74話「またしてもテンプレに遭遇する」



 冒険者ギルドの受付へと戻って来ると、何やら人が騒いでいて人だかりができている。その騒ぎの中心を見てみると、二人組の女性冒険者が男性冒険者に絡まれていた。



「だからよー。ちょっとくらいいいじゃねぇか」


「や、やめてください!」


「そうよそうよ。大体あんたみたいなのとなんて、まっぴらごめんだわ」


「な、なんだと!? 下でに出てりゃあつけ上がりやがって。いいから黙って俺の言うことを聞いていればいいんだ!!」



 絡まれている女性は、まだ成人して間もないくらいの年齢で、栗色の長い髪を後ろで止めている紫目の少女と、水色の短めの髪に黄色の瞳を持った少女だ。二人とも目鼻立ちが整っており、美少女と言っても差し支えない。二人とも年齢の割に発育が良いらしく、男が放っておかないくらいには色っぽい豊満な体つきをしていた。……ふむ、DとEだな。



 周りの冒険者たちも助けてやりたいが、何か理由があって助けられないといった雰囲気で様子を窺っており、どうしたらいいのかわからないといった具合だ。



「おい、女の子が困ってるんだ。お前助けてやれよ」


「じょ、冗談じゃねぇ。間違っても【オーガニックパワード】になんか勝てねぇよ」


「噂じゃ、単独でオーガを倒したとか言われてるらしいな。俺も助けてやりてぇが、今回ばかりは相手が悪い」



 なるほど、どうやら女の子に絡んでいるのは通り名をもった冒険者らしい。だから、他の冒険者が止めに入らないんだな。……さて、どうしようか。



 見たところ通り名にもある通り、筋骨隆々の二メートル近い大男なんだが、俺としてはおそらく瞬殺できるだろう。問題は、こいつを倒した時のメリットとデメリットだ。メリットは可愛い女の子に感謝されるということで、もしかしたらむふふな展開が待っているかもしれない。尤も十二歳の未成熟な体では、まだそっち系はできないがな。



 デメリットとしては、俺の実力がバレてしまい注目されるということだろう。そこから噂が噂を呼び、下手をすればその情報が貴族の耳に入って呼び出しをくらうかもしれない。そして、小説によくある「栄光ある○○家に仕えさせてやろう。どうだ嬉しいか?」という何を言っているのかわからないことを宣い始めるに違いないのだ。



(まあ、目の前で困っている女の子がいるのであれば、それを助けるのは当たり前だよな。男として)



“誰かが困っていれば、助けるのは当たり前”というその当たり前ができない人間にはなりたくないと常日頃から思っている。となれば、俺が取る選択肢は一つしかないだろう。彼女たちを助けましょう。



 俺は人だかりに割って入りながら、騒ぎの中心へと行き男の腰辺りに手を置きつつ、男に話し掛けた。



「「それくらいにしておけ」」



 ……おや? 何か俺とは別の声が被ったような気がするのだが、気のせいだろうか。そんなことを思いながらふと隣に視線を横に向けると、俺と同じように男の肩に手を置いている男性冒険者がいた。たぶん俺と行動が被ったらしい。



「「……」」


「任せてもいいか?」


「え、あ、ああ」



 別に女の子を助けられるのであれば、何も俺が助ける必要なない。彼女たちとのイチャラブ展開は望んでいないので、その役得は彼に譲るとしよう。そうこうしているうちに、女の子に絡んでいた男がこちらに振り返り、睨みつけてくる。



「なんだてめぇら。俺のやることにケチつけようってぇのか?」


「彼女たちが困っているじゃないか。それくらいにしておくことだな」



 俺は助けに入った冒険者の邪魔にならないように、人だかりの少し前に陣取り成り行きを見守ることにした。こういった状況にはあまり慣れていないので、スマートな助け方というのを勉強することにしたのである。……次の機会があれば、カッコよく助けたいじゃん?



 男は引き下がった俺には目もくれず、対峙する男性冒険者を睨みつけさらにドスの利いた声でがなり立てる。



「てめぇ、覚悟はできてんだろうな? この俺様に盾突こうってんだ。ただじゃおかねぇぞ。今ならなかったことにしてやってもいいんだが、どうする?」


「愚問だな。彼女たちが困っているのを黙って見過ごすわけにはいかない」


「そうかいそうかい。じゃあ、一度痛い目に遭ってもらおうかっ」


「ぐはっ」



 男性冒険者の返答に、いきなり男は腹に拳を突き立てた。鍛えられた体とはいえ、不意を突かれる形で攻撃を受けた彼の体は宙を舞い、そのまま床へと叩きつけられる。そして、そのまま彼が起き上がってくることはなく、気絶してしまったのである。



「えぇ……うそーん」



 その一部始終を特等席で見ていた俺は、思わずそう呟いてしまう。あれほどいい感じに出てきておいてワンパンで終了とかダサいにもほどがあるんだが……。これでは、スマートな助け方が勉強できないではないではないか! なんということだ!!



 まさかの事態になってしまったが、もともと俺が助けるつもりではいたので、複雑な思いを抱きつつも右手で後頭部を掻きながら男の前まで歩いていく。



「やれやれ」


「何だガキ。お前も俺に盾突こうってぇのか?」


「最後通告だ。大人しくこの場から失せるか、俺に半殺しにされるか。好きな方を選べ」



 もはや目の前の男になんら興味はないが、こちらとしても何もしてない相手をボコボコにするのは気が引けるので、形として相手が先に手を出してきたところを正当防衛という大義名分を取りたいのだ。



 地球では、正当防衛とはいえ半殺しにしてしまえば過剰防衛になってしまうが、ここは異世界なのでその心配はない。寧ろ相手が先に手を出してきた場合、仮に殺してしまっても罪に問われることは少ないだろう。盗賊を問答無用で殺しても罪に問われないのと同じだ。



「がはははは、面白い冗談だ。誰が誰を半殺しにするってぇ?」


「俺が、お前を、この場で、半殺しにするんだ。俺の言葉が理解できないのか?」


「や、やめなさい坊や! 危ないわよ!」


「わたしたちのために無茶はしないで!」



 俺が戦うことを知った女の子たちが、必死の形相で俺を止めようとしてくる。そりゃ見た目成人してない子供が二メートルの大男に喧嘩を吹っ掛けてるのを見れば誰だって止めに入るか……。



 そんな彼女たちの意見に同意するように周囲の冒険者たちも「やめとけ坊主」だの「殺されるぞ」と口々に叫んでいる。そんな中、俺の言葉にカチンときた男が首を鳴らしながら自分の実力を誇示するかのように名乗りを上げる。



「俺はCランク冒険者のボルドー様だ。通り名は【オーガニックパワード】」


「ふーん。それがどうかしたのか?」


「はんっ、てめぇみたいな最低ランクのガキが、Cランクの俺に勝てるわけねぇってこった。どうする? 今なら持ってる有り金全部差し出すんなら許してやってもいいぜ?」


「御託はいいから、さっさとかかってこい。それともビビッて動けないか?」


「……ガキが、一度痛い目をみなきゃわからんらしいな。いいだろう、死んでも後悔すんなよ」



 その一言を皮切りにようやく俺と男の戦いは始まった。こちらを小さな子供だと油断しているのか、身構えもせず醜悪な笑みを浮かべている。一方の俺はといえば、念のため解析を使って調べてみたが、奴の能力自体は俺がしごく前のギルムザックたちよりも低く、褒めるべき点があるとすれば、精々身体強化がレベル3だということくらいだった。



 しかしながら、戦いというのは見えている数字ですべてが決まるものではないので、たとえどんな雑魚だろうと俺は油断しない。見せてもらおうか、迷宮都市オラルガンドのCランク冒険者の性能とやらを……。



「……」


「どうした? かかってこないのか?」


(な、なんだこのガキ。この俺がビビってるってのか? そんなはずはない、そんなはずねぇんだ!)



