11話「マークの心境と森の中のお姫様」



 ~Side マーク ~



 地面に倒れ伏した兄さまを見た瞬間、僕は目の前が真っ暗になった。兄さまに事前に聞いていたとはいえ、兄さまを傷つける存在がそこにいることに無性に怒りを感じ、気付いた時には木剣を拾い兄さまを傷つけた存在に向かって行ってしまった。



 そこに作戦などというものは一切なく、ただただ兄さまを傷つけた存在に制裁を加えることのみしか頭にない。それほどまでに僕は相手に対して怒りを感じている。



 僕は自分で言うのもなんだが、怒りに対しては寛容な方だと思っていた。だけど、兄さまに危害を加える人間は誰であろうと許さない。

 それはたった一人の兄だとかそういった感情もあるのだが、何よりも今の僕があるのは兄さまのお陰だと思っているからだ。



 兄さまから教わった身体強化の魔法を使い相手に肉薄する。そして、全身全霊の力を込め僕は木剣を振るった。しかし、その一撃は難なく躱されてしまう。

 相手の男が戦っている最中に何か話し掛けてきたが、怒りで耳に入ってこない。今の僕にあるのはただ兄さまの仇を討つことだけなのだから。



 それから何度目かの打ち合いの末、相手が本気を出してきたところで受け流し損ねた木剣を弾かれてしまい、結局僕の負けとなってしまった。

 あまりの悔しさに握り拳に力を入れ唇を噛みしめていると、対戦相手の男が近寄ってきた。



「その年でそれだけの実力、見事だ。お前は一体」


「バイレウス辺境伯。この子は私のもう一人の息子のマークでございます」



 父さまが今まで僕が戦っていた相手に僕を紹介する。そこでようやく平静を取り戻し、自分が誰と戦っていたのか理解する。

 とりあえず、紹介されたので当り障りのない挨拶をすると、僕の肩に手を置きある提案をしてくる。……手を置かれた時ちょっと痛かったのはここだけの話だ。



「気に入った! 俺の娘の婿になれ!」


「はい!?」



 いきなりそんなことを言われてしまい素っ頓狂な声を上げてしまうが、事前に兄さまからバイレウス辺境伯が兄さまの実力を見極めるため視察に来ることは聞かされていたので絶叫せずに済んだ。すべてが兄さまが予想した通りになっている。やはり兄さまはすごい。



「恐れながら、僕は次男ですのでそう言いったお話は兄にするべき話では?」


「最初はそのつもりだったが、あれはダメだ。その点お前は見所がある。お前と仲良くしておいて損はないと判断した」



 バイレウス辺境伯の言葉に鎮まりかけた怒りが再び再燃しつつも、兄さまの指示通りにする。兄さまの指示では、僕がバイレウス辺境伯と戦えば辺境伯は僕に婚約者を宛がってくるという話だった。

 そして、もし辺境伯が婚約者の話を持ちかけてきたらその話を受けろという指示もされていたため、それに従い婚約者の話を受けようとしていたのだが……。



「いやー、これはめでたいですなー。これで我がマルベルト家も安泰というもの。バイレウス辺境伯、今後ともよろしくお願いいたしますぞ!」


「こちらとしてもそのつもりだ。よろしく頼む」



 僕が婚約者について了承する前に父さまが了承してしまったため、なんの問題もなくスムーズに事が運んだ。話が一段落したところで兄さまのことを思い出し、駆け寄ってみると寝息を立てて寝ていた。

 その様子を見た父さまとバイレウス辺境伯は、辺境伯の攻撃によって気絶したと勘違いしていたようだけど、僕よりも強い兄さまがあの程度の一撃で気絶するわけがないことを知っているため、僕は苦笑いを浮かべることしかできなかった。






     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~






 目が覚めるとそこは見慣れた天井だった。どうやら俺が寝ている間に寝室に運ばれてしまったらしい。

 むくりと身体を起こすと、そこには誰もいなかったが先ほどまで誰かがいた痕跡が残っていたので大方マークかローラが来ていたのだろう。



 体の調子を確認すると、何の問題もなく地面に叩きつけられたにしてはかすり傷一つすらない。これも地面に激突する瞬間を狙って身体強化の魔法を使ったお陰だ。

 常に発動し続ける身体強化の魔法だが、バイレウスに吹き飛ばされた時瞬間的に肉体を強化することで、ダメージを無効化したのだ。

 これによって俺が身体強化していることを相手に気取られることがないため、実力を隠すことができるのだ。



 ベッドから這い出たその時、ちょうどマークとローラが部屋に入ってきた。俺の姿を見つけると真っ先にローラが駆け寄ってきた。その目には心配の色がありありと浮かんでおり、今にも泣き出しそうな勢いだ。



