第22話 違和感

新宿の指定された場所に着くと、博美が他のナースに支えられて立っていた。

車を駐めて外に出る。

「あ、綾だぁ。ほら。来てくれたでしょ? 綾は私のことならどこでも来てくれる」

博美だけがご機嫌で他のナースは私を見るとすごく申し訳なさそうな顔をし、口々にすみませんと言ってきた。

「酔ってるわね。大分。大変だったでしょ」

「はぁ、まぁ」

鈴木さんが答える。

「車乗って。みんな送るから。家って病院の近くなの?」

「はい。あのっ。私達は病院で降ろしてもらえれば大丈夫なので」

他のナース達の緊張している様子が伝わる。

「何言ってるのよ。若い女の子をこんな時間に一人で歩かせるなんて、できるわけないでしょ?」

元来た道へ車を走らせる。

「最初に大野さんから送るわね」

「ダメ!」

後部座席でグッタリしていた博美が突然大きな声を出す。

「私は1番最後! 綾に連れてってもらう!」

「大野さん、いくらなんでも南先生1人じゃ大変ですよ」

「いいの! 綾がいいの!」

「はぁ、じゃあいいわ。みんなの住んでるところ教えて。先に降ろすから」

泥酔した博美は大人しくなった。

一人ずつ家まで送る。

博美を除いて最後は鈴木さんだった。

鈴木さんは助手席に座っている。

ルームミラーで後部座席を見ると博美は眠っていた。

「あの。南先生」

突然、鈴木さんが口を開いた。

「なに?」

そして少し緊張気味に言う。

「失礼かもしれないですけど。昔、大野さんと何かあったんですか?」

色々ありすぎて困る。

「大野さん変なこと言ってた?」

「悪酔いし始めてから先生の名前ばっかり言ってたので。途中、泣いたりして」

他のナースの前でいい加減にしてよ。

いい大人が。

一番歳上なのに一人だけ酔い潰れて。

「飲み過ぎたんじゃない?」

「みんなそう思ってますけど、私にはそう見えませんでした」

「そうだったのね。大変だったわね」

肯定も否定もしなかった。

鈴木さんはそれ以上何も聞いてこなかった。

鈴木さんを降ろし、博美に声をかける。

「家、教えて。前と違うんでしょ?」

「うん」

「なんか住所書いてあるのないの?」

反応がないので財布から免許証を取り出す。

「ちょっと借りるわよ」

ナビに住所を入力する。

ここから遠くない。

近くのコインパーキングに車を停める。

外はそれほど寒くなかった。

送るだけだしとコートは車の中に置いて出た。


博美を支えながら部屋の前までなんとかたどり着いた。

「鍵これ」

ふらふらの博美がバッグから鍵を取り出す。

それを受け取り扉を開けて部屋に入る。

博美を支えながら靴を脱がせる。

ベッドにたどり着き、博美を座らせた。

「綾。ありがとう」

「水とかあるの? 冷蔵庫開けるわよ」

冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。

「とりあえず飲める?」

キャップを外し博美に渡す。

ペットボトルは博美の手をすり抜けて床に落ちた。

「ちょっと、博美! ちゃんと持ってよ!」

床に落ちたペットボトルを拾おうと慌ててかがもうとする。

「綾、やっと名前で呼んでくれた。嬉しい」

いきなり抱きついてベッドに押し倒される。

博美は私に体重をかけてくる。

「ちょっと! 悪酔いしすぎだから! いい加減にしてよ。それに酒臭い!」

「綾、昔と同じで優しい」

「はいはい。ちょっと離して」

「ヤダ」

起き上がろうとすると両肩を掴まれベッドに押しつけられる。

「私、帰りたいんだけど」

博美の髪が私の頬にかかる。

「ヤダ。だって、私、綾のこと今もずっと大好きなんだもん」

子供のように言うと博美は唇を重ねてきた。

舌が入ってくる。

昔の記憶が一気に呼び戻される。

愛しい気持ちと共に。

判断が鈍る。

そのまま博美がのしかかってきた。

昔大好きだった女の感触。

気がつくと自分も舌をからめている。

年月を感じさせないしっくりとくる感触。

自分が意図して望んだように舌が重なる。

それが悲しい。

「綾。綾。ずっと好き。綾が好き」

切なくて苦しくて涙が出そうになる。

重なる唇の隙間から博美が言う。

「ねぇ、綾、抱いて」

博美は唇を話すと、私にまたがったまま、ニットとキャミソールを脱ぎ捨てる。

そしてブラジャーを外す。