 伊達にCランクまで昇りつめただけあって、俺の異様な雰囲気を察知し先ほどの油断は消えしっかりとしたファイティングポーズを男が取った。高ランクの冒険者ともなれば、他を圧倒するような戦闘力を有しているが、その中でも特質すべき能力がある。それは危機回避能力だ。



 冒険者とはありとあらゆる雑事をこなすなんでも屋な一面のある職業だが、主な収入源はモンスターの討伐で入手した素材をギルドに卸すことで生計を立てている者がほとんどだ。そうなってくると、危険と隣り合わせの状況に置かれることなど少なくはなく、引き際を見定める確かな目が必要となってくる。



 高ランク冒険者はそういった危険を見極める能力が自然と身に付き、特に相手と自分の能力差を肌で感じ取れるようになるのだ。目の前の男も今までの冒険者としての勘が言っているのであろう“こいつはヤバい、手を出すな”と……。



「うおおおおおおお」


「むっ」


「きゃあー」



 得体の知れない恐怖に駆られた男が、苦し紛れに放ったアッパーが俺の左頬に命中する。それを見た女の子が悲鳴を上げ、他の冒険者たちも最悪の事態が脳裏を過った。だが、当の本人からすればこの程度のパンチを何発くらったところでなんの痛痒もなかった。



 俺は男に殴られた箇所を撫でながら、まるで効いていないことをアピールしつつ、動揺する男に言い放ってやった。



「蚊がいるなぁ……。俺に何かしたのか?」


「ば、馬鹿な。そんな馬鹿なぁぁぁあああ!!」



 そこから男の怒涛の攻撃を躱しながら、決着のタイミングを窺う。あらかじめ言っておくが、男の攻撃は敢えて避けている。くらったところで傷一つ付かないが、自分の攻撃が当たらない方が精神的なプレッシャーが大きいと考えたからだ。



 俺に攻撃を躱される度にその顔には徐々に焦りと恐怖が芽生え始め、とうとう狂乱状態へと陥る。



「俺が……この俺が、こんなガキに負けるわきゃあないんだぁぁぁあああああ」


(ここだ。このタイミングを待っていた)



 男が振りかぶった大振りの右ストレートに合わせて、半歩体をずらすことで最小限で回避する。そこにできた隙を突き、そのまま男の懐に入り込む。そして、身体強化のレベル2相当の力を発動させ、突き出した右肘を男の鳩尾に突き立てた。



 当然だが、その攻撃は最大の手加減が加えられており、男の体が吹き飛ぶことなくダメージが蓄積する程度の攻撃に留めてある。その攻撃によって、その場で悶絶する男を尻目に足に身体強化を施し、男の背後に回り込む。



「ソルっ……ほい」


「ぶべらっ」



 某有名漫画に出てくる技のような動きで男の背後に回り込んだ俺は、隙だらけの後頭部目掛け軽い掛け声とともに裏拳を叩き込んだ。なんとも間抜けな声を上げて男は床に叩きつけられ、そのまま気を失ってしまったようだ。



 その場にいた人間のほとんどが、いきなり男が倒れた風に見えるだろう。だが、どういう理由でその結果が引き起こされたのかは理解できておらず、全員が呆然としていた。一つだけわかることといえば、その結果が俺の手によってもたらされたものであることくらいだろう。



「ぼ、坊や、大丈夫だった?」


「ああ、二人こそ運がなかったようだな。こんな男に絡まれるなんて」


「た、助けてくれてありがとう?」



 その場にいる者たちが呆然自失なる最中、男に絡まれた女の子が声を掛けてきた。一人は俺の身を案じてくれており、もう一人は俺が助けてくれたのかわからないがなんとなくお礼を言うのが精一杯といった心境だ。



「なんの騒ぎじゃこれは」



 そうこうしていると、先ほど会ったばかりのイザベラが現れ、ギルド職員から事のあらましを聞いていた。その内容を理解すると、イザベラが俺のところまでやってきた。



「小僧がこの馬鹿を止めてくれたんだってのぅ。ギルドマスターとして感謝するぞぃ」


「まあ、成り行きでな。それで、こいつの処分はどうなるんだ?」


「こいつは元々素行が悪かったからのぅ。次何か問題を起こしたら、ギルドから除名すると警告してたんじゃ。これで厄介者を追い出せるわい」


「そうか……じゃあ俺はこれで失礼する。周りがうるさくなってきたからな」


「後のことは任せときな」



 イザベラの言葉に軽く一礼し、俺はその場から逃げるように移動を開始する。今回の当事者である女の子二人が俺に声を掛けようとしていたみたいだが、これ以上の面倒はお断りなのでそのままギルドを後にしたのであった。 

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