第692話 焦燥

 マグナブリルと連絡してから一週間も経たないうちに、シャーロットの新皇帝即位の戴冠式が執り行われた。シャーロットやプリニオからの依頼もあってシャーロットに皇帝の証である冠を授ける役目は、聖女であるミリーズが引き受けて行われた。

 これでシャーロットの即位はカイラウルの貴族たちだけが決めたものではなく、教会ならびに聖女ミリーズの承認も得た事になり、神から承認された即位であると国の内外に思われるそうだ。


 俺自身はミリーズからシャーロットへ冠を被せる光景をモヤモヤした気持ちで見守るしかなかった。それは、プリニオや魔族の企てがまだ阻止できていない事と、マグナブリルからもたらされた情報…プリニオや魔族の企てが阻止できなかった場合には、イアピースとウリクリによって、カイラウルが魔族の手に落ちた国として消滅させられることを、まだシャーロットに話していないからだ。


 シャーロットはプリニオの事だけでも精一杯なのに、今後皇帝としての責務も負う事になる。その上で、プリニオ及び魔族の企てが阻止できなければ、カイラウルが消滅するという事態はとてもじゃないが精神が持たないであろう…だから、俺はマグナブリルの話をシャーロットに出来なかったのだ…


 しかし、俺自身もマグナブリルとの話を俺とシュリだけで抱え込むのは重すぎる。そういう訳で、同行しているミリーズとネイシュだけには事情を話している。話して見て二人は以外にもマグナブリルの話を納得までしているかどうかまでは分からなかったが理解を示していた。


 話を聞き終わったミリーズは次のように呟いていた。


「私は教会で育ってきたので、その辺りのやり方はホラリスでも行っていたから驚きはしないわ…でも、知人や友人の事となると… 納得するのは難しいわね…」


 なるほど、スタインバーガー教皇が言っていた為政者に対して審判魔法を行ってからの軍事制圧と同じやり方だという訳だな… マグナブリルはホラリスがその審判制裁というべき手段が取れない事が分かった上で、今回のイアピースとウリクリの合同の殲滅作戦を考えていた訳か…


「確かに良いものと悪いものとが混じり合った中から、悪いものだけを取り除いていくより、一度、全てを捨ててしまってから、まだ使える良い物を拾い上げる方が早い時がある…勿論、一番捨ててはならないものを最初に拾い上げている必要があるけど…」


 そう漏らすネイシュの理屈も分かる。シュリがぼっさんの情報の手紙から読み取った人間の姿をした魔族人を一般人の中に混ぜられては一度捨てるのと同じ殲滅作戦が合理的であろう。その上で一番捨ててはならないものとはシャーロットの事を指していると思われる。


 この話はシャーロットが新皇帝に即位する前に話したのであるが、今現在に於いて、シャーロットの護衛は、いつまでもイアピースの者であるアルファーに就かせるわけには行かないので、カイラウルの人間が就いている。そんな状態でネイシュだけがシャーロットの筆頭侍女という事で常時シャーロットの側にいてシャーロットの警護をしている。


 シャーロットが帝位に就く前は、他の候補者を帝位につける為にシャーロットが暗殺されるのではないかと警戒して護衛を付けていたが、今現在では、魔族が人体錬成で作り出したシャーロットのそっくりさんやクローンに成り代わられる恐れや、ホラリスで司教が魔族人になった薬を盛られる心配があるので、別の警戒が必要なのである。


 犬のオーディンしか信頼できる者がいないシャーロットになんとかネイシュを侍女として護衛につけているわけだが、ネイシュだけでは体力的にも精神的にも限界が来てしまうので、ポチをオーディンのお友達という事で、子犬状態で常時護衛に付かせているのと、日替わりでカローラとシュリを見た目が子供で通せるお友達枠という事で、護衛につけてネイシュの負担を軽減している。


 それらの処置も一時的応急処置であり、恒久的な対処ではない。あくまで俺たちはカイラウルの客人という立場なので、いつまでもカイラウルに滞在するわけにはいかない。いづれカイラウルから離れねばならないのだ。つまり、制限時間は短い、早急に問題を解決しなければならないのだ。



 そんな中、スタインバーガー教皇が話していた遠方通話魔道具が使者によりホラリスから手紙と共に届けられる。


 魔道具を使う前に手紙を開いてみてると、魔道具の取り扱いの注意と、通話相手はホラリス教会のトップである教皇なので、大体の通話できる時間が記されていた。その通話時間を見てみると、ほぼ深夜でそれだけ教皇という地位が忙しい事が分かる。また、魔道具の使い方にしても、相手と直接念話で話す事の出来る優れた物であるが、魔力効率が非常に悪く、教皇の魔力量でも1時間も話すのは難しいとの事であった。


 この様な非常時でなく、場所もこのカイラウルでなく、ディートのいる俺の領地であれば、ディートに解析させて同じような物が量産できないかやらせてみたいが、あの新幹線のような速度の馬車を持っているホラリスでも量産出来ていない所をみると、大陸でも最高位の技術が施されているのであろう。


 俺はとりあえず指定された時間に魔道具を使って教皇に連絡を取ってみる。


(スタインバーガー教皇、聞こえるか?)


 俺は手のひら大のラピュタに出てきた飛行石の様な魔道具を握り締め念話を送る。少し念じるだけでも凄い魔力が消費されていく。確かにこれは1時間も念話をするのは厳しい代物だ。


(はい!聞こえております!イチロー様!)


 スタインバーガー教皇からすぐに返事が返ってくる。


(これ、魔力の消費が激しいな、手短に話をしていく。カイラウルの件は俺やシャーロットがプリニオや魔族の排除に失敗したら、イアピースとウリクリの連合軍でカイラウルを魔族ごと殲滅することになっている様だ…)


 俺はマグナブリルから教えられた情報を教皇に伝える。


(やはり、そうですか…本来はホラリスが担うべき役割を両国に背負わせてしまっている様ですね…)


 教皇はマグナブリルのやり方を否定しなかった。やはり国家レベルの組織のトップはこの様な考えかたをするのが当たり前なのか…


(そちらの方はどうなんだ?)


(こちらはホラリス自体の問題よりも担当している問題の方が深刻ですね… 国の為政者が魔族に唆されているだけではなく、普通の跡目争いも絡まっておりますので、どちらの勢力にも肩入れしにくい状況です)


(そうか…それでぼっさんの新しい情報は入ったのか?)


(そうですね…前回お渡しした情報は、そのぼっさん…母田参次なる人物が、どの情報が理解できるものに届くか分からない状況で、広く重ねて情報を発信されておられましたので、こちらで重複する情報を纏めたものなのですよ。なので新しい情報は少ししか得られておりません)


 あぁ、なるほど、確かに俺でもそうするわな、しかし、それだと受け取る側はガチャみたいになるな…


(それで、どんな新しい情報が手に入ったんだ?)


(人体錬成に関する情報で、とある女性の…精巧な錬成をさせられているとの事です)


(とある女性の精巧な錬成?)


 魔族が人間の女性の精巧な錬成をするなんて、それはそこらの一般人の置き換えではなく、重要人物との置き換えを企てているのであろう…とすると…その重要人物というのは…


(恐らく、カイラウルのシャーロット様の置き換えを狙っているのではないでしょうか…)


 俺が当該人物の名を思い浮かべると同時に、教皇がその名を告げてくる。


(やはり、教皇でもそう考えるか…)


(えぇ、シャーロット様を置き換えればカイラウルは手に落ちたも同然、他の者を差し於いても一番に狙ってくるでしょうな…)


 やはりシャーロットの身を護るのが最重要になってくる…もっと、シャーロットの近辺を俺たちで守れたら良いのだが…あくまで俺たちは客人、四六時中シャーロットの近辺にいるわけには行かない。しかも、正式に次期皇帝候補になる前ならいざ知らず、皇帝になった未婚で年頃のシャーロットの周りに男の俺が余りうろつく訳には行かない…


(イチロー様、そろそろ、私の魔力が尽きかけてきましたので…)


 教皇が苦しそうにしながら申し訳なさそうに言ってくる。


(あぁ、そうか、また何かあったら連絡して欲しい)


(分かりました、ではイチロー様…)


 そうして、教皇からの連絡が切れたのであった。


 そして、その翌日、問題のプリニオから俺に対して面会の依頼があったのだ…


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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