なら、二度と俺に関わらないでくれ。俺はお前を助けることもなかったし、お前も俺に助けられることもなかった。最初からなかったことにするんだ」


「そ、それは……」



 俺の提案にファーレンは戸惑いを見せる。なんでもすると言っておきながら、それはできないとは言いづらい状況であり、俺の提案は彼女ができることなのだから。



 彼女の返事を待たずして、俺は受付カウンターへと向かう。二度と関わるなということを言われてしまったため、彼女も俺を引き留めることができないでいた。そのまま受付カウンターで昨日の素材の買取金を受け取ると、俺は言いたげな視線を向ける彼女を尻目に冒険者ギルドを後にしようとしたのだが、そうは問屋が卸さないとばかりに俺の肩を掴んで止める奴がいた。



「待て貴様」


「なんだくっころさんよぉー? 俺は忙しいと言ったはずだが?」


「貴様、私と決闘しろ!!」


「はあ?」



 どうやら、まだ厄介事が続くらしい。

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