第28話 名前

私の家に寄った後、夜勤とさっきの疲れでいつの間にか車の中で寝てしまった。

助手席ではどんなに疲れていても寝ないようにしていた。

さすがに今日は限界だった。


「美穂ちゃん。着いたよ」

先生の声で目を開ける。

気怠さがまだ残っている。

窓の外を見るとどこかの駐車場らしい。

「ここどこ?」

「汐留。大丈夫? 降りられる?」

「うん。大丈夫」

駐車場からホテルのフロントのある階まで移動する。

ホテルの名前を見たら、一度は聞いたことのある外資系の高級ホテルだった。

「先生、大丈夫なの? ここ普通に泊まったら高いんじゃないの?」

「私、お金使う暇が全然ないんだよね。だから心配しないで。お金使わせて」

先生はここで待っててと私に優しい笑顔を残してフロントへ向かった。

気後れしてしまうほどのホテルのロビー。

今までこんな所に泊まったことがない。

チェックインを済ませた先生は私の手をとり、エレベーターに乗った。

エレベーターは私達だけだった。

「ここ、大野さんとも来たことあるの?」

「ごめん。ある。でも、いつか美穂ちゃん連れて来たいって思ってたとこだったから。空気読めてないね」

「ううん。逆に都合いいなって思ったの」

先生は不思議そうな表情をした。

これから先生を許してあげる儀式には好都合だった。

部屋に入ると大きな窓から海が見えた。

「うわー。すごいね! 海見える!」

思わず窓の側まで寄って景色を眺める。

「東京湾だよね?」

先生の方を振り返るとギョッとした。

「なんか、バスルーム、丸見えなんだけど」

ベッドのすぐ隣の壁がほぼ一面ガラスばりでバスルームの中がよく見えた。

「ここにブラインドがあるから、これ下げれば見えないよ。夜景見ながらお風呂入れるのが売りみたい」

先生は私の反応を控えめだが嬉しそうに見ている。

「美穂ちゃん。お風呂入ってきなよ。疲れてるんじゃない?」

「先生は?」

「美穂ちゃんの後で入る。一人でのんびりしたらいいよ」

ブラインドを下ろしている先生に小声で呟く。

「せっかくお風呂広いのに」

「ん?」

「なんでもない。先入るね」

バスルームに入るとバスタブの他にシャワールームがあった。

1人でバスタブにつかってもと思い、シャワールームで汗を流した。

バスローブを着てベッドルームにもどる。

「あれ?はやいね」

「シャワールーム使ったの」

「ゆっくりすればいいのに」

「後でゆっくり入るから。今はすぐ出たかったの」

私の言葉に先生の頬が少し赤くなる。

「私、入ってくる」

先生がそそくさとバスルームに入っていった。

いつもの余裕たっぷりな先生じゃない。

本当は余裕見せつけてくる先生の方が好きだけど、今の先生でいてくれた方がこれからの儀式には好都合だ。

ベッドの上を何気なく見ると、小さなクマの人形が二匹、大きなベッドを占領して寝ているかのようにシーツの間に入っていた。

予約の時クマがどうこう言ってたのはこのことか。

ベッドからクマを出して枕元に並べて座らせた。

きっと私が喜ぶと思ってやったんだろうな。

大野さんにもしたのかな。

それともされたのかな。

いや多分した方だろうな。

大野さんはどんな反応をしたのだろうか。

あんなことあった後なのに、先生のそういうところ。

本当に器用なんだかなんなんだか。

さっきのバスルームに入る先生の姿とのギャップもあって、色々呆れて思わず溜息が出る。