「兄さま、ご無事なのですか!? 怪我はありませんか!?」


「見ての通りだ。あの程度で俺がどうこうなるわけがなかろう」



 実際かすり傷一つないので俺の言っていることは間違ってはいない。間違ってはいないが完全に正しいことも言ってはいない。

 バイレウスの攻撃は、並の兵士であれば骨折や全身打撲などの大怪我になる可能性が高く、俺もまともに食らえばただでは済まなかっただろう。

 しかしながら、それはあくまでもまともに食らえばという仮定の話なので、ここでは敢えて言及しないでおく。……これも弟妹たちを心配させないための兄の優しさである。……多分。



 その後、怪我を確認するためローラが異常なほど体をまさぐってきたが、鼻息が荒くなってきたところでやめさせた。妹も相変わらず兄である俺に対しねじ曲がった感情を抱いているようだ。



 この三年間でローラも八歳となり女性としてはまだまだ発展途上だが、幼さが残りつつも確実に美しく成長している。……おっさん的な言い方であれば、七年後が実に楽しみである。



 俺が眠ってしまったあとの話を聞くと、俺が予想した通りバイレウスがマークに婚約者の話を持ち掛けてきたらしく、何の問題もなく了承したとの事だ。

 それから、俺が眠っているのを気絶と勘違いした父とバイレウスが落胆していたという話も聞いた。……うん、これで計画がさらに進むことだろう。



 マークから事のあらましを聞いたのち、弟妹たちとの戯れを済ませた俺はいつもの日課である森へと向かった。



 屋敷の裏手にあるあぜ道をしばらく歩くこと数分の場所にちょっとした森がある。そこには弱いながらもモンスターや小動物が生息しているため、ちょっとした実践訓練ができる貴重な場所となっている。



 体内の魔力を操作することで周囲にいる生物の気配を探索すると、さっそく反応がいくつか確認できる。そのほとんどが、リスやうさぎなどの攻撃性のない動物なので無視してさらに森の奥へと進んで行く。

 しばらく森を歩いていると、小動物とは異なる反応があったので姿勢を低くしながら進んで行く。そこにいたのは、数匹のゴブリンだった。



 濁った暗い緑色の肌に醜い顔を持ち、背丈は俺よりも少し低い。目算で百二十センチくらいだ。それが三匹グループとなって固まっている。

 その手にはどこで拾ってきたのかわからない棍棒と下半身を隠すため申し訳程度の薄汚い腰布が巻かれていた。



 だが、いつも森にやってきた時には必ず遭遇するモンスターなので、これといった感想はない。ないのだが、今回に限っては違った。

 三匹ともどこか焦った様子で何かから逃げるように行動していたからだ。……まさか、なにか強力なモンスターでも出たのだろうか?



 そんな疑問を抱きつつ、身体強化で間合いを詰め手刀で首を刈り取る。ゴブリン程度の防御力であれば武器を使わなくても簡単に倒すことができるようになった。これも日々の修業の成果、成長である。



 そうしてさらに森の奥に進んでいると、森の奥から女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 その瞬間面倒事の予感がしたがこのまま放っておくわけにもいかず、様子を見るため悲鳴の聞こえた場所に直行する。



「ガアアアアア」


「だ、誰か……た、たすけてぇー」



 そこには場違いなほどに豪華なドレスに身を包んだぱっと見お姫様のような女の子がいた。なぜ彼女ような人間がこんなところにいるのかという疑問が浮かんだが、そんなことを考えている余裕がないほどに事態は逼迫していた。



 今まさに彼女に襲い掛かろうとしているモンスターがいた。その体格は優に二メートルを超え、全身が毛皮に覆われた熊型のモンスターであるレッサーグリズリーだ。

 こんな場所になぜこれほどのモンスターが出現しているのかはわからないが、このままでは彼女が危ないと判断し助けようとしたところで俺は一瞬迷いが生じた。



 今の俺ならレッサーグリズリー程度は何の苦もなく倒せるだろう。問題は倒した後のことだ。

 仮にこのままレッサーグリズリーを倒してしまえば、彼女に俺の実力を知られることになる。これはなんとしても避けたいところだ。

 だが、刻一刻と迫るレッサーグリズリーに対応策を考えている暇はなく、彼女に向かって突進した。



(くそ、どうしてこんな大事なタイミングでこんなことが起こるんだ!)



 運命の女神という存在がいるのならそんな存在に苦情の一つも言いたくなる衝動を振り払い。俺は彼女を助けるため、レッサーグリズリーと戦うことを決めた。

 

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