薄暗い部屋に浮かび上がる博美の裸体は記憶していたものよりもずっと艶かしかった。

二十代の時よりもわずかばかりか肉付きが良くなっている。

けれど、それはあの時にはなかった大人の色気を感じるものだった。

再び私に唇を重ねる。

貪るようにキスをされる。

その唇に舌に身体が応えてしまう。

自分も博美の背中に手をまわし、吸い付くような肌を撫でていた。

もう片方の手のをうなじから髪に指を滑り込ませる。

全身の細胞にある博美の記憶が呼び覚まされる。

「綾、これ、まだ好き?」

博美はそう言うと、私の耳の後ろを舌でねっとりと舐めあげた。

頭の中が痺れる。

かろうじて取り止めていた限界まで細くなった糸がプツンと切れた。

身体の位置を博美と入れ替わり、今度は博美に覆いかぶさる。

さっき博美がしたように耳の後ろを舌で舐めあげ、耳たぶをしゃぶる。

酒のにおいはどこかへいった。

懐かしい博美の匂いに欲情する。

乳房を手で覆い、乳首を親指と人差し指の腹で挟んでさすりながら摘み上げる。

「あっ。綾の指っ。すごい好きっ。もっと触って。全部触って」

博美の切ない声がゾクゾクさせる。

「綾。愛してる。綾じゃなきゃだめなの」

今度は全身が痺れる。

首筋に吸い付き、狂ったように博美を抱く。

膝を博美の股間に押し付ける。

「あやっ。あやぁっ。切ないよっ」

博美の喘ぐ声がどんどん私を狂わせる。

博美の乳房に顔を埋め、きめ細かい肌に唇と舌這わせる。

「はぁっ。綾、昔みたいにして。待てない」

乳房を揉みしだきながら硬くなった乳首にしゃぶりつき舌で転がす。

「ああっ。はぁあっ。好きっ。それっ。すきぃっ。ああっ」

膝を押し付けた博美の股間は切なそうに動く。

膝をさらに強く押し当て擦りつけて応えると博美は両手で私の髪を鷲掴みにし声をあげる。

薄暗い部屋は二人の荒い息遣いで溢れる。

博美が私のシャツのボタンを外しにかかる。

アルコールがまだ残っていてなかなか外せずもどかしかったのか勢いよくシャツを開く。

ボタンが取れて前が開く。

我に帰った。

博美から自分を引き剥がした。

「博美。ごめん。私、できない」

そのまま逃げるように家を出た。

ベッドから離れる時、こぼれたペットボトルの水を踏んだ。


転がり込むように車に乗り込む。

大きく深呼吸する。

どうかしてる。

天を仰ぎ、顔を両手で覆う。

何してんだよ。

唇を拭うと手の甲にリップの紅い色がついた。

「美穂。私、どうしようもない馬鹿だよ」

この汚れた手でもう美穂を抱けない。

美穂を抱いていたすぐ後のことなのに、私は美穂のことを1度も思い出さなかった。

涙が溢れた。

足の裏に残る水の感触が冷たかった。






ベッドで目覚めると隣に先生はいなかった。

時計を見ると十時近い。

まだ帰ってきていないのか。

頭の中を考えたくないことがよぎる。

ベッドから出てリビングに向かう。

リビングの扉を開けるとソファにもたれて先生は眠っていた。

膝が崩れそうになるほど一気に安堵する。

先生のことだから寝ている私を起こさないようにソファで寝たのだろう。

今更そんな気を使わなくていいのに。

むしろ起こしてくれた方が先生の顔を見られるから嬉しいのに。

そっとソファに近づき先生の寝顔を覗き込む。

綺麗な顔してるよな。

まじまじと見てしまう。

ショートが似合うすっきりとした顎のライン。

色白な肌。

色っぽい唇。

綺麗に揃った睫毛。

愛おしくてしばらく見入ってしまう。

新年の朝、恋人の綺麗な寝顔を見られるなんて。

頬に手を添え、キスをする。

「ん」

先生の目にぎゅっと力が入る。

「先生、おはよ」

「ああ。おはよう」

「風邪ひいちゃうよ」

「うん。なんか、疲れちゃって寝ちゃった」

「シャワー浴びるね。ベッドで寝たら?」

「うん。ありがと」

脱衣所の扉を開けるとかすかに温かい。

バスマットが濡れている。

先生、シャワー浴びたんだ。

服を脱ごうとした時、何気なくランドリーバッグを見ると出る時に着ていたシャツが入っていた。

シャツを手に取り抱きしめる。

先生の匂いがする。

大好きな気持ちが全身にめぐる。

何気なくシャツを広げる。

すぐに違和感に気付いた。

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