第597話 挙式
「ふう~ 疲れた~」
大役を勤め終えて、カローラ城の談話室に戻った俺は、衣装の首元を緩めてソファーにどっかりと身体を投げ出す様に座り込む。
「やっぱり、家が一番って感じですか? イチロー様」
カローラが鼻歌を歌いながらご機嫌に、イアピースで買って来た新弾のカードパックをテーブルの上に広げて開封作業を始める。
「確かにあの国王やカミラル王子のいるイアピースの城は、俺の心休まる所ではなかったが、イアピースから帰ってきた時の事もめっちゃ疲れたんだよ…」
「帰ってきてからと言うと…あれじゃな? 教会での一件じゃな?」
シュリもニコニコしながら同じくイアピースで買って来た新刊の本を取り出して、目を通し始める。
「そうだよ… イアピースから帰ってきてやっと落ち着けると思ったら、帰ってすぐアレだからな… 今までのツケが今頃回ってきたと後悔したぞ…」
何がどうしたかと言うと、先ず始めにヴァンパイア襲撃を終えて、色々あって延期に延期を重ねていたティーナとの結婚式をイアピースの首都で執り行っていたのだ。
ティーナの出産前は日取りが合わなかったり、俺がカーバルに査問に呼ばれたり。出産後もティーナの産後の体調がよくなかったり、俺が特別勇者の援軍に招集されたり…そして、聖剣を得てホラリスからの帰還後に、諸外国を招いての挙式を上げる予定であったが、それが俺が現代日本に飛ばされたことによって流れてしまっていたのだ。
こうして何度も何度も延期を繰り返した結果、これ以上諸外国に無理を強いる事はできず、諸外国を招いての挙式を諦め、イアピースだけでの挙式を執り行う事となったのだ。
この事はイアピースから当事者であり新郎である俺にも伝えられず、ヴァンパイアの襲撃を終え、領内が落ち着いたところで、現代日本からの帰還とヴァンパイア襲撃の収束を伝えに自らイアピースに赴いた時に、ティーナやカミラル王子、そして俺の息子であるアインスローンとの再会を果たした後、そして、カミラル王子が唐突に…
「よし、イチロー、ティーナとの挙式を執り行うぞ」
と、中島がカツオを野球に誘うようなノリで告げてきたのだ。そうして、一泊かその日のうちにカローラ城に帰るつもりだった俺は挙式の準備が整うまでイアピース城に軟禁される事になったのだ。
まぁ、軟禁されるといっても、座敷牢や牢獄ではなく、城の中の客室なので居心地としては悪くなかったが、時々、あのサイコパスな国王に呼び出されるわ、しかも挙式前は清い身体でいなくてはならないと言う事で、話し相手ぐらいにしかするつもりが無かったシュリやカローラとも別の部屋に引き離されて暇を弄ぶことになった。こんな時こそ、カミラル王子が中島のノリで酒や話し相手にでも来てくれれば良いのにそれもなかった。
そして、五日後、ようやく挙式の準備が整って、イアピースの重要人物を集めての挙式を執り行い、その後は聖剣の勇者イチローとこの国の王女ティーナの結婚を祝うパレードを行う為、首都の街中を巡ったのである。そしてそれで終わりではなく、次の日、この国の風習なのか、街の大聖堂に舞台が設けられ、俺とティーナが並んで座って、国民たちが祝福の言葉を送りにくるのを受け答えるという行事をさせられる事となったのである。
これが意外と大変で、ぞろぞろとやってくる民たちの姿を見て、「フハハハ! 人がゴミのようだ!」と内心ムスカのように思っていたが、それも最初の10分だけで、祝福を受けても減って行かない人の行列、列の終わりが霞んで見えない状況、しかも、朝の八時ぐらいから始めたのに、昼になっても夕方近くになっても列は途切れる事はなかった。
結局、夜の8時までその行事は続けられて終わりとなった。その間、俺とティーナは食事をとることは出来ず、水分もトイレに行きたくならないように時折コップ一杯の水が渡されるだけだ。なんの苦行なんだよ…そんなの新郎と新婦がいるんだから交代で食事やトイレに行かせてくれたらいいだろと思っていたが、仕来り的に新郎新婦が揃ってないとダメだそうだ…
そんな事を二日も続けさせられて、八日目の朝にようやく帰路につく事が出来たのだ。そして、イアピースでの疲れを落とせると考えていたが、カローラ城に待ち構えていたのは、アソシエ達女性陣がティーナと挙式を挙げたを聞きつけており、自分たちとの挙式をあげろと要求してきたのである。
どうやら、俺とティーナがイアピースの国民から祝福を受けている間に、ティーナの嫁入り道具がカローラ城に届けられていた事や、カローラが使い魔状態になったレヴィンとトレノをつかって城の皆達と連絡を取っていたようだ。
まぁ…挙式を挙げる前に孕ませてズッコンバッ婚…いや事実婚状態のまま放置していた俺に責任があるんだが…やはり挙式を挙げたのがティーナだけという状況を女性陣は許せなかったようだ。
そういうわけで、俺は余所行きの服を脱ぐ前に拉致られて、この領地の聖堂に連れていかれてティーナ以外の嫁たち全員と挙式を挙げる事になったのだ。最初話を聞いた時に全員とは何人で誰と誰と尋ねたが、女性陣からは全員と答えられた。そこで俺はアソシエ達やエルフたち、ハバナとミケとユニポニー、そしてエイミーと一応アイリスの19人かと思っていたが、どうやら蟻族も全員加わると聞いて、目が丸くなるどころか、驚いて開けた口の顎が地に落ちそうになる。いや…やったよ…確かに幼体の一部を除く蟻族全員と致したけど…マジで全員と挙式を執り行うのか?
そんな感じに俺が驚いていると蟻族の代表であるエイミーから、蟻族はエイミーが花嫁代表として役目を務めて、他は参列するだけと聞かされた。
そして、いざ会場の聖堂に入ると、参列者ほぼ全員花嫁の蟻族、次に仮装パレードの様に行列を作って入場してくる花嫁たち… 前代未聞の挙式が執り行われた。ちなみに挙式の祭典を執り行ったマリスティーヌは平然とした顔で式を執り行っていたが、他の神官であれば、動揺するか苦笑いを浮かべていた事であろう… ここの状況というか俺の言動になれてきたマグナブリルは平然としていたが、さすがにディートは苦笑いを浮かべていた。
俺は今までの事を思い浮かべて、ソファーに身体を更に委ねて、ふぅと溜息を付く。
「まぁ…文字通り、あるじ様が蒔いた種の結果じゃからな…受け入れねばならんのぅ…」
シュリが他人事のように本に目を落としながら答える。
「分かってるよ… 自分でも盛大に捲き過ぎたなって…だから、今は出来ることで刈り取っている所なんだよ…」
そんな時に談話室の扉がコンコンとノックされる。最近、この談話室は城の主要な者であれば、誰でもノックせずに気軽に入ってくる場所になっている。逆にノックをするのは下々の者が用事や報告をするときだけだ。なので、ノックされる事で、俺はまた余計な報告が来るのではないかと少し警戒する。
「どうぞ」
俺が入室を許可する前にカローラがカードパックを開封しながらノックに答える。
「失礼します」
その声と共に姿を現したのは、貴族の普段着に着替えたティーナとマグナブリルの姿であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます