52話「来たるオークキングに向け、修行を開始する」



「それで、どうなったか結果を聞こうか」



 ひとしきりボールドに説教をしたギルドマスターが、ギルムザックたちに結果の報告を促す。

 真っ先に俺に聞かないのは、やはりというか俺の言っていることが半信半疑だからだろう。……まったく、疑り深いことだ。



 尤も、俺の言っていることを何の疑いもなく信じるというのも、それはそれでどうかと思うので、これについては永遠に平行線を辿り続けることになってしまう。



「ししょ――ローランドの坊主が言ってることは本当だ。オークジェネラルとその配下のオーク三十匹を確認した」


「はぁー。そうかご苦労だった。もう行っていいぞ」


「いや、ここまで関わった以上最後まで付き合うぜ」


「……そうか、わかった。でだ、坊主。さっそくだが、今日からお前をCランク冒険者に昇格させる。これは決定事項だ」


「わかった」



 これについては納得するしかない。Bランク相当のオークの群れを殲滅しただけでなく、オークジェネラルを単独で倒している。そんな冒険者がDランクなど何の冗談だと俺も言いたい。



 Cランク昇格手続きはのちほど行うことになったが、それ以外にギルドマスターが気になることがあるらしく、さらに問い詰めてくる。



「で、坊主よ。お前さんは今回のオークの群れの背後にオークキングがいると言っていたが、それは間違いないのか?」


「確実に……とは言い切れないが、おそらくかなり高い確率でいるだろうな。そのためには調査が必要だ」



 俺とて全知全能でもなければ、異世界ファンタジー小説に登場する主人公のように強力なチートを持っているわけでもない。まあ、前世の記憶がある時点でその知識そのものがチートと言われればそうなのだが、どんな強者も寄せ付けない無敵の存在というわけでもない。



 現時点で俺の力が通用しない存在などこの世界にたくさんいるだろうし、今の俺が最強だという根拠も自信もない。まだ会ったことはないが、ドラゴンや魔族などという力に秀でたファンタジー種族なんかもいるだろうから、そいつらを相手にするにはさらなる能力の向上が必須だ。



「わかった。その調査に関しては前向きに検討しよう」


「できれば急いだ方がいい。もし俺の予想が正しければ、奴らがこの街に到着するのは半月以内だと考えている」


「わかった。とりあえず、皆ご苦労だった。帰っていいぞ」



 しれっと自分の持ち場に戻ろうとしたボールドの首根っこを引っ掴み「お前はまだ説教の途中だろうが!」というギルドマスターに「なんでだよ!」と抗議する二人のやり取りを尻目に俺たちは部屋を後にした。



 部屋を出てしばらく、今まで黙っていたギルムザックたちが口を開いた。



「ししょ――ローランド君、オークキングってどういうこと?」


「あのオークジェネラルが率いていた群れは、オークキングが放った先遣隊の可能性があるってことだ」


「じゃあ、近いうちにこの街にオークの軍隊が攻めてくるってことですか!?」


「そ、それはいくらなんでも話が飛躍しすぎているんじゃ?」


「ギルドマスターにも言ったが、その可能性があるというだけだから、来るかもしれないし来ないかもしれない。何にしても、もしオークキングがこの街を襲ってくるなら迎え撃つためにはさらに力を付ける必要がある。俺もお前たちもだ」



 今回のオークジェネラルに関しては、真っ向勝負で打ち勝ったわけではない。周到に準備をして、相手が油断している隙をついて搦め手で倒しただけに過ぎないのだ。もし、仮に真正面から戦っていれば、かなり高い確率で負けていたのは俺の方だろう。



 そして、オークキングは十中八九オークジェネラルの上位種であり、その力はジェネラルの比ではない。しかも、キングとあって率いてくるオークの数は尋常ではないことは容易に想像できる。



 少なく見積もっても、最低三千は下らないと予想される。下手をすれば五千や一万という可能性も決してなくはないのだ。



「せんせ――ローランド君は逃げないんですか?」


「もし本当にオークキングがやってくるなら、俺は戦うつもりだ。このまま逃げることは簡単だが、オークキングがこの街に襲ってくるきっかけを作ったのは俺だし、その責任は取らなければならんだろう?」


「ししょ――すべて君が悪いわけじゃない。誰だって命の危機に瀕したときは自分を守るために行動するものだ」



 相変わらず俺のことを師匠だの先生だのと呼ぼうとするのを鋭い視線を向けることで言わせないようにしているが、彼らの言おうとしていることはなんとなく理解できる。



 そう、ここで逃げてしまっても誰も俺を責める者などいないだろう。だが、それでは後味が悪いだろうし、何より好き勝手に生きるという俺の掲げる流儀に反する。



 これが王族や貴族であれば、他国に逃げるという選択肢も取れるが、今回の相手は人間にとって脅威となるモンスターだ。俺が逃げればこの街はオークたちによって蹂躙され、壊滅することになるだろう。