だけど、今日は最初から決めてた。

今日の主導権は私が握る。


ほどなくして先生はバスルームから出てきた。

「美穂ちゃん。起きてたんだ」

寝るわけがないでしょうが。

その台詞、どう考えても場違いでしょ。

多分、バスルームから出てきた後、どんな態度でいればいいのか迷ってたんだろうなと思う。

もしかしたらシャワーを浴びてる間中考えていたのかもしれない。

でも、そういう困惑している先生の方がこちらちとしても好都合だ。

主導権を容易に握ることができる。

先生を許すというか、今回の件で私の気持ちをはらす最後の儀式に入る。

これで私の気が晴れればいいけれど。

「先生、こっちきてよ」

「うん。」

ベッドに座っている私の隣に座る。

先生からは、アメニティで置かれていた高級ブランドのシャンプーの香りがする。

「先生、あのね。大野さんを抱いた感触。今から全部消したいの」

先生は何も言わない。

少し顔を傾けて先生を見ると俯き加減で目を閉じていた。

根に持つ女と嫌がられただろうか。

それならそれでかまわない。

それが私だ。

「先生、大野さんにされて好きなのって何?」

「え!?」

先生は目を開く。

少し頬が赤くなる。

「さっき大野さんが言ってたの。先生が

スイッチ入っちゃったってやつ。教えて?」

「どうして」

「先生の中の大野さんこと私で消すため。消せないな。消せないから思い出さないように私が上から塗りつぶす」

「本当に。ごめん」

「教えてくれたら許してあげる。教えて」

観念したように先生は小さい声でこたえる。

「耳の後ろ。舐めるの」

先生の恥ずかしそうな表情にこっちのスイッチが勢いよく押された。

先生を押し倒し、耳にかかる髪を指で避け、耳の後ろを露わにする。

首筋よりもさらに白い肌。

耳たぶの裏に舌を這わせ上方へ舐め上げる。

「ふあぁっ! あっ!」

いきなり想像以上の反応が返ってきて驚く。

白い肌が真っ赤に染まる。

私の興奮はさらに高まる。

先生のバスローブを剥ぎ、自分も裸になる。

耳の後ろを舌で執拗に攻める。

先生は身体をよじりうつ伏せになると、シーツを掴み声をあげる。

先生の声は私より高い音だと思う。

それが喘ぎ声になるとさらに高くなる。

正直なところかわいくてたまらない。

「下は? 舐めてもらってた? 先生が好きなやり方ってあるの?」

「それは、させてない」

「胸は?」

「少し触られるのは許してた」

「じゃあ、私しかしてないんだね」

先生を仰向けにし、小さい胸を手のひらで包み込み、先を口に含む。

わざと音を出して吸い付く。

胸の先は充血し硬くなり、ツンと張る。

「うっ。ううん。やぁっ。あっ!」

「先生、私、今までの女みたいに綾って呼ばないよ。綾乃って呼ぶのは私だけ。今日は綾乃の足腰立たないようにするから。覚悟して」

舌で転がしながら時折り軽く歯をたてる。

「あっ。ちょっとっ。待ってっ!」

綾乃の身体がピクつく。

「大野さんが知らない綾乃の好きな場所、私が今日たくさん見つける」

今度は、綾乃の胸の膨らみや脇腹、腕にキツく吸い付き跡をつける。

その度に綾乃は少し苦しそうな甘い声を出す。

「先生ってさ、前にネコは慣れてないって言ってたけど、ネコだった時もあるの?」

鎖骨に吸い付く。

「あっ。ある、けど」

「それっていつ?」

真っ赤になったうなじに舌這わせ下から髪の生え際へ舐め上げる。

