28話「思わぬ再会? いや、別人だったわ」
受付カウンターにやってきた俺は、受付嬢に声を掛けた。
「ちょっといいか」
「はい、なんでしょう?」
「ああ、実は……って、マリアン?」
そこにいたのは、ラレスタの冒険者ギルドで受付をしていたマリアンだった。
整った顔立ちを引き立てるかのようにあつらえられた特注であろう眼鏡は彼女の美貌を引き立て、女性として均整の取れた体つきは同性の目から見ても見惚れてしまうほどに美しい。
そんな人間がこの世界に二人といるわけもない。そう考えていた俺だったのだが、一つの可能性が彼女の反応から欠如していることに気付いた。
「あら、妹のことをしってるの?」
「え、妹?」
「マリアンはあたしの双子の妹なのよー。もう半年くらい会ってないけど、マリアンは元気だった?」
「あ、ああ……元気は元気だったと思うぞ。……ホントにマリアンじゃないんだよな?」
「むー、違うって言ってるじゃない!」
俺がそう問いただすと、頬を風船のように膨らませて抗議する。……うん、可愛い。
じゃなくて、これは間違いなくマリアンではない。彼女とは短い付き合いだったが、あの生真面目な彼女がこんな反応をすることは絶対にない。そう、絶対に。
真面目な学級委員長タイプなマリアンとは打って変わって、彼女の持つ雰囲気は天真爛漫というかまるで太陽やひまわりをイメージさせる。
「悪い、恐ろしいほどマリアンに似てるから同一人物かと思ってな」
「そういえば自己紹介がまだったわね。あたしはミリアン。この冒険者ギルドの職員をやっているわ」
「俺はローランド。駆け出し冒険者だ」
すっかりと偽名が板についてきたようで、よどみなくローランドの名前が出てくる。
このまま世間話をするわけにもいかないので、本来の目的を彼女に伝える。
「今日からこのレンダークを拠点に冒険者活動を始めようと思ってな。おすすめの宿があれば紹介してほしいんだけど」
「それなら【春の止まり木】っていう宿がおすすめね。場所は……」
ミリアンからおすすめの宿を紹介してもらい、彼女に礼を言って明日また来ることを伝え冒険者ギルドをあとにする。
そして、ギルドから外に出たあとで、思わず頭に浮かんだ言葉を口にしてしまっていた。
「双子だからだろうか、姉ちゃんの方もおっぱいがデカかったな……」
幸いなことに俺のつぶやきを聞いているものは誰もいなかったので、妙な顔をされなかったがこれからは独り言は気を付けて呟くべきだろう。
ミリアンに教えてもらった場所を目指して歩いていると、目的の宿に到着する。
木造の古宿に入ると、すぐに受付がありそこにいた女性が声を掛けてくる。
「いらっしゃいませ~。【春の止まり木】へようこそ~」
「一人なんだが、空いている……って、ミサーナ?」
そこにいたのは、やはりというべきか見覚えのある女性だった。ふくよかな体形ながらも色香を纏った体つきはとても魅惑的で、男の視線を釘付けにする。
特に胸から臀部にかけての造形美は美しく、若い時にはさぞや男が放っておかなかっただろうなと思わせるほど、その美貌は際立っていた。
そして、そんな人間がこの世界に二人といるわけもない。そんな思考が再び俺の脳裏に浮上したところで、またしても一つの可能性が俺の考えを打ち砕く。
「あらあら~。姉さんのことを知っているの~?」
「え、姉さん?」
「ミサーナはわたしの双子の姉なのよ~。わたしはネサーナって言うんだけど、坊やの名前は~?」
「俺はローランドだ。今日この街に来たばかりだ」
冒険者ギルドで行ったやり取りを再びすることになったが、最初のうちはこんなものだと思いネサーナにも同じように自己紹介をする。
そして、これも同じ既視感な気がするのだが、もう一人見覚えのあるようなないような人物が声を掛けてきた。
「お母さん、お客さんと話し込んでないで仕事してよ」
「……マーサか」
「うん? 私はネーサだよ。マーサはミサーナおぼさんの娘で私のいとこだよ」
「こんな双子みたいないとこがいるのか!?」
詳しい話は省くが、なんでも妊娠の時期から生まれた日までほとんど同時期だったらしく、実質双子のようなものだとネサーナは嬉しそうに語る。やっぱ、ネーサナも既婚者だよね……うん、知ってた。
とりあえず、部屋は空いているとのことなので、三日分の食事付きの宿泊を希望する。
ちなみに春の止まり木の宿泊費は、素泊りで大銅貨五枚食事付きなら大銅貨六枚だった。一泊六百円也。
俺は三日分の宿泊費である小銀貨一枚と大銅貨八枚を支払い、ネサーナから部屋の鍵を受け取る。
「部屋は階段を上った一番最初の部屋になるからね~」
「……わかった。これから世話になる」
部屋の場所もどこか既視感があると思いつつも、とにかく一度一服したかったのですぐに部屋に向かう。……一服って、たばこじゃないぞ?
部屋に入ると、すぐにベッドにうつ伏せに倒れこみ、深呼吸をする。
「なんだか、新しい街に来た感じがしない気がするんだが」
しばらくぼーっとしていたが、このままだとそのまま眠ってしまいそうだったので、頭を振って眠気を飛ばす。
そういえば夕食を食べていなかったことに気付き、食堂に向かい食事を取ることにした。
食事はラレスタの街同様ありきたりなものだったが、保存食を食べていた俺にとってはかなりのごちそうだった。
食堂で給仕をしていたネーサとも少し話し、親交を深めておく。……言っておくが、ナンパではない。
食事を済ませ、体を清めるため空の桶を借りてお湯を作ってきれいにした。
二日という短い旅路だったが、それでも体についた汚れはなかなかのもので、作ったお湯が多少濁っていた。
「さて、あとは日課の訓練をやって寝るだけだな」
明日の予定を頭の中で反芻しつつ、日課の身体強化と魔力の制御と操作の訓練を行って、その日は眠りに就いた。
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