 かといって俺一人の力ではできることに限界があるし、今の時点でオークジェネラルと互角程度の実力しか持っていない俺では、とてもではないがオークキングの相手などとても務まらない。



 であれば、今俺が取れる選択肢はたった一つ……さらなる力を付けるべく修行をするしかない。



「とにかく、俺はオークキングがこの街を襲ってくると仮定してしばらく修行に入る。お前たちはどうする? 逃げるか? それとも戦うか?」


「俺らを見くびるな! そんな話を聞かされてしっぽ巻いて逃げるほど、俺らは落ちぶれちゃあいねぇ!!」


「アタイも戦う!」


「僕もできることをするよ」


「私も頑張ります!」



 俺の言葉にギルムザックが啖呵を切り、それにアキーニ・アズール・メイリーンが続く。……やれやれ、しょうがない奴らだ。今逃げれば命は助かるというのに。



「いいだろう、ギルドマスターにも言ったが豚どもがやってくるまで残りの日数は、遅くても半月以内早ければ十日程度でやってくる。その間にお前らをできる限り鍛え直す。時間がないからかなり厳しくなるが、弱音を吐くんじゃないぞ!」


「望むところだ!」


「へへ、やってやろうじゃない!」


「やれるだけやってみるよ」


「よろしくお願いします!」


「あ、あのー」



 そんな風に盛り上がっていると、その場にいたニコルが不思議な顔をして会話に割って入ってくる。ミリアンも同じ顔をしている。

 彼女たちの存在をすっかり忘れていたことに気付き、この状況をどうごまかそうかと頭を巡らせたが、そんないい名案がすぐに浮かぶわけもなく、ニコルが投げ掛けてきた。



「あなた方の関係を見ていると、まるでローランド君が師匠であなた方四人が弟子みたいに見えるのですが?」


「「「「はいそうです!!」」」」


「おい!」


「ええー、そうなのー?」



 ニコルの言葉に、四人とも淀みなく答える。……俺との条件はどうした? 俺との条件は?

 まあこの二人には普段から世話になっているし、俺と四人との関係を話したところで問題ないと判断し、今日から鍛える約束をしていることを告げる。



 すると二人とも目を見開き驚いているようで、信じられないという表情を浮かべている。無理もない事だろう。

 どこの世界に、Aランク冒険者である彼らを教えるDランク冒険者がいるというのか……え、ここにいるって? そんな屁理屈はいいんだよ!



「じゃあ、ローランドさんはギルムザックさんたちの師匠ってことになるんですよね?」


「いや、それは違――」


「「「「はいそうです!!」」」」


「お前ら一旦黙ろうか?」



 その後、このことは内緒にしてほしいことを伝える。もちろん二人は快く了承してくれた。

 それから冒険者ギルドの受付へと戻ってきた俺は、すぐにCランクに昇格する手続きを終え、何の問題もなくCランクに昇格することができた。



 そして、今後のことについてニコルに伝えておかなければならないと思い、俺は彼女に告げた。



「ニコル。今後のことについて話しておきたいんだが」


「はい」


「今後はオークキングに備えて自分とこいつらを鍛える修行に入るから、依頼はしばらく受けられそうにない」


「わかりました。ローランドさんの予想が外れてくれることを祈ります」


「そうなってほしいが、念のため俺は俺のできることをするだけだ。じゃあ、また」


「頑張ってください!」



 それから、ギルムザックと冒険者ギルドを後にした俺は、四人に今後の予定を話すことにした。

 とりあえず、この四人に足りていないのは基本的な基礎体力と基本的な技術だ。それを補ってやれば、今以上の実力になるのは間違いない。



「だから、三日だ。この三日間でお前ら三人はひたすら走り続けろ。もちろん緊急時以外は身体強化は使うなよ? 三日経ったら、次の指示を出す」


「「「わかりました。師匠」」」


「師匠と呼ぶな! あと、メイリーンは俺が教えた魔力制御と魔力操作をやれ、それも三人と同じ三日間だ」


「はい先生!」


「……俺の話を聞いていたのか? もういい、行け」



 彼らの指導を買って出たことを後悔し始める俺だったが、俺とてやらねばならないことがある。この四人に構っている暇などはないのだ。

 彼らは彼らで頑張ってもらうとして、まずは俺の足りない部分がなんなのか分析する必要があるな。



 四人に指示を出して別れた後、とりあえず自分の拠点である宿へと戻る。そして、宿のベッドに腰を掛けた時に重大なことに気付いてしまった。



「あ、ギルドの魔法鞄を返却してない……ま、いっか」



 俺の腰にはポーチ型の魔法鞄が装着されたままになっていた。これはギルドから借りたかなり性能の高い魔法鞄だ。

 返しに行こうと思ったが、今は自分の修行に集中するべきだと判断して、これからのことを考え始めることにしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る