「んっ。はぁっ」

「ねえ、いつ?」

同じ動作を繰り返す。

「ふっ。ううっ。は、初めて付き合った人の時、だけっ。んあっ」

「初めて付き合ったのっていつ? それって男?」

「高校生の時っ。私、女しかっしらないっ」

「何年生?」

うなじを執拗に舌と唇で攻めた。

「ひっ、いやっ。あっ。二年っ」

「先生って、そんなことしてても成績落ちないんだね。すごいね。その相手って同級生?」

今度は先生の好きな耳を舌で丁寧に舐める。

「大学生っ。やっ。はぁっん。美穂ちゃん、ちょっ、やめてっ! だめっ、あっ。」

「高校生でどうやってそういう人と出会えるんだか」

先生の首に思い切り噛み付いた。

「ああっ!」

綾乃が一番大きな声で鳴いた。

「ここ、弱いんだね」

もう一度噛みつく。

「そこっ、だめぇ! んっ!」

「綾乃のこと私以外抱けなくする」

ベッドにしがみついている綾乃は顔を真っ赤にして、余裕のない潤んだ瞳を私に向ける。

「綾乃を抱けるのは私だけだから」

綾乃の下腹部に指を滑り込ませるとすでにしたたりそうなほどに潤っている。

「ネコも好きなんじゃん」

綾乃を仰向けにし、足の間に顔を埋めた。

綾乃の柔肌に舌を這わせていると、はたと思いついた。

唇を離し、顔を上げ、余裕のない表情の綾乃に話しかける。

「ねぇ、綾乃ってさ。ネコほとんどしたことないんでしょ? だったらさ、中だけでいったことある?」

綾乃は驚いたあと、泣きそうな表情になる。

「私がした時、中だけってなかったよね。そう言えば」

綾乃は私から顔を背け手の甲を口元に当てて何も言わない。

「それに、今まで男としたことないんでしょ?」

別に男としたことがあっても中でいけるとは限らない。

私も大概いけなかった方だし。

どちらかというと、綾乃とするようになってちゃんといけるようになったくらいだし。

「私さ、綾乃みたいに指長くないし上手じゃないけど、綾乃を中でいかせたい」

綾乃の指の長さは第一関節分くらい違う。

この差はなかなか大きいと思う。

「時間かかっちゃったり、辛くさせたらごめんね。でも、綾乃がいくまでやるから。あ、私女だから、いくふりとかすぐ分かるからね。」

「美穂ちゃん。それ、恥ずかしいよ。さすがに」

腕の下から震える声が聞こえた。

「綾乃は私にいつもしてるじゃん。私のこと攻めてる時楽しいんでしょ? だから私も綾乃にしたいよ。それに、今まで誰もいかせたことないんでしょ。それ、堪んないんだけど。させてくれたら許してあげる」

口元を覆っていた腕はそのまま上にずれ、綾乃の目元を覆う。

少し開いた唇。

すっきりとした顎のライン、色白できれいな首筋とそれに続く鎖骨。

いつ見ても本当に綺麗で見惚れる。

今はそれと同時にめちゃくちゃにしたい衝動に駆られてる。

「して」

余裕がないのか先生らしくない短い言葉が唇からこぼれた。

それがたまらなく色っぽい。

今の綾乃を見たら、男だって女だって、ネコだってみんな抱きたくなる。

みぞおちが熱くなり、グッと押されるような感覚になる。

綾乃の中に指を入れる。

「ふっ、ううんっ」

自分がいいと思う部分に指の腹を押し付け、少し指を屈曲させる。

「この辺?」

指で探りながら綾乃に聞く。

綾乃は少し肩を震わせながら何も言わない。

というか声を押し殺している。

綾乃、言わなきゃ分かんないよ?

何も反応聞かない人に比べたら、私は何倍も優しいと思うよ?

綾乃の足の間で下腹部を舌で愛撫していた体勢だったが、添い寝するように身体の位置を変える。

綾乃の顔が目の前にある。

「綾乃。腕、どけて。顔見せて」

綾乃の腕をどけると潤んだ瞳が目に入る。

「綾乃。いいところとかやり方教えて? そうじゃないと、いけないよ?」

綾乃は眉をひそめて泣きそうになる。

その表情に少し罪悪感を覚え、優しく話しかける。

さすがに意地悪しすぎたかもしれない。

「綾乃。私にも抱かせて? 綾乃のこと私も気持ち良くしたいの」

潤んだ目にキスをする。

「一人ではいったことある?」

綾乃はうなずく。

「じゃあ、いきかたは大丈夫だね」

反対の目にもキスをする。

「あ、あのさ、美穂ちゃんって意外と慣れてるの? こういうこと」

優しくしたからか、言葉数が増えた。

「綾乃の女慣れしてるところには足元にも及ばないよ。今やってるのは綾乃の受け売りかもね。綾乃のやり方真似てる。声のかけ方も」

「それ、すごいヤダ」

「でも、これで落ちない女いなかったんじゃない?」

「……」

なぜ黙るか。

本当に全員落としてたのか。

少し苛つく。

「ちょっと、ここはいつもみたいに『確かにそうね』とか言いなよ! はぁ〜。先生さすがに可愛そうかなってちょっと優しくしようかと思ったけどやめた」

「ええっ?!」

「先生、二本入れるよ。痛かったらしょうがないから一本にするけど。ドSでいくわ。」

先生はちょっと待ってと慌てて足の間にある私の手首を押さえる。

「や、ちょっと! 美穂ちゃん! ちょっと、聞いて!」

「なに?」

「あの。二本は大丈夫だから。あのね。する時ね、せめて、綾乃って呼んでほしいの」

想定外の言葉に苛つきが増す。

「はぁ?! そっち!! 先生馬鹿なの?!」

「馬鹿だもん。仕方ないじゃん」

「なんでそう、呼び方にいつもこだわるかなぁ」

「だって。私。美穂ちゃんの声、大好きなんだもん」

先生は仔犬のような目で私を見つめる。

「あー、ごめん。私、勝手にやるわ。私のやり方で。私下手だから時間かかるから」

なんなのよこの人。

咄嗟に悪態ついたけれど、本当のところはこっちの余裕がなくなるほどに今ので火がついた。

あの南綾乃がこんなこと言うなんて。

一応確認しておく。

「こんな先生、知ってる人、まさか他にいたりしないよね?」

「いたとしたら、初体験の人だけ。それ以外に見せるわけないじゃない。こんな姿。恥ずかしすぎて今だって死にそうなのに」

思わず呆れて溜息が出た。

呆れているが心臓の鼓動は限界までに速くなっている。

こんな呆れるくらいかわいい生き物初めて見た。

今後、その初体験の相手が現れないことを祈った。

けれどすぐに思い直す。

現れたとしても、今となっては別にかまわない。

綾乃は私以外もう目に入らない。

自分ができるとびきりの音色で綾乃に聴かせる。

「綾乃。愛してる」

耳元で囁いた後、首筋に唇を落とした。


意外にも私の拙い愛撫で綾乃はすぐに果ててしまった。

私の方が物足りず、中は何度もいけるからと適当な理由をつけて、綾乃がやめてと懇願するまで何度も果てさせた。

名前を呼ぶたびに指を締め付けてくる綾乃は、本当に私の声が好きなんだなと思った。

締め付けられる度に何とも言えない高揚感で頭の中が痺れ心地よかった。

果てた後の綾乃はさすがに私抱く余裕がなく、ベッドの中でぐったりしていた。

私がいつも綾乃にしてもらうように綾乃の背中を添い寝しながら撫でてみた。

「綾乃、ごめんね。私、今日意地悪で」

いつもと逆で、私の腕に綾乃の頭がのる。

私が綾乃を抱いている。

年上の女性が自分の腕の中に収まっている。

愛おしさで綾乃をさらに抱き寄せる。

腕に力が入る。

「ううん。大丈夫」

先生の吐息と睫毛が胸元をくすぐる。

「後で好きなだけしていいから」

「そのつもり。でも、ちょっとごめん。休ませて」

先生は目を閉じた。

私も目を閉じると睡魔に襲われる。

そうだ、私、今日、夜勤明けだったんだ。

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