第616話 返品不要

 ブラックホークたちを見送る者は、立ち去っていき、城門の所には俺とシャーロットが残っている。


 俺は晩餐会が終わった後、ブラックホークがカローラに用事があるというので、俺はシャーロットに声を掛け、カイラウルから送られてきた書状の事について話したのだ。

 最初は、カイラウルに帰りたいか、それともここに居たいかだけを聞こうと考えていたが、シャーロットがここに残りたいと言った時に、カイラウルに支払う支援物資が後々負い目になるのではないかと考えたからだ。

 

 そして、それらの事を話した上でシャーロットは、俺と同じように即答はせず、一晩考えさせて欲しいと言って来たのだ。


 元々、望まぬ形でこちらに来て、カイラウルに帰るというならば何も問題はないが、もし望まぬ形でこちらに来たが、ここに来てからの数日でカイラウルでは知る事の出来ない外の世界に触れ、カイラウルに戻りたくないというならば、俺に支援物資を支払わせるという事が、障害になると思われる。


 だから、俺は一晩考えた上で、シャーロットがカイラウルに帰ろうが、ここに残ろうがカイラウルに支援物資を渡すつもりでいる。



「シャーロット」



 俺が再びシャーロットに呼びかけると、シャーロットはなんだか後ろ髪を引かれている様な顔をしている。恐らく、出来ればここに残りたいが、俺に支援物資を支払わせることになるので、残念だと思いつつもカイラウルに帰る決断をしているのであろう。


 なので、シャーロットの残る残らないに限らず、カイラウルに支援物資を渡す事を伝える。


「シャーロット、カイラウルに対する支援物資の件だが、シャーロットが帰るにしろ、ここに残るにしろ、支払うつもりだ。だから、その事を気にすることなく、シャーロット自身が自由に決めたらいい。俺はシャーロットがどんな決断をしても受け入れるつもりだ」


 すると俺の言葉にシャーロットがピクリと反応する。


「えっ? あの様な悪辣な要求に応じるのですか?」


「あぁ… あんな書状があったから、カイラウルの思惑に載せられるようで支援を躊躇われたが、普通に考えたらこの領地のすぐの隣の国だからな…戦争中でもない限り支援するのが当たり前だ… ただ災害に対応して目立った被害が出なかっただけで、うちも被害を受けた場所だからな、普通は支援物資の要求なんてしてこないだろ… それだけの事だ」


 あの書状のことでカイラウルに対して悪感情があった事、うちの領地にも魔獣やアンデッドの被害があった事、隣国同士では災害時に支援をし合うことなどを説明した。


 その事を踏まえて、シャーロットは頭を捻って再びどうするかを考え始める。どちらにしろ支援物資を支払うという事で、シャーロットが負い目を感じる必要は無くなった。だからと言って、やっぱりカイラウルに帰るとか、いやここに残りたいとかすぐには言い出しにくいだろう。ここはまた考える時間を与えてから返事を聞いた方がよいだろうか?


 そう思って、俺が口を開きかけた時、城門の外側から声が響く。



「たのもぅ~!!」


 

 なんだと思って視線を向けると、馬に乗った他国の使者らしき人物の姿が見える。すぐに門番をしていたフィッツがその人物に近づき事情を聞き出した。一頻り話したあと、フィッツが俺の姿を見つけて掛けてくる。



「イチロー様! カイラウルの使者の方が来られました!」


「え? カイラウル?」


「一体、何なんでしょう?」


 俺とシャーロットは互いに顔を見て、首を傾げた後、使者のいる城門の入口へと向かう。



「俺がこの領地の領主アシヤ・イチローだ」


「私はカイラウル第39皇女シャーロットよ」


「あ! これはアシヤ・イチロー様にシャーロット皇女殿下!」


 俺たちが身分と名前を告げると、使者は慌てて馬から降りてビシッと敬礼する。


「私はカイラウル帝国宰相アルフォンソ様より、イアピース国アシヤ領領主アシヤ・イチロー伯爵宛に伝達を預かってまいりましたカイラウル帝国騎士のサムソンと申します!」


「宰相のアルフォンソから俺に伝達? どんな内容だ」


「は! 御伝達申し上げます!」


 サムソンは懐から親書を取り出すと声高らかに読み上げる。


「先程、書状にて第39皇女シャーロット皇女殿下の輿入れの対価として請求した支援物資は不要! 皇女殿下の送還も不要! 逆にアシヤ・イチロー伯爵が更なる皇女をお望みとあらば、お好みの皇女を伯爵に贈呈…いや輿入れするとのことです!」


「「は?」」


 サムソンの言葉に俺とシャーロットの言葉がハモる。


「ちょっと! それは本当ですの!?」


「はい…こちらの書状にある通りです…」


「ちょっと見せて!」


 当のシャーロットを目の前に書状の内容に困った顔をするサムソンから、眉を顰めたシャーロットが書状を掴み取り読み始め、俺も横から書状を覗き込む。


「…マジかよ…これ…」


「まさか…本当だわ…」


 書状を読み終えたシャーロットが書状から顔を上げ、何とも言えない顔をする。


「…私…どうすればいいのかしら…」


 シャーロットがポツリと漏らす。


 …そりゃそうだろう…帰るか帰らないか悩んでいる所に、祖国からまるで物の様に、返品不要との連絡が来て、更に今の商品に御不満なら別の商品を送るような文言が並べられ居れば言葉も失うというものだ。



「いや…その…あの… 向こうが…帰って来なくて良いって言うんだから… えっと… ここでゆっくりと…好きな様に過ごせばいいんじゃないかな…?」


 俺は掛ける言葉が中々見当たらなくて、しどろもどろになりながら声を掛ける。


「いや、イチロー様… 私、イチロー様にいらぬ出費をさせない為に、ここを離れてカイラウルに戻るつもりで、今まで非礼をしてきた皆様にお詫びとお別れをしてきましたの… それなのに、どんな顔をしてここで過ごせばよいものやら…」


「えっ? 自分が商品扱いされたことを気にしているんじゃないの?」


 シャーロットが俺が考えていた事と違う事で悩んでいた事に目を丸くする。


「イチロー様でも流石に貴族・王族の子女については、私よりも無知なようですわね… 貴族・王族の子女は99%…いえほぼ100%と言っていいほど、まるで商品の様に嫁に出されるのが決まっていて、残って当主や国王になる事など1%もないですのよ? 私も数多くの姉たちが同様に嫁に出される姿を見てきましたから、覚悟というか、それが当たり前だと思っていましたの」


「えぇ~ そうなのか… 貴族令嬢とか見ていると楽しく華やかそうにしているが、実際のところ、誰に嫁がされるのか分からないから戦々恐々なんだな…」


「そうですわよ、だからこそ、皆、見目麗しく振舞って自分を高く見せて、出来るだけマシな嫁ぎ先になるように努力してますのよ、その点、私はそんな努力は関係なく、イチロー様の元へ輿入れすることが決まりましたが、初めてお会いした時に、皇帝陛下の様に太っていなくて、アルフォンソの様に歳を食って剥げていなくて、当たりを引いたと思って心の中でガッツポーズをしておりましたわ」


「えぇぇ~ 一目惚れとかそんなロマンチックな物じゃなくて、値踏みされていたのかよ…」


 シャーロットは思った以上にリアリストだな…もうちょっとロマンチックな感情を持ってくれてもいいのよ?


「まぁ…そんな事よりも…帰らなくて良くなったことは素直に喜んで、先にお別れの挨拶と非礼の謝罪をした事ですが… ここにいる限り、いずれ詫びなければならないので、先に済ませたと思えばいいでしょう!」


 シャーロットは一人で納得して明るい顔で眉を開く。


「なんかスゲーポジティブだな」


「えぇ! 人生前向きでないとやってられないですわよ!」


 そう言って憂いの無い笑顔で微笑む。


「アシヤ・イチロー伯爵!」


 側で直立不動でいたサムスンが俺に声を掛けてくる。


「なんだ? まだ話があるのか?」


「はい! まだ追加の皇女の希望をお伺いしておりません!」


 コイツ…場が読めないやつだな… 目の前にシャーロットがいるのに追加の皇女なんて頼めるはずがないだろ…


「いらん… 用事が終わったら、国に戻れ…」


「あら、頼まないのですの?」


 サムソンにいらないと告げた所に、シャーロットが不思議そうな顔をして尋ねてくる。


「ちょ!待て! なんでシャーロットが追加しない事を不思議そうに聞いてくるんだよ! 普通嫌がるもんだろ?」


「え? どうしてですの? ここは美味しいものが一杯食べられて、楽しい所ですから、妹たちも喜ぶと思いますわ!」


 ホント…スゲーポジティブだな…それとも俺が貴族王族の常識を知らないだけなのか?


「とりあえず、あらためて言うが追加の皇女はいらん…用事はおわりだ」


「はい…分かりました」


 サムソンは勿体ない事をするなといった顔で答え、馬に跨る。


「それでは失礼します!」


 そうしてサムソンはもと来た道を颯爽と帰っていく。


 しかし、カイラウルの反応が180度転換した…これは何か別な思惑があるかもしれんな…


「シャーロット、俺はちょっとマグナブリルと相談があるから、シャーロットは皆に事情を話しておいてくれるか?」


「分かりましたわ、イチロー様」


 シャーロットは嬉しそうに答えたのであった。


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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