三題噺
朶稲 晴
椿、悪戯を図る。
紫煙を咽せそうになる一歩手前まで肺に取り込む。酸素がよりいっそう灯に輝きを与えた。喉の奥で煙を少し転がして、吐く。
この吸い方しかできなかった。おれに煙草を教えてくれた先輩がやっていた方法だ。深く吸い、息を止め、吐く。特別に煙草を美味いと思ったこともなかったが、一日数本吸わないと駄目な体になってしまったのが口惜しい。
冬のベランダで煙草を吸いながらぼんやりするのが好きだった。頬がキンと冷たく手足が寒さに震えるほどでも、それでも煙草に灯された明かりは美しかった。これが夏なら蛍とでも言っただろうに。
吐き出す煙がこれがまた。白吐息なのかはたまた紫なのか、混じり合ってあっという間に空に溶け込んでしまうのがなんとも言えない。これがおれは好きだった。
からり、と後ろの戸が開けられる音がした。
「おや、椿。起こしてしまったかな。」
「煙草。やめてと言ったのに。」
「ああ……。」
女が寝間着に袢纏姿で隣にくる。昼間はなかなか見られない雑に結った髪が新鮮だった。
「わざわざ布団を抜け出してまで……そんなに口寂しかったの?」
おれはそれには応えず煙草を軽く唇で噛んでぷらぷらさせてた。まだ火をつけたばかりの煙草は、持てなくなるぎりぎりまで吸うわたしの癖を抜きにしてもまだ長い。しかし今更深く吸おうなどは思わなかった。ただ、冬のキンと冷えた空気が耳を掠めていった。
「ねえ。」
女がわたしの唇から煙草を奪い取る。おれは不機嫌を隠そうともしない表情で彼女を詰ろうとした。
「何を、」
そうして唇が塞がれた。身長差もあろうが女はめいいっぱい背伸びをして、おれの唇に己の唇を重ねたのだ。
がちん、と歯と歯がぶつかって不快だった。勢いだけの、口づけだった。
唇が離されたあと、女はにやにやと笑っておれを見ていた。
「そういう悪戯はよしてもらいたいなぁ。」
「そう? あなたがなかなか手を出してくれないからこっちからやってしまおうと思って。」
「はは。血気盛んだねぇ。」
「あなたも盛っていいのよ。」
なんて下品な話。おれは好いた女こそ大事にする主義なんだがね。
これからこの女を抱かねばならないと思うと、ひどく憂鬱だった。
「煙草」「悪戯」「憂鬱